『君がくれたもの』ー短編ー

※2020/12/31 作品 2128文字

久しぶりに訪れた彼女の病室。
ドアの横には、部屋番号と名前が
書かれたネームプレートがあった。
『302号室 霧島玲惟 様』
ここで間違いないはずだ。
決意を固め、恐る恐るドアを開けた。
ーーガラッガラッ
ローラーが地面に当たる音が響く。
「...や、やぁ」
病室に入ると、窓際のベッドに
横たわる彼女の姿が見える。
ドアの音に気づいたのか、
彼女はゆっくりと体を起こした。
「だ、大丈夫?」
僕は慌てて、彼女のもとへ近寄り、
背中を左手でそっと支える。
ーー温かい。
彼女の温もりを感じながらも、
僕は彼女の様子を伺っている。
「ごめん、起こしちゃって。」
眉間にシワを寄せ、目や口を閉じる
辛そうな表情を見て、謝った。
「...い、いい...。」
微かに口元を開く彼女。
僅かだけど、口角が上がっていく。
「...あぁ。」
小さく丸まった背中をさする。
僕にしてあげられることは、これぐらいだ。
彼女の口が閉じるのを見て、視線を机の方に向ける。
『2020年12月31日』
置き型カレンダーの日付によると、今日は大晦日らしい。
世間では、楽しく家族と過ごしているのだろう。
子どもにとっては、お年玉がもらえる前日だ。
そんなことを考えていると、彼女の頬に水滴が流れた。
「ど、どうしたの!?」
慌ててポケットからハンカチを取り出し、水滴を拭いた。
「...う...うれ...し...」
嬉しくて泣いたのだろうか。
それなら、会えてよかったと思う。
「よかった。」
ホッとする。
こんな僕でも、君の役に立てて嬉しい。
けれど、彼女の声は止まらなかった。
「...こ...こわ...っ」
ーーゲホッゲホッ
激しく2回、咳き込んだ。
症状が悪化しているのだろうか。
声を掛けようとも思ったが、
背中をさすりながら見守ることにした。
それにしても、何が怖いのだろう。
「...うっ...し...ぬの...」
喉に言葉が詰まり、苦しそうに告げる。
どうやら”死ぬことが怖い”のだろう。
「ぼ、僕も怖いよ。」
確かに”死ぬこと”は、怖い。怖いよ。
だけど、今の僕はそれ以上に怖いことがある。
瞼を薄く開き顔を上げる彼女。
僕と目線が合うと、首をゆっくり傾ける。
ーーえ?
って、言いそうな口元で、しばらく見つめている。
「君のいない世界だよ。」
僕は、はっきりと言葉にして伝えた。
そう。今の僕が一番恐れていることは、
”彼女がいない日々”が訪れることだ。
再び目や口を閉じる彼女は、寂しそうに下を向く。

もし、神様がいるのなら、聞いて欲しい。
どうして、彼女は助からないの。
それに、優秀な医者がいるのなら、
どうして、彼女の病を治してくれないの。
教えてくれよ。なぁ、頼むよ。
この声は、誰に伝えればいいのですか。

「く、悔しい。」
彼女を助けてやれない自分が惨めだ。
なんでこの世界は、こんなにも切ないのだろう。
誰かが僕らを試しているかのように思えてくる。
この悲しみや怒りを誰にぶつければいいのだ。
気が付けば、僕の手が震えていた。
そんな僕の手に、彼女の手が重なる。
「...だ...だい...じょ...ぶ...」
微かに聞こえる彼女の声。その声に、
耳を傾けるうちに、手の震えが収まった。
ーー温かい。
彼女の手のぬくもりが、僕の体に広がる。
「なぁ、聞いてくれ。」
もし、今日が人生最後の日なら、
僕は、彼女に伝えたい。
「僕は...」
伝えることを決意し、彼女の顔を見ると、
目を開き、口角を上げてこちらを見ていた。
優しそうな彼女の顔を見たのは、久々だ。
あの時のように、話したがりの僕が、
聞き役の君に、語りだす。

「僕は、君に出逢えて良かった。
 初めてあった日、
 君は嫌そうな顔をしてたね。」
彼女はゆっくりと首を縦に振る。
「その時の僕は、
 嬉しくて君に話してた。」
あの頃の自分は、純粋な奴だったと思う。
「今だからわかるよ。
 君が嫌そうにしていた理由。
 医師から『長くてあと2年です。』
 と、余命宣告を受けていたんだね。」
彼女はゆっくりと目を閉じ、悲しげな表情をする。
「それでも、僕は君に出逢えて良かったよ。
 それに、僕は怒ってる。」
彼女は少しずつ目を開け、不思議そうに見つめる。
「看護師さんに聞いたよ。
 『私は生まれて良かったの?』
 って、聞いたんだってね。」
彼女は目線を、下に逸らした。
「君は僕に、"大切な時間"をくれた。
 "新たな価値観"を教えてくれた。
 だから、君は生まれてよかったんだ。」
彼女はそっと、目を閉じる。
「君がいてくれたから、
 今の僕がいるんだよ。」
そう言って僕は、彼女を抱きしめた。

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【あとがき】

今日は大晦日ですね。今年最後の日。
そんな日に、「人生最後の日」を考えまして、
私の場合は、”病と闘う人と見舞いに来る人”
を思い浮かべました。

もう、数年前の話になります。
私自身、”見舞いに行く人”として、
病と闘う人の所に行ったことがありました。
その時、”励ましたい”って
気持ちをもってはいたのですが、
伝えきれずに、一緒にいるだけでした。

まぁ、その時の思い出が強くて、
”最後”って聞くと、思い出しちゃった。
その思い出を元に、
今回の物語を書かせていただきました。

今年も残すとこ、半日を切りましたね!
良いお年を迎えましょう。

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ゆう
当たり前のように思える毎日に、"同じ日がないこと"を知った。きっと、あなたのその行動にも、"同じ行動はない"でしょう。"かけがえのない毎日"と"あなたのその何気ない行動"は、たった一度の出来事なのよね。ありがとう。