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なくしたイヤホン

暗い車内。
仄暗く点灯する読書灯。
厚いカーテンの閉じようがない隙間から、闇を割くように外の光が細く漏れ出してくる。

私は今、金沢行きの夜行バスに乗っている。

横向きでないとなんだか眠れないからと、体を折り曲げて座席の上で横を向きながら薄い眠りを繰り返す。

コトリ。

嫌な音がして眠りからはっと目が覚める。

イヤホンを、落とした。

幸いにも3列独立シートのバスを予約していたため、窓とは逆にある乗客を隠すためだけにあるカーテンからひょっこり顔を出した。
平日の夜行バス。
幸い隣に座る人はいない。

読書灯と足元だけを照らすライトの中で一生懸命目をこらすが、当然見つかる訳もなかった。
あんな小さいもの、明かりがついていたって見つけるのは難しい。

充電が10%残っている今なら、イヤホンから音を出せば見つけられるかもしれない。
そんな私の期待と裏腹に、今はまだ朝の5時。 
目的地には到底着きそうもない。
いくらバスがゴウウと音を立てながら走っていたとしても、私が音を出して他の乗客を起こす訳にはいかないのだ。

イヤホンが片耳ないだけで世界が終わるのか?
答えは否。
友人に会いにはるばる東京からやってきたのだ。
例えイヤホンが片方ないからってその楽しみがなくなる訳ではない。

しかしながら、私が落としたイヤホンは、今も少しずつバッテリーを失いながら為す術もなく死に向かっている。
片耳がなければ音楽を楽しむこともできない。

大学時代から夜行バスなんて乗らなくなったのに。
夜行バスでなければ、イヤホンが落ちそうなのにうとうとしていたこともなかったのに。

こうしている今も、イヤホンは少しずつ死に向かっている。
金沢に向かう私とともに。

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