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愛犬は家族(21人目のAさん)

長く精神科通院のAさんは、不安になるとまず当院を受診していました。
それも1日2,3回こられることもあるのです。
ちなみに当院には精神科はありません。
自転車で来るときもあれば、タクシーで来ることもあり、救急車の時もありました。
夜中などは受診だけでなく、何度も電話がかかることも珍しくありません。
自律神経失調症と不安症で、家にいるとどうしていいか分からなくなるのです。
そんなAさんが当院に入院したのですが、内科治療というより精神科入院の方が望ましいと主治医が判断したので、転院先を探すことになりました。
相談した精神科病院にたまたま空床があり、すぐ転院となりました。
と、ここまでであれば普通の受け入れ先探し。

その後約2ヶ月して精神科病院の相談員(PSW)から相談がありました。
Aさんのアパートの管理人が怒ってる、というのです。
実はAさんはアパートで犬を飼っていました。
Aさんが入院してからは近所の親しい人が、時々世話に来てくれていたようです。
管理人によるとその犬が夜中に吠えて、近隣からの苦情になっているというのです。
担当している相談員に、今すぐ部屋を明け渡すか、犬を何とかしろ、と言ってきました。
相談員も近所の人や身内に連絡し、引き取ってもらえないか相談したらしいのですがみんなだめでした。
動物愛護センターに連絡すると、今は一杯で受けられないから保健所に連絡してほしいといわれたとか。
困り果てて、一緒に考えてほしい、ということでした。

Aさんはいずれは家に帰るかどうか決める時期が来ます。
そのときにアパートがないというのは困ります。
では犬を処分するのか。

もともとAさん夫婦には子どもがいませんでした。
寂しかった奥様が、せめて犬を飼おうとペットショップに足を運んで、そして気に入って買ったのがスピッツでした。
高かったようですが、Aさんも妻が喜ぶのなら、と思い切って買いました。
“らん”と名付けられたその犬は奥様になつき、奥様大好きに育ったようです。
躾もきちんとし、Aさんも呼べばしっぽを振って走ってきます。
子ども代わりの“らん”をAさん夫婦はとてもかわいがりました
しかし、奥様に子宮がんが見つかりました。
すでにどうもしようのない状態。
在宅で介護していましたが、昨年亡くなりました。
Aさんの不安が進んだのはその頃からです。

Aさんにとって“らん”はかわいい愛犬というだけでなく、奥様の形見なのです。
自分は飼えないからと、保健所送りにはしたくない。
そういう気持ちを相談員も理解し、何とかしたいという思いで連絡があったのです。

私もなんとか引き取り先を探そうと電話をかけました。
個人的な知り合いに頼んでも難しいので、介護施設なら受け入れてくれるところがあるのではないか、と考え懇意にしている施設や事業所にいくつか聞いてみました。
最近はアニマルセラピーや利用者とのふれあいにペットを利用するところも増えています。
やりとりを聞いていた他のスタッフも親しいところに声をかけてくれました。
そしてあるデイサービス事業所が、写真を送ってくれたら検討すると言ってくれたのです。
Aさんのアパートは病院の近くだったので、犬の写真を撮りに訪問。
鍵が開いている玄関から犬を呼び出し写真を撮りメール送信しました。
するとすぐにOKの連絡。
シャンプーだけはしておいて、とのこと。
あとは先方の相談員と話を詰めてもらいました。

トリミングもしてもらいかわいくなった“らん”はAさんと相談員に連れられ引き取り先のデイサービスに。
別れ際に「バイバイ」と言っても、おとなしくしていたようです。
Aさんはまだしばらく入院が必要。
在宅での一人暮らしは難しいかもしれません。
でも“らん”には会おうと思えばいつでも会えます。
心の支えにしてほしいと思います。

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