小説|雨の日に君を待つ DAY7
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せっかくの七夕だというのに、外はどんより雲がかかっている。
織姫と彦星が一年に一度しか会えない日だと言うのに、天気を司る神様は意地悪だ。何かで七夕の夜に降る雨は、再会が叶わなかった織姫の涙だと聞いたことがある。地上に溢れるほど泣いているんだろうか。
そういえば、神を自称している男ーー雨水は水を司る神だと言っていた気がする。雨とか、川とかそういうやつだと。この男にお願いすれば、雨も止むのではないだろうか。
「できん事はないが、対価はどうする?」
「対価? なんかいるの?」
「願いを叶えるには対価が必要だろう。僕も無償で願いを叶えるほど万能ではないからな。古くからだと米や酒、特産品といった供物だろう。あとは、生贄とかな」
「あー。じゃあ、なしで」
「なんだ、つまらん」
この神は隙あらばすぐに俺を神隠ししようとする。
雨を止ませる代わりに俺を差し出せ、という事なんだろう。織姫と彦星には悪いが、見た事も会った事もない人間のために自分の身は差し出せない。今のとろこは神隠しされても、俺が得する事なんて何一つない。誰かに心配をかけて、泣かせるのはもう勘弁したいのだ。
ただ、自分が十年経った今の時代で居場所があるかと問われると、答えづらい。俺の事を心配してくれる両親や幼馴染がいるのに、どこかで他人のように感じている。
ピロン、とメッセージを知らせる通知が鳴る。幼馴染からだ。
「どうした? またあの坊主からか?」
雨水は幼馴染の事を嫌っているのか、心底嫌そうな顔をしながらスマホの画面を覗いてくる。
「『集会所で笹を飾ってるから見に来ない?』って。そういえば、昔から集会所でなんかやってたな」
行事というほど大きな催しではないが、毎年集会所に大きな笹が飾られる。園児や小学生達が飾り付けを行い、村の人間なら誰でもその笹に短冊を飾る事ができた。俺も小学生の頃は幼馴染と欠かさず参加して、飾り付けを手伝ったり、短冊に願い事を書いて結んでいた覚えがある。それこそ高校生に上がっても、欠かさず行っていた。
「行くのか?」
「うん、毎年行ってたし。アイツも迎えに来たって言ってるし」
タイミングよくチャイムが鳴る。
俺が『行く』って返事して三十秒も経ってないと思う。玄関の前でスタンバイした状態で連絡してきたな、コイツ。俺が断ったらどうしてたんだよ。
母さんが俺の名前を呼ぶ声がする。はいはい、と返事をしながら出掛ける支度をする。距離もなければ、たいした用事でもないので、身軽でいい。財布とスマホをズボンのポケットに突っ込んで、部屋を出る。
俺の後ろで雨水がすごく嫌そうな顔をしながらついてくる。
「嫌なら一緒に来なくてもいいのに」
「僕がいないところで、その辺の有象無象に食われるかもしれんのについて行かないわけがないだろう」
「それもそうか。ありがとう」
さっきまで不機嫌な顔をしていたのに、一瞬で花が咲いたみたいに雨水は笑う。単純な神様である。いや、これぐらい単純だとありがたい。
玄関へ行くと、幼馴染が出迎えてくれた。カジュアルなTシャツとジーンズを着ている様子だと、仕事が休みだったのか、休日だったのだろう。
「お待たせ」
「待ってないよ。さ、行こうか」
差し出された手には触れずに、玄関の戸を開ける。幼馴染は「しょうがないな」みたいな顔をして、差し出した手で頭をかいていた。
だから、子供扱いされるのは嫌だというのに。まあ、言っていないのだから、俺が嫌がっているかどうかなんて伝わらないのかもしれない。
歩いて行ける距離なので、雨の中、傘を差して幼馴染と並んで歩いていく。俺の後ろでは本人に聞こえていないのを良い事に、雨水がブツブツと呟いている。雨で聞こえづらい部分もあるが、その内容は俺の耳にもところどころ届いているので、苦笑いするしかない。俺の表情を見て幼馴染が訝しげに「大丈夫?」と聞いてくるが大丈夫と返すしかない。本人に後ろから神様に悪口を言われているぞ、とは言えるわけがないのだ。
集会所へ着くと、子供から大人まで集まっていた。神社の祭りほど立派な物ではないが、出店まででている。地域の青年会で幾つか出しているらしい。
雨の日でも出店をやらなければならないとは大変だ。
心の声がぽろりと溢れていたのか、隣で幼馴染が苦笑いする。
「颯も二十歳超えたらやるんだよ?」
まるでお前はまだ二十歳じゃないよ、と言われているみたいだ。まだ二十歳じゃなくてよかったと喜ぶ自分と、俺だって同じ年だろうと怒りたくなる自分がいる。都合がいいな、と我ながら思う。面倒なことはやりたくないが、それはそれとして同じように扱って欲しいだなんて。
こういう所がまだ子供なんだろうか。
「お前はやってないじゃん」
「俺は青年会でも事務担当だから。それに颯を連れてくるって言ったら当番は免除してもらったんだ」
今の青年会は、高校の同級生が多いらしい。大多数は村を出ているが、何人かは戻ってきてこうして普段の仕事と並行して青年会を運営しているらしい。
見舞いにも来てもらった同級生達が、ちらほらとテントの中でヨーヨーすくいや焼きそばを作っているのが見える。幼馴染に連れられて、それぞれのテントへ挨拶に行く。十年経って大人びた彼らは友人のように接してくれるが、どことなく親戚の子供に接するような言い回しになる。
その度に、ズキンと胸が痛む。同級生だったはずなのに、と幼馴染の成長を喜べない時みたいに心に靄がかかっていく。
ひととおり挨拶をして、出店の食べ物が両手いっぱいぶら下がっていた。
まだこれから短冊に願い事も書かなければならないのに、両手が塞がるほど荷物を持たせないでほしい。まあ、同級生達が良かれとサービスで持たせてくれるので文句は言えないが。言うとすれば、順番を間違えた幼馴染に言うべきだろう。
集会所の中に飾られた笹は、窮屈そうにしな垂れている。晴れていたら外で飾ってもらえたのだろうが、雨では短冊も濡れてしまうため仕方がないのだろう。すでに色とりどりの短冊が吊るされたそれは、とても色鮮やかだった。
「願い事、何書く?」
俺に荷物を全て持たせて、手ぶらの幼馴染は机の上に短冊を二つ並べて聞いてくる。
願い事を聞き取って書いてくれようとしているが、そんな恥ずかしい事誰がやるもんか。机の上に荷物を置いて、幼馴染から短冊とペンを奪い取る。
しかし、願い事と言われて何を書いたものか。
「お前が願うなら、僕が叶えてやるぞ」
後ろから雨水が囁いてくる。そうだった。うっかり願い事を口にしようものなら、後ろの自称神が何をしでかすかわかったもんじゃない。
「雨水はちょっと後ろ向くか、どっか行っててくれよ」
声を顰めて後ろの神に言う。「聞こえないぞ」と耳に手を当ててワザと聞こえていないフリをしようとしたので、思わず睨んでやる。すると、仕方なさそうに肩を落として集会所の外へ出ていった。もっと嫌がられるかと思ったが、さっさと引いてもらえて助かった。
願い事を盗み見て「叶えてやるからちょっと神域に来い」なんて言いそうだ。神隠しはやめてくれ。
短冊を前に何を書くか思い悩む。
自分の願いってなんだろう。神隠しに会う前だったら、「新しいゲームが欲しい」とか「かわいい彼女ができますように」とか書いていたと思う。それらが今、叶ってほしい願い事かというと、そうではない。
「颯、書けた?」
「んー、いや、まだ……」
「僕は先に結んでくるね」
「おう」
自由が欲しい。両親や幼馴染監視されながら行動を制限されるのではなく、自由気ままに村を歩き回って、時々電車に乗って遠出をしたい。
ただ、それを短冊に書くのは憚られる。誰に見つかるかもわからない。散々心配をかけた俺が書いてもいいものじゃないだろう。
キュ、と紙とインクが擦れる音を立てて文字を連ねていく。
別にそんな真面目に願う事じゃないのにな。今は神様に願うのもちょっと怖い。だから、織姫や彦星に願いを託す。
「何書いたの?」
幼馴染が覗き込もうとするところを、寸前のところで短冊を丸めて隠す。
「秘密だよ、ばーか。他人に見せたら叶わないって言うだろ」
「言うかな?」
「言う言う」
神様にだって、幼馴染にだって見せない願い事。
きっとすぐには叶わない。いつかは叶う話だ。でも、叶うならすぐに。
『はやく大人になりたい』
子供みたいだな、と内心で笑いながら笹に結びつけた。
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▶︎綺想編纂館 朧様主催【文披31題】参加作品
DAY7:酒涙雨
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▶︎ヘッダー画像:kumako様
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