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第12話 魅惑の紐パン !!! ― 後篇 ―


俺は嘘をついた。

練習後の熱も冷め、汗ばんだ身体が冷える頃に見慣れないアカウントからのTwitter通知が着いた。
数時間前のツイート宛のクソリプも数件。
これは放置。
こっそりと貰ったダイレクトメールを開く。

チコ @chicoko
はじめまして。
犬死にのツイート見て、連絡しました。
17日夜のライブ参戦しました。
たぶん私の物だと思います。
京都住みなので、機会があれば取りに行きます。

ツイートを少し遡ってみると、犬死にのライブ告知をRTしてくれている、どうやら追っかけらしい。メディアには斜め上45°からの自撮りらしき写真が映っている。
そういや、ライブの出待ちの列の中に見たことがある様な気もする。

犬死に @inujini_take
初めまして、連絡ありがとうございます
犬死にの、武内です
今、ちょうど練習終わりで中青《なかせい》の近くにいてます
いつなら都合いいっすか?

すぐに返事が来た。

チコ @chicoko
近くなので、今から取りに行きます。
30分後くらいなら大丈夫です!

犬死に @inujini_take
じゃ、30分後に三条大橋で
よろしくー

練習後は録った音源を聴きながらファミレスやマクドで反省会をし、深夜まで語り明かす事が多い。
「あ~、今日は俺パス。この後、ちょっと寄るとこあるねん」
「じゃ、僕らだけでサイゼでも行く?」
「腹減った」
「よっしゃ」
「じゃ、ここで解散な」
「へーい」

“邪”と書いてヨコシマと呼ぶ。
縦も横も、すでに俺の頭ン中は邪な妄想でいっぱいだった。
メンバーに嘘をつく罪悪感より自分の欲望が勝ってた。

紐パン女は、真中《マナカ》椿子《チコ》と言った。
三条大橋の真ン中で、真っ白のヘッドフォンをしたまま真っ暗になった鴨川の川面《かわも》のただ一点を微動だにしないで見つめていた。
多分、彼女だ。
金色の髪の毛が耳の着いたフードに隠れている。紫色した義眼が揺れるチョーカー、オーバーサイズのスタッズ付きパーカー、所々ダメージ加工されたほつれた胸元には髑髏の刺繍。すらりとした細い脚がショーパンから伸び、赤&黒の縞々ニーソックス。赤と黒が左右で反転している。厚底の編み上げブーツが、彼女の細い身体の線を一層際立せていた。
顔は俺の好みだ。どストライク。

「こんばんは、チコちゃん?」
こっちに気づいて、ヘッドフォンを外すと「こんばんは」とありきたりな間抜けた挨拶をした。
「ライブ来てくれて、ありがとやで」
「そうです! 学祭で見た時からファンなんです!」
「マジかー。匣詰脳髄《はこずめのうずい》からか、いやー、嬉しいな」
「あ、先にこれ渡しとく。一応、洗濯しといたから」
洗濯した後、直樹の部屋にあったジップロックに入れてから念入りに紙袋に入れて保管していたのをそのまま手渡した。
「洗濯…? へ、変態……」
チコと名乗った女がすんごい目でこっちを見た。
「いやいや、前代未聞やし、それにネタやし。…それにしてもよく取りに来る気になったな(笑)」
「……う、だって、好きなバンドの人と繋がりたいじゃないですか!!!」
(よっしゃー、イケる!)
俺は内心ほくそ笑んだ。
出来るだけ下心が顔に出ないよう務めて笑顔を作って話した。
「お月さん、まんまる綺麗でこのまま帰るのもったいないなぁ…」
「なー、この後、暇やったら遊ばん?」
「えっ? なんですか、それ??」
「いや、なんだか寂しいなーとか、ははは」
「・・・」
「飯とか、どう?」

「男のコが寂しいって、抱きたいの同義語でしょ?」

「――――ッ!!!」

俺は猛烈に萎えた。
悲しいような、ムカつくような、複雑な感情。
薄っぺらい腹ン中を見透かされた気がした。
図星を突かれると人間はぐうの音も出ないことが証明されたようだ。

咄嗟《とっさ》に、目の前にあった小憎たらしい頬っぺたを指で挟んで伸ばすと、白く柔い肉は横に伸び、小さな口元が歪んだ。
「はにすんにょほぉ~」
ベシッ―――!!!
大きな瞳が上目遣いにこちらを真っ直ぐ見据え、手を思いっきり振りほどきやがった。

可愛くねぇ。可愛いねぇ。

「俺、お前なんかと絶対ヤらんわ!」
「なに、その言い方。初対面の人間に向かって、お前って言い方ないでしょ!」
「うるせぇ」
「あたし、もう武内さんのファン金輪際やめますからっ!」
「おおお、勝手にしてくれ」
「言われなくても、あたしはあたしなんだから、勝手にするに決まってるでしょ!」

「バカじゃないの!!!」
「アホちゃうんか!!!」

こんな時に限ってシンクロニティせんでええちゅーねん。
なんやらムシャクシャしてきた。
俺は紐パン女の方を振り向きもしないで、その場から立ち去るので精一杯だった。
肌寒い風が吹き嘲笑うかのような大きな月が、橋の上で背を向けたお互いの姿を仄かに照らしてた。


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