変わった先生#5
(前回のお話⇓ ⇓ ⇓)
勢いよく流れる川に逆らいながら魚たちは登っていくように、朝の通勤ラッシュの中、押し寄せる人混みをかき分けながら、先ほどのバス停とは反対側にあるバス停の待合室のベンチに腰をかけた。
またここへ戻ってきてしまった。そしてこれからどうしよう。
膝に乗せた肩掛けバックを眺めながら僕は考えた。学生なら学校に行って勉強をすることが仕事だから学校に行かなくてはならない。もし行かないと職場放棄になってしまう。
なら行かなくてはならない。しかし、その時の僕は学校に行くという気力を失っていた。
心なんて複雑だけど単純だ。澄んだ水面に水滴が垂れるだけで一瞬にして周りへと飽和してしまう。そんな感覚が心の中を揺れ、どこか胸が痛く、ズシっと重い何かが身体の内側にある気がする。
周囲を見渡すとおじいちゃんやおばちゃん達が談笑していた。時より何人かと目が合ってしまった。
「今から学校へ行くんですよ」感を出すためにバックから適当に出した教科書をペラペラめくる。
「なんでこんなことをしなくちゃならない。」
二流役者の僕は別人の僕と言う役を演じることは難しく、開いた教科書をただ眺めながら、自分自身に呆れてしまう。そしてさっきの友達。いや、友達なんかじゃない。ただの知り合いだ。
友達から知り合いに降格した先程の人について考えれば考えるほど、呆れは怒りへと変わってくる。その人の名前なんて言いたくない。その人は人だ。
それと同時に言葉について考えるようになった。言葉って本当に恐ろしい。言葉の重みを知らない人はあまりしゃべらない方がいい。誰かを傷つけたくないなら。
「自分自身はどうだろう?」
帰る気満々の僕は、帰りのバスを待つ間ふと考えてみた。だけど、考えれば考えるほど頭の中が混乱してくる。そして気持ち悪い。
もうやめよう。今考えるべき事柄じゃない。
一度浮かんだ概念を頭の片隅へと追いやった。そして帰りのバスに飛び乗った。
バスに乗りながら移り行く景色を眺めていた。このまま家に帰りたい。だけど帰ってしまうと「どうしたん?学校は?」と家族からの質問攻めが面倒だ。その後は仕方なく、喫茶店や図書館などに行って、とてつもなく長く感じる時の流れを1秒1秒感じながら過ごした。
しかし、いつかはバレる。
「プルプルプル。プルプルプル...」
スマホの電話が鳴った。液晶画面には母の名前。どうせ「今どこにいるの?」とかでしょ。はぁ...しんどいな。電話の内容が想像ついた僕はあえて電話に出ず、液晶画面を眺めていた。
すると留守電を残して母は電話を切った。
「今どこにいるん?先生から電話かかってきたからさ。」
ほらね。
僕の予想は当たった。競馬なら単勝で買った馬券が当たったような気持ちだ。だけど最後の言葉は予想してなかった。
「先生から電話?」
僕は少しだけ怖くなった。まさか怒られるのじゃないか?
あの先生だから「尾崎君は今朝学校に来てましたか?」「尾崎君見た人いますか?」などとホームルームで話しているのかもしれない。もし目撃者がいたら、サボり魔などとレッテルを貼られてしまう。
あぁ...どうしよう...
当たったはずの単勝馬券は、一着の馬の進路妨害によって順位が繰り下げられるかもしれない。それはハズレを意味している。そんな最悪のシナリオが急に頭の中をかすめた。それと同時に今日僕がやってしまったことは何かものすごく悪いことのように感じた。
もういいや。
僕は帰宅することにした。そして今日の出来事を全て話そう。そう心に決めていた。
そしてその日の夜。母のスマホに先生から電話がかかってきた。
「尾崎君いますか?」という先生の声は、電話越しではなくてもハッキリ聴こえた。母からスマホを渡された僕は恐る恐るスマホを耳に当てるのだ。
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