短編小説|内緒のおやつ時間
月に一度の楽しみがある。
この日ばかりはいつもその時間が待ち遠しくて、ソワソワしてしまう。家庭教師の言葉が耳から通り過ぎるくらいには落ち着きがないので、「集中しなさい」と本の背がボクの頭にコツンとぶつけられる。先生もいつもの事だとわかってくれているが、授業を早めに切り上げてはくれるほど優しくはない。
どうにか今日一日の勉強の時間を終えて、急いで目的の部屋へ向かう。
家に仕えているメイドや執事達が暮らす別棟の一室の前で立ち止まる。ドアを二度叩くと、部屋の奥から声がした。
「坊ちゃん、あれほどメイドの部屋に来てはなりませんと申し上げましたのに」
ボクに仕えているメイドのミラは、ドアを開けてすぐ第一声で大声を出しそうになって、すぐに声を潜めた。月に一度の事なのでそろそろ小言を言うのはやめてもらいたい。ブツブツと文句を言うミラの横をすり抜けて部屋に入る。
「そろそろ小言やめない?」
「坊ちゃんこそ、こんな事はおやめになってください。まだ幼い故に周りも容認していますが、もうあと二年もすれば大きく成長して、」
「はいはい、わかったよ。だったら、『コレ』ボクのところに持ってきてくれればいいんだよ」
小さなテーブルの上に置かれた箱を指差すと、ミラは呆れたようにため息をついた。
「それは、出来かねます」
「じゃあ、この話はおしまい。ボクおなかすいちゃった」
椅子の上に腰掛けて、ミラに催促する。
ミラは渋々といった表情で、箱を開けて中身を取り出してくれた。中からは焼き菓子の器に盛られた、真っ白なアイスクリームが二つ。なんだかんだ、と文句を言いながらミラはボクの分も一緒に買ってきてくれる。そして、ボクがこのアイスクリームを楽しみにしているという事も知っている。
用意してくれたスプーンでそのアイスを口に含む。ミルクの甘さがひんやりと口の熱に溶かされていく。
「ミラも食べようよ。ほら早く」
本来、主人と使用人が席を共にしてはならないのだけれど、今日は特別である。色々な言葉を飲み込んで、ミラは向かいの椅子に座ってアイスを食べてくれた。
「いつか大人になったら、ボクがミラにおいしいアイスをご馳走するからね」
「ええ、楽しみにお待ちしております」
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