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カエルのお留守番


時も忘れてしまいそうなくらい
長い長い雨が降り注いでいます
一匹のちいさなカエルは
睡蓮の葉っぱを雨傘にして
お留守番をしていました

辺りは一面睡蓮の花々が
しとやかに咲いていて
仄甘い香りがカエルの鼻先に
ほんわり漂いました

おなかのすいたちいさなカエルは
ぐうぐう鳴るおなかの音が恥ずかしくて
ケロケロと鳴いて
おなかの音をごまかしたりしました

とおくへご飯を探しに行った
父さんカエルと母さんカエルは
まだまだ帰って来ませんでした

雨雲に覆われた
だだっ広い灰色の空をちいさな瞳で
見上げながらこう思うのでした

もしも父さんと母さんが
帰って来なかったらどうしよう
空はしだいに薄暗くなるばかり
ちいさなカエルはだんだん
心細くなってきました

すると空からゴロゴロと
雷が鳴り始めました
雨が強まり
風がびゅうびゅうと吹き始めました

ちいさなカエルはこわくなり
水面の中にからだを浸からせ
ちいさな瞳だけ見えるように
隠れました

僕はこのままずっと
父さんと母さんを
待ち続けるのだろうか

するとアメンボが一匹やってきて
ちいさなカエルの横に浮いて
こう言うのです

父さんと母さんは帰って来ないよ

ちいさなカエルは
びっくりして
かなしくて
こう言い放ちました

絶対に帰って来るもん!
絶対に帰ってきてくれるもん!

泣きながらアメンボに怒鳴ってしまいました

アメンボはふぅと溜息をつき
こう言いました
君はからだはちいさくても
もう大人なんだ
父さんと母さんは君を置いていっても
大丈夫だと思ったから帰って来ないんだよ

ちいさなカエルはまたびっくりして
言葉を失ってしまいました

ちいさなカエルは
自分が大人になったことに
気づけませんでした
今まで父さんと母さんに甘えて
ご飯を一緒に食べていた日々が
急になくなるなんてと
かなしくて
くるしくて
わあんわあんと子どもみたいに泣きました

すると今度は雷がこう囁きます
ちいさなカエルよ
旅立ちの時だ
勇気を出してごらん
この睡蓮の湖だけではなく
少しづつ少しづつ
とおくへ泳いでごらん
あなたと同じ仲間がいるはずさ
やさしい雷が囁きます

ちいさなカエルは
ほんとうはとおくってどんな所だろうと
不思議に思っていました
アメンボが言います
自分の手足で泳いで
行ってみたい所まで行ってごらんよ
楽しいかもしれないし
楽しくないかもしれないけどな

ちいさなカエルは
少しづつ少しづつ旅立ちの心持ちに
なってきました
僕の知らない所まで行ってみたい
僕の知らない仲間に会ってみたい

ちいさなカエルは泣くのをやめて
決心しました
わかった
少しづつ少しづつとおくまで自分の手足で
行ってみる
行ってみたい!

アメンボとやさしい雷は
微笑みました
そしてちいさなカエルの旅立ちのパーティーを
開くことにしました

アメンボたちが歌いすいすい踊り
やさしい雷は稲光のスポットライトを
ちいさなカエルに照らしてあげました
そんな夜は月も星も見えなくても
とても楽しい夜でした

朝になって
旅立ちの合図です

ちいさなカエルは少しだけ
瞳が強く輝いているようでした
アメンボとハイタッチして
やさしい雷はどこかでまた会おうと
やさしい稲光を放って去っていきました

ちいさなカエルは
最初のひと泳ぎがこわかったけれど
ひとかきひとかきゆっくりして
すいすいとお家を離れて
旅立ってゆきます

ふいに後ろを振り返り
生まれ育ったお家に手を振りました

ちいさなカエルの旅立ちは
まだまだ
始まったばかりです

陽射しが睡蓮の花を淡く照らしていました


end

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