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第9話 ジミーは天才か否か


「Deathtrudo 《デストルド》
w/ 紅黒蠍団《べにくろさそりだん》 , 蛞蝓《なめくじ》 , 犬死に」

対バン後の打ち上げは、かけだしのバンドにとって死活問題である。
断ろうなら次回は絶対に呼んではもらえない。接待に無理矢理くり出される営業のリーマン並に過酷な試練である。
どんなに疲れて布団にダイブしたくとも、疲れすぎて頭とは別人格の己の猛《たけ》った性的エネルギー(※略してリビドー)をすぐさま解消したくとも、先輩の8回目の説教じみた例え話に聞き飽きてたとしても、こっそり手渡された出待ちメルヘラちゃんのLINE垢の書かれた手紙を早く読みたくとも、とも、とも、だ。

俺はそもそも飲み会が苦手だ。
理由は酒に弱いから。
小鳥遊《たかなし》は適度に飲み、何でもソツなくこなし、言葉巧みに誰とでも話し、打ち溶ける。けれど控え目で、また話を相手に合わせられる程の知識量を持っている。
俺はこのかた、コイツの不様《ぶざま》な姿を一度たりとも目にした事がない。
正反対に、直樹はリミッター振り切り飲みまくり暴れまくりゲロしまくり、何度コイツの背中を擦りあげたかわからねぇ。
まぁぶるはひょうひょうとしてて、正直よーわからんが好奇心に満ちた類の人間なんだろうと分析している。

居酒屋のテーブルを挟んで上手《かみて》にDeathtrudoの皆さん。メタルコアバンドなので、メンバーのみな見た目がイカつい。
身体の至る部位を貫通させたピアス、拡張された穴に捩《ね》じ込まれる金属片、覗くチロチロとした蛇の舌先、身体にはタトゥー。
蛞蝓と犬死にのメンバーは離れたところに散り散りに座り、他のメンバーに交流という名の営業をこなしていた。

「武内くんは誰リスペクトなんー?」
紅い舌のド真ン中に丸っこい金属片をちらつかせて民谷《たみや》さんが聞いた。
『ジミヘン、て言うとけばなんとかなる』
小鳥遊がずいぶんと前に、しれっと言ってたのを思い出す。
「えー、じっ、じみへん…ですかねぇ」
凍っていたジョッキが溶け水滴したたる。
泡が消えたビールを飲みながら、淀みなく言った(気でいた。)
「お、武内くんは洋ロックが好きなん!」
「ジミヘンのどの辺が好きなん?」
「あー、ギターテクニックですかねぇ」
「へー、マジで言うてる?」
「はぁ、まぁ」
「どの辺が?」
「え、えーと」
「にわかかよ」
「ジミヘンの凄いところは汚い音を“音楽”にしたってとこだ、それも即興でな、あれは真似したくても出来ない。いっぺん聴いてみるといいで」
「……天才ってことすか?」
「さあな」

演歌も歌謡曲もボカロもパンクもラップもレゲエもハウスもダンスミュージックも民族音楽も、いい曲はいい。いい音はいい。
技能的に優れた音楽が素晴らしいのは認めるけど、それだけじゃあない。
そこに、魂があるか、ないか、だ。

「お前さ、嘘言うなよ」
民谷さんが目の焦点をきっちり合わせて窘《たしな》めた。
「でも、ぶっちゃけ本音いうたら喧嘩なるでしょ」
「バンドは仲良しクラブじゃねぇべ。喧嘩もそこそこしねーと」
蛞蝓の誰かが気を利かせて置いた二杯目の梅酒サワーのジョッキを傾け、一気に飲んだ。
「日本のロックは死んだとかよー言われるけど、俺は邦ロックが大好きなんです」
「洋ロックは英語わからんし直感的に入ってこないから、正直苦手で」
「ふーん、おっぱい好きな奴、ケツが好き奴、たぷたぷ二の腕が好きな奴、パンストの脚が好きな奴……」
「お前くらいそういうヤツがいてもええと思うけどな」
「ちょ、ちょ、なんで女に例えるんすか~、ええ話が台無しやないっすか(笑)」
ニヤニヤが止まらない。
タバコと酒の匂いが混じった笑いが漏れる。

俺が好きなものに、どんな名前がついたとしても、俺には関係ねぇし、興味もねぇ。
それがAでもBでも知ったこっちゃねぇ。
Aでも好きだし、Bでもきっと好きだ。

好きってことはそーゆうことだろ? なぁ?

「自分にだけは嘘つけんて」
民谷さんが灰皿に火を押し付けながら小さく呟いた。フィルター、ギリギリまで吸ったタバコの残骸と灰が山のように積もっている。

ああ、そうか、俺は好きなものは好き、嫌いなものは嫌いって言いたいから69してるんか・・・

好きってことは、なんて、とうと・・・
い、う、あかん、呂律が回らなくなってきた・・・

心なしか、ハードワックスで硬度を保っていた民谷さんの自慢のモヒカンがグニャって見えた。
それから瞼の裏側が一瞬視えて、俺は記憶がなくなった。


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