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ハコモノ放送部 アドベントカレンダー企画 12/14 「手放すことが許すこと」

ひとつずつ自分の過去を手放す。あなた方の過去も手放す。
悔しかった未達の項目も、とうとう得られなかった成果も、忘れるにまかせて置いていく。
忘れることは優しい。諦めないよりも、なお柔らかい。柔和は便利である。この先なににでも変形できる。それは残酷なほどたやすい。


1020

高熱を出している。
どうにか起き上がり、予定通りの時刻に職場へ着くものの、やはりまっすぐと立って居ることすらもままならない。業務は無理、と判じられ、しぶしぶながら家へと帰される。
スマホの中にはAIがおり、それはインカメラに顔をかざすことで体調を調べてくれる。体温も心拍数も精神状態も、すべて分析してグラフと数値にし、黒い背景に緑の光る線で、私に見せてくれる。
いちばん下までスクロールし終わると、そこへ文章がパパパと表示される。
『きちんと休みましょうね。』
私は読みながら、ニュースに「へぇ」と零すような調子で「ウン、ウン」と頷き、おとなしく布団に戻って静かにしていた。
AIは私が眠っても、そのままずっと画面を点けていた。


0715

深さ三百メートルはあろうかという規模の、岩が張り出した崖をなでるように、直径ニ十センチ程の丸太で巨大なアスレチックが組まれてある。
丸太は乾いて鮮やかな黄土色をし、表面は、まだあまり使われていないのかざらざらしている。その丸太で出来た、坂道や飛び石を渡ったり、網がかけられた中空をよじよじと這ったり、梯子を下りたり、とにかく下を目指したレースだった。
およそ二時間をかけて、頂上から谷底へ到達する。
私は百人くらいのうちの七位で、六位には刀剣乱舞の和泉守兼定がいた。
賞状を貰えないことを知り、私はひとりでさっさと帰ってしまった。


1214

川辺で遊んでいる。
ちょうど四十五度くらいの角度で西日が注ぎ、辺りはとてもあたたかい。
川は静かな流れで、透明度はきわめて高く、川底の石に砂がぶつかりながら流れていく、そのすべてが見えている。
淡くてうつくしいミント色の流れは、少々増水しているようで、途中から川底は草原を呑み込んでいる。草原は徐々に上り坂になり、はるか向こうのほうで堤防になる。そこをぽつぽつと人が歩いている。
川のこちら側には私と友達がいて、ふたりとも浅瀬に裸足をひたしている。
そのままずっと遊んでいるらしい。何をしてかは分からないが、遊んでいる私たちは満たされて、足の指のあいだを水と下草がすり抜けていくようすを見下ろし、面白がっている。
対岸に何かのお祭りがやっている。
お祭りに射的がある。射的の的の中心まで、ここからでもよく見える。
見たい場所が拡大されて目の前まで来てくれるように、行きたい場所まで瞬時にテレポートできるように、私と友達はその川辺で全知全能であった。


0313

林道を歩く。雪が深い。
知らない子供が隣に居る。十歳か十五歳くらいの、男の子か女の子か判別つかない。短い黒髪は雪の欠片をつけて、鼻先が冷気にさらされ赤かった。
急ぎたいと思っているものの、私たちは上手に走れない。
「夢の中じゃ上手に走れないよね」、と言葉を交わしている。
黒い木造の、旧史料館に辿り着く。
よくあるガラス越しの展示が並ぶのを、興味がないなあと思いながら進む。
床に穴が開いている。中を指で探ると、誰かの文字で書かれたメモの切れ端がたくさん出てくる。メモはすべて書きかけで、何と書いてあるのかまったく読めず、頭の中に直接流れてくる内容は、死体を剥製にする方法である。
旧史料館は道の駅に隣接しているので、屋外に出ずに行き来できるよう渡り廊下がある。抜けた先は土産物コーナーで、食器がいくつも売ってある。
館内はとても暗く、だが意図してのことではないようだったので、友達と別れて私は灯火を点けて回った。
灯火は鬼火の紫色をしている。
オルゴール売り場の壁には、まぶしい黄色のミモザが飾られている。ミモザの吊るされた通路の奥に、豪奢な赤い霊廟が、まるで埋まり込むように建てられている。それを眺めていれば、不意に右目の奥に違和感を感じるので、私は目をこする。
こすっても変わらないので、俯いて上下の瞼をめくってみる。
右目の、その眼窩の奥、眼球の裏側のほうから、昨日つけていた透明な青いコンタクトレンズと、楕円形をした紙、所狭しと細かな文字の書かれた、何かの説明書が引きずり出されてきた。


0930

ホットラインマイアミに似たデザインの、テーマパークの世界観にいる。
師匠と兄弟子が同行している。
師匠は白金色の長い髪を三つ編みにした美丈夫で、人間の表情とコミュニケーションについての研究をしている。
今日は研究室の三人で、資金繰りのためのギャンブルを探しに来ている。
辺りは街の中であるようだが、ある程度の広さの土地が、まるで農場のように草地になって広がっている。エリアが細かく分けられ、それぞれにスロットやダーツ、ポーカーなどが催されており、すべて木製のフェンスで囲われている。天井はなく、青空がすこんと広がっている。
富裕層のためのプールが中央広場に設置されており、側面に掘り込まれた階段を覗き見下ろすと、どうやらその下にはプールの排水を利用して貧民たちが沐浴をする地下空間があるらしかった。
師匠がポーカーを始めてしまったので、私は弓を用いる戦闘ゲームに参加する。結果が出る前に兄弟子に呼ばれ、勝敗を見ることはできなかった。


0819

森の手前に居る。
辺りは夜で、街灯はない。すぐ近くに一つだけ信号機があり、ずっと青表示で煌々とまぶしい。ときおり風が吹く。
女の子が三人、私と一緒におり、私たちは今から森へ入ってティータイムを開くのだという。華奢な造形で豊かな布のドレスを着て、みんなつやつやのハイヒールを履いている。
おそらく春である。
少年が一人、フレームの細い自転車を押しながら、森の隣の田んぼからやってくる。田んぼは乾ききって平らになり、一面に緑の短い草が生えている。少年は何か言いたそうに私を見るものの、特に声をかけるもかけられるもなく、女の子たちに急かされた私は森へ立ち入ることにする。
森の中には虹色の霧がかかる。シャボン玉の表面を間近に見るように、視界はやや歪んでいる。歩くのには問題ないので、そのまま進む。
ちょうどいい切り株を見つけ、私たちはそこへティーセットを広げる。
「人間は靴下を履かなきゃいけないから」
私たちは共通の理解で以てそのように合意し、靴下を選ぶ。
持参した荷物の中から、水色、ピンク、ベージュ、赤の靴下を取り出す。
女の子たちは次々に水色、ピンク、ベージュを選び取っていったので、私は最後に残った赤を履く。
赤色に脚を通した瞬間に、私が女の子たちにとって『饗された食事』に変わったことを理解した。彼女たちはきっと妖精か妖怪か、そうでなければ植物の化生である。これから私は見る影もなく、物理的にか精神的にか、とかく食事を行なわれて、元のまま森の外へは帰れないことを理解した。
つめたい霧はいつの間にか晴れ渡り、真上にぽっかりと白い満月が昇る。
地面には少しずつ、花の開くのを早送りで見る速度で、パステルカラーに色とりどりのキノコが生えていく。じきに辺り一帯を覆うと思われた。



20221214 トゥリ



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