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十一月の読書:ケリー・リンクの新訳短編♡

 先月はご心配おかけしました! 体調、何とか回復しました。
 今月は取り上げようと思ってた本が思ってたよりつまらなかったりなかなか読み進められなかったり、結局ちゃんと一冊読みきれなかったので、近い時期に別の場所から翻訳が出た同じ作家の二つの短編について語ろうと思います。

「白猫の離婚」

『すばる』12月号に掲載された「白猫の離婚」(金子ゆき子訳)は、ドーノワ夫人による童話「白猫」を下敷きにしつつ、現代のアメリカを舞台とした短編。
 裕福な父親が後継者候補の三人の息子に何度も無茶な要求をして、そのたびに末っ子が不思議な白猫の力を借りて要求をクリアしてしまう……という、いかにも童話的なストーリー。リンクの作品にしてはケレン味が少なく、童話の構造がわかりやすくベースになっているので、比較的誰にでも馴染みやすい作品だと思う。

 でももちろん童話との違いもあって、たとえば父親は童話では玉座を奪われる心配から息子たちを旅に出すのだが、この短編では地位よりも老いや死への不安を抱いていて、金にあかせてあらゆる努力をしたりコンサルに相談したりするあたりが現代の先進国の人間っぽい。
 面白いのは白猫が仲間の猫とともにコロラド州で大麻農場を切り盛りしていること。今の時代、不思議な生き物も童話みたいにただふんわりと存在しているわけにはいかなくて、生活があるんだなあ……という変な感慨を抱いてしまう。また扱う品が大麻ということで、物語に出てくる不思議な力にどこか胡散臭さが付与されてしまう気がする。もしかして幻覚? みたいな。

 ほとんどは童話を現代的にアレンジするための細かい工夫にとどまるが、元の童話からの改変で一番大きなポイントは、白猫の正体ではないかと思う。
 童話では白猫は呪いにかけられた女王で、呪いが解けると第三王子と結婚し、その父や兄たちにも領土を分けてやって幸せに暮らすというなんか都合のいいハッピーエンドだ。
 この短編でも「誰もがそれなりに幸せ」に話が進んでいくのだが、白猫のポジションは三男の伴侶というよりは彼の成長をそれとなく導く親のような感じ。はっきりとは書かれていないが、作中の描写から正体も推測できる。
 この改変によって、主人公としての三男の成長や自立を軸とした家族の物語という雰囲気が付与されていると思う。

 余談だが、リンクの小説はさまざまなポップカルチャーからのさりげない引用が多く、その元ネタやインスピレーションの源を妄想したくなる描写でいっぱいだ(アメリカの作品由来でよくわからないものも多いが、作品の面白さには影響しない)。
 この短編だと、父親のモデルになっていそうなアメリカの富豪を考えてみたり、白猫と既存の作品における猫の描写に共通点を見つけたり、そういった楽しみ方をするのも一興だと思う。

「スキンダーのヴェール」

 名短編「くじ」などを代表作とする作家に敬意を表して編まれたアンソロジー『シャーリイ・ジャクスン・トリビュート 穏やかな死者たち』(エレン・ダトロウ編、渡辺庸子・市田泉他訳、創元推理文庫)所収の「スキンダーのヴェール」は、「白猫の離婚」以上にリンク色全開でかっ飛ばしていてすごい。
 ルームメイトのレスターが恋人のブロンウェンと始終いちゃついているせいで卒論執筆が捗らないアンディは、友人のハンナから、ヴァーモントにあるスキンダーという人物の家で留守番をする割のいいアルバイトの代役を頼まれる。居心地のいい家で、誰にも邪魔されずに卒論に着手できそうだが、その留守番にはあるルールがあって……というお話。
 物語の進行する要素だけをまとめたらこのくらいシンプルになってしまうが、そこに入りきらないいろんなものが盛り付けられた結果としてかすかにSFの匂いのするファンタジックなホラーのような全体像になっている。とにかく不思議で、他に似たものを見たことがない(リンクの小説を読むときはいつもそう感じる)。

 一番のポイントはスキンダーの家の不思議な雰囲気。不可解なルールがあり、やや超自然的現象が起こるとはいえ家そのものはごく普通なのに、民俗学的なマヨヒガとか仮の住まいを連想させるような気配がある。
 物語の序盤で、アンディはルームメイトのレスターによって

「(前略)あいつはなにが欲しいのか? だれも知らない。アンディ本人が知らないのはたしかだ。内面生活ってものがない。無意識とイドについてどういわれてるか知ってるか? 屋根裏と地下室。 人の行かない場所。 アンディの心を絵に描いたら、自分の住んでいる家の外に立っているアンディになるだろう。あいつはなかへはいらない。ドアをノックさえしない」

「スキンダーのヴェール」、創元推理文庫『穏やかな死者たち』、p491-492

と家に喩えて評されているので、その後に出てくるスキンダーの家およびそこでの留守番にはアンディ自身の内面やその成長が重ねられているように感じる。とはいえわざとらしい描かれ方ではなく、そこでとんでもない試練があったりアンディが劇的に成長しているようにはあんまり見えないのが、ちょっととぼけた感じで好きだ。なんかいい感じに展開していくのも、自分の力じゃないし。

 本筋にあまり貢献していなさそうな、レスターやブロンウェンなど脇役とアンディの一つひとつのやりとりや、その度に少しずつ変化する相手に対する感情の描き方も巧いな、と思う。そこまで親しくない人の印象って、会話して相手のことを知るたびに変わったりするし、特に衝突がなくてもウマが合わない人とは合わなかったりする。友達と離れがたいと思っているときでも、相手のほうは早くさよならしたがっていたりとか。
 他者への過剰な好きや嫌いを推進力にする物語も楽しいけど、話の構造と強く結びつきすぎずに感情が漂っている(それでいて楽しい)作品も、もっとあってもいいかも。

 ところで、ここまでこの小説を男子大学生アンディの物語として紹介してきたし、実際それが主軸であることに変わりはないけど、個人的には何故か女性、特に「姉妹」の気配を強く感じる。内面や人生が詳しく描写された女性の登場人物は一人もいないのにもかかわらず。
 ハンナが代役を依頼してきたのは彼女の姉が怪我をしたからだし、ルールに則ってもてなされるスキンダーの「客」も姉と妹がそれぞれ別に(?)訪れてくる。彼女たちはそれぞれ、アンディに姉妹をめぐる物語をしてくれる。
 彼女たちの物語には、作中の謎の答えを示唆するようなものもあるのだが、姉妹にまつわるそれは、あまり本筋とは関係なさそう(とはいえ魅力的)。「姉妹」というキーワードだけが何度も文中に反響していることが、この小説独自の気配に繋がっている。
 多分、ジャクスンの小説において女性同士の強い関係性が描かれているのを意識した描写なのだろう。彼女の小説をきちんと読んでいないので、これから注意深く読んでみたいと思った(こう思わせた時点でトリビュートは大成功でしょう)。

 他にも考えたいこと、書きたいことが「山ほどある」。基本的には読後感の良い青春小説のようなのにどこか最後まで不穏さが漂っていることとか。結末のアンディ、特に酷い目には遭っていないのに死んじゃったような気がするとか。
 そのへん、実際に読んだ人とお互いの考えを話し合いたいので、みなさんぜひ読んでみてくれませんか!!!!!

ていうかみんなケリー・リンク読もうぜ!

 とかいって遅読なので私もあんまり読めていないのですが……
 彼女の単行本や文庫はいずれも早川書房から、『スペシャリストの帽子』『マジック・フォー・ビギナーズ』『プリティ・モンスターズ』の三冊が出ているぜ! みんな、ぜってえ読んでくれよな!

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