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安心して眠れるように

先日、溜まりに溜まった本たちを抱えて、
一人で静かに過ごせる家の近くのカフェに行った時のこと

一時間近く滞在したときに、
2人の女性のペアが来店された
そのうちの一人は小さな赤ちゃんを連れて、私の後ろの机に座られた
背後の席だったので、耳からしか様子はわからなかった

私が一冊目の本を読み終えたころ、
お母さんに抱かれた赤ちゃんが泣きだしてしまいました
すると、赤ちゃんを抱えた女性は、
「この絵本を読んでくれるアプリ、めっちゃ便利なんよ」と
友人に言いながら携帯を出し、
少々ロボットみのある女性の声が絵本を読みだしました

音声が流れている間、女性たちは自分たちのお話に夢中な様子で、
赤ちゃんは冷たい画面と誰かもわからない声(音声)を
静かに聞いていたようでした

私は少しさびしかった
「読み聞かせ」って「読んで、聞かせる」という
人と人が2人以上でなければ成り立たないことなのに、
聞く側が一人で完結してしまっている

少し前に、高村志保さんの『絵本のなかへ帰る』(夏葉社)を
読み始めました
たまに行くカフェに伺ったときに、偶然、
ある出張書店さんが出していたエッセイでした

このエッセイ本の中に、
「お母さんの声」について書かれたエッセイがありました

お子さんが生まれて、保育園に通わせているころ、
朝から晩まで、子どもに怒ってばかりだったと筆者の志保さんは話します
「子どもを賢い子に育てたかった、下心を持っていた」と

その日のイライラも、息子さんにぶつけてしまい、
幼稚園からの帰り道にも、また怒ってしまった
息子さんは「ごめんなさい」と謝るばかりだった

寝る前に、絵本『おおきなかぶ』を持ってきて、
「お母さん、本読んで」と息子さんはお母さんに言います
「なんで?こんなに怒っているのに?」と志保さんは思います

苛立っているせいか、読み聞かせの声は、乱暴で、早口で、意地悪だった
けれど、息子さんは「もう一回」とお願いします
その晩『おおきなかぶ』は8回も布団の上で繰り広げられた

8回目の読み聞かせの最後、
「おしまい」を志保さんは自分でも驚くくらい、
やさしく、やさしく、声にしたそうだ
そして二人でぷっと吹き出して笑ったそう

感情は声に乗る。声に出して読むことでギザギザだった感情は
なだらかになり、八回目にしてようやく整ったのだ。

『絵本のなかへ帰る』

絵本が怒っていたお母さんと自分の橋になってくれた
きっと息子さんは安心して眠れただろう、安心して

以前、noteに記事にしたのですが、
私も朗読をやっていて学んだことがあって、
それは「親の声は、心が帰る場所である」ということ

子どもでも、子どもなりの社会に生きているから
悩みや苦しさがあるのは当然のことだと思います
さびしさ、怒り、悲しみ、不安、、、

人間は生まれた瞬間から、この世の自然人として権利を授かりますが、
それが人間の苦悩のはじまりであると言われています
だから、赤ちゃんにだって、喜びもあれば、不安もあるだろう

あのカフェにいた赤ちゃんが、
ただ、あの子にとっての唯一のお母さんの声を聞いて、
苦しいことがあっても、そこから安心という場所に帰れるように


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