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第7話 チキンは空を飛びたがってる


草木も眠り泣く子も黙る丑三ツ時。
ひさびさのスタ練を終え、テンション冷めらやぬ俺達は柳したたる鴨川沿いをギターケース担いで並んで歩いてた。

「なー、サビんとこ、ズレとった」
「直樹1テンポ早かったし、ギター音量デカすぎて健ちゃんの声あんま聴こえんかったね」
「今日ちゃんと音録れよった?」
「バッチシ、聴きながら反省会だね」
「録音したやつ聴き直すと落ち込むんよなぁ」

「今日はローソンにしようぜー!」

空気を読めない読まない、まぁぶるが口を挟んだ。
とは言え、とりあえず水分、それから腹ごなし、大いに賛成ー!
っとここで深夜営業のラーメン屋にでも行きたかったが月末近くメンバー全員金欠だったので、コンビニで小腹を満たすことは暗黙の了解だった。

「おー! 行こ行こ」

言い出しっぺのまぁぶるは、揚げたて熱々のLチキと紙パックのコーヒー牛乳。
直樹はジャンボフランクとモンスター。
俺はもちもちカスタードパイとコーラ。
小鳥遊はミネラルウォーターのみ。修行僧かっつーの。
深夜のレジは感じの悪い店員がいる。銭を投げんじゃねぇ。ああ、しかし、こいつも69なんだなって納得させつつ、ガチャガチャと小銭をしまい、外に出るとコンビニ前でたむろっていたヤンキー風DQNらの1人にギターケースの角がぶつかった。
「あ、ごめん」
小鳥遊が素直に謝る。
案の定、粘着質のこもった悪意のある顔でDQNらが睨んできた。地元の言葉で言うならば、メンチを切る、だ。

「ごめんじゃねえよ、すみませんだろ?」
「あ?」
愛想の悪いレジからモヤモヤとした腹の何かがブチ切れた俺は、つい反応してしまった。
「なんやと、やんのか、コラ」
DQNがいかり肩で挑発してきた。
仲間もいつの間にか一致団結したりなんかしちゃって、一触即発。


ひゅゅゅゆゆゆん―――


ぽ す っ
空飛ぶLチキ。


いつか観た映画のスーパースローモーションのようにLチキは美しく弧を描いたのちDQNの鼻先に着点してから、虚しく地べたに転がった。
鶏 (チキン) は大空を飛べて本望かもしれなかった。
「あぢぢっ」
マヌケな声に、まぁぶるがガッツポーズを小さく作ったかと思うと、次の拍子に
「逃げろーーーッ!!」と叫び、
「走れーーーーッ!!!」と直樹が叫んだ!

一目散で走る直樹とまぁぶるの満面の笑みが、遠近法で交互に横目で見えた。

かなり走ってDQNたちを巻き、河川敷に設置された亀頭の飛び石を細心の注意を払いながら渡り終えると、俺は河原の草むらにへたり込んだ。乱れた息を整えるのに、肩で大きく息をする。

「みな……無、事……やな?」
息がまだ乱れてる。
「なんで、コケにされて、かかっていかんねん、お前」
「なんで? 俺が手ェ出したら死人出てまうど」
バンド結成のちょっと前までkick boxingをかじってた直樹が足先で小刻みにリズムを取り脇を締めて、しゅしゅっと風を斬りファイティングポーズをとった。
「愛しのFUJIGEN壊れたらどーするよ?」
「暴力で勝ってもそれ負けたんと一緒やし、負けるが勝ちとも言う」
高尚な目をして、小鳥遊が被せてくる。
やっぱこいつ修行僧確定。
「俺らが戦うんは音楽 “で” やで」
まぁぶるが柄にもなく的を得たセリフを吐きやがった。

「それもそやな」

「フランク、一口くれや~」
Ⅼチキを喪失したまぁぶるが、ガサガサと袋から取り出した冷めたフランクに横から大口開けてカブリついた。
「ちょ、おま、一口いうたやろ」
直樹がごちる。

コーラの蓋に手をかけると、行き場のなくなった二酸化炭素が一気に噴き出した。
泡だらけのぬるくなった気の抜けたそれは口の中で複雑な味がしたが、なんだか最高にうまかった。
そして、帰ってぐっすり眠れそうな気がする最高の夜だった。



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