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短編小説|灰と共に

 長いスランプと眠らない日々を乗り越えた原稿がようやく本になった。
 担当している編集部の男から「飲みましょう」と言われ、献本を受け取った足で飲み屋へ向かった。ちょうど別件の原稿を終えた脱稿ハイの状態だ。普段なら断る話を、気分が良いまま頷いた。
 唐突に頭が冷静になったのは、片手で数えられる数字を超えた後。俺はこんな所で何を飲んだくれているんだ、とアルコールで溶け始めた頭が急速に冷えていく。
「せんせぇは、もしぃ、墓まで持って行くならぁ、なにがいいでしゅすか?」
 酒に誘った男は俺より飲んでいるのか、呂律が回っていない。その上とんでもなく脈絡のない話をし始めた。
「呂律まわってないぞ」
「ろれちゅは回ってますぅ。ほらぁ、教えてくだしゃいよ」
 酒に酔っ払った上に絡み酒とは。この男とは二度と酒には行かない。次にどんな事があってもだ。
「君はどうするんだ」
「おれですか? おれのことより先生のを教えてくださいよぉ」
「ええい! 答えるまで離す気ないだろ、君」
 さっきまで対面で座っていたはずなのに気がつけば隣で腕を絡め取られていた。
 墓に持っていきたい物、と考えてすぐに浮かんだのは原稿だった。酒の席ではあまり褒められた男ではないが、編集者としての腕はとても良く、この面倒な俺を今日まで引っ張って支えてくれた。
「そうだな、俺は原稿を持って逝く」
 できれば、君と出会った原稿と、一等褒められた原稿を。死んでも言わんが。
「俺が言ったんだから、君も言えよ。君も恥ずかしい思いをしろ」
「おれはですねぇ。先生の生原稿、全部持って燃やして欲しいです」
 ゾクリ、と男の嬉しそうな顔と言葉に背筋が震えた。墓どころか原稿と一緒に火葬をお望みらしい。この男、思ったよりも重たいな。
「全部はやれんが、死ぬ時は君のために何か書くよ。それを燃やせばいい」
「おれだけの原稿? それ最高じゃないですか」

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