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第14話 バカの田坂

冬だというのに季節外れの生ぬるい風が、地下通路を吹き抜ける。
通路を抜けるとすぐ側に墓地がある。墓地の周りだからといって、心霊現象が起きたなんてことは今のところ、ない。
そもそも、俺や直樹、まぁぶるにいたってはそんなものを感知するような特殊能力はあるはずがないのだ。現に目の前にいる奴の気持ちさえわからねえのに。言葉に出してくれなきゃ、わかんね。
察するなんて芸当できやしねえ。なんてったって、鈍感すぎて好きな女の子の「嫌い」本気にしちまうからなぁ。
(でも話せないイカの言葉はどーしてだかわかる)
まあ小鳥遊ならそんな特殊能力があっても不思議じゃないし似合わなくもないが、小学生の時から一緒だった俺はそんな話を一度も聞いたこともないから、きっとないはずだ。
そして、今は正午過ぎの真っ昼間だ。
ここは、高架道路の下の薄暗いトンネル内で、昼間でも人気がほとんどない。
たまに、自転車を押しながらイチャコラする高校生のカップルとか、ワンカップや鬼ころし片手に千鳥足の呂律の回らない酔っ払いだとかが墓場に繋がる道を通り抜けしていく。フラフラしてるとはいえ皆ちゃんと二足歩行の人間なので、まあ心配はない。ただし、俺は幽霊より怖いのは人間だと思ってる節があるので、侮れない。しかし、それはまた別の話だ。
突然雨が降っても、ギターは濡れない。
高架道路なので、爆音出しても近隣に影響がないので、ここは犬死にの格好の野外練習場となっている。

「ちょちょちょ、ちょー聞いてや」
12時集合だというのに、いつも通りちょっと遅れてやって来た直樹が大きな荷物を下ろし、革ジャンを脱ぎつつ唾を飛ばしながら興奮冷めやらぬといった感じで、まくし立てた。
半袖である。
「今さっき祇園会館の横の道で、バカの田坂が歩いとったわ~!」
「へぇ」
ギターに触れながら直樹を見向きもしないで、興味なさげに小鳥遊が答える。
「おれ、ゲーノー人初めて見た!」
「そんなん花月裏とか先斗町で、よー見かけるやん」
「喫茶店で普通にいたけど」
「マジで? 今まで会ったことなかったわ」
「ふふ直樹はエンカウント率低め」
まぁぶるがにこにこしながら直樹の話を楽しそうに聞いている。
「それもおれの推しの田坂シショーよ、へへへ」
「へぇ」
「なんで芸人やねん。アイドルとかですっきなんいてないんか? なんとか56とか、もーちょいいてるやろ」
「へへ、AV女優やったら神宮寺ナオよ!!!」
「……」
「僕は……」
(俺は紗倉まなや!!!)
「小学校の頃さぁ、テレビでシショーのインタビュー見てさぁ、『バカって言うやつは言わせときゃいい。最後に笑うのは俺だから』ってシショーゆうてたんが、まじカッコよかったんよ!!!」
小鳥遊がやっと視線を直樹に移して、ちょっと笑った。
「お、おう」
シショーの尊さを熱弁していて、それをまぁぶるがそばでにこにこしながら聞いている。
少し離れた場所にいる小鳥遊にこっそり言った。
「ちょろいやつやな」
「ふふ、でもなんか眩しいよ」

――だが、俺は知っている。

直樹の尊敬する田坂シショーが小豆色の阪急電車の車内で「あ、バカの田坂や!」「バカの田坂っ!」「バーカw」と口々に叫び、修学旅行生らしき中学生の数人に囲まれてしまった時のことを。
間髪入れずに「誰がバカや!」「バカバカ言うなっ!」と耳まで真っ赤にして本気で怒っていたシショーの姿を。

「そろそろ練習しよーや」
「ほーい」
「よっしゃー!」

人を信じられる、って奇跡じみてる。
スゲーことなんかも。
もし俺が幽霊の存在を信じられてたら、きっと幽霊のうたが歌えるだろうし、今よりも世界が少し違って視えたかもしれない。直樹を横目で見ながら、冷めている俺はそんなことを思った。
他人の夢をわざわざ壊すつもりもないんで、茹でダコみたいだったシショーの姿をそっと胸にしまっておくことにした。
鼻歌混じりに直樹がスティックをブン回し、パットにリズムよく打ち付ける。
消音パットのせいで小さな音だったが、それは力強いビートを刻んでいた。
墓地から通り抜ける風が、俺らのまわりでビュウと吹いたが、まだまだ直樹の熱が冷める様子はなかった。


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