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ニール・シュービン(Neil Shubin)の「進化の技法 転用と盗用と争いの40億年(SOME ASSEMBLY REQUIRED Decoding Four Billion Years of Life, from Ancient Fossils to DNA)」を読む

ニール・シュービンの本は二冊目。一冊目は「ヒトのなかの魚、魚のなかのヒト」こちらは水生動物と陸生動物の合間をつなぐ中間種とされるティクターリクの発見と、この生物の手足の骨格が魚のヒレ由来であることの解明、そしてこうした拡張変化が、嗅覚や視覚、聴覚といったものも、従来水生生物が獲得していた機能、期間の発展転用であることを明らかにするものでした。

本書もその切り口でいえば類似のものですが、その対象となる話題はとても広くて深みのあるものになっています。ティクターリクのように水生生物が陸生生物へと移行していくためには、鰓呼吸から肺呼吸への移行が必要になる。嗅覚も水中のなかでは役立っていたものはそのまま陸上では役に立たたない。手足とひれの問題もしかりである。移行するには並大抵の変化では対応ができない。その一方で遺伝子レベルでの変化は歩みが遅く、大きな変化を短期間で実施するには不向きな性質を持っていると思う。

ではどうやって水生動物は陸生生物へと移行できたのだろうか。同じように鳥が空を飛べるようになるためには羽毛を持つ羽だけではなく、中空の骨のような極端な軽量化が必要になる。飛行する生物への移行も非常に大きな変更が伴うものになることは明らかで、中途半端な途中段階にある生物がいるとしたらそれは非常に不効率で無駄の多い生き物になってしまうのではないだろうか。

しかし魚に関して言えば多くの魚が浮力調整のために体の中に浮袋を持っている。陸生動物の肺はこの浮袋の転用なのだという。そして空気呼吸する魚は非常に多いのだという。つまり両生類のような生物が突如として陸生生物へと移行していく遥か昔から肺呼吸のような機能をもった魚がおり、これらの機能を受け継いだ両生類が地上へと進出していく、かなり前もって獲得された機能を上手に活用して生物は進化してきたのだという。

こうした生物の進化にかかわっているのは遺伝子になる訳だが、近年の遺伝暗号情報の解読や遺伝子操作による実験の結果、おどろくべきことがいろいろとわかってきた。本書の本題はここからはじまる感じだ。

整理のためにちょっと。ゲノムとは、「遺伝情報の全体・総体」であり生殖細胞にある染色体全体を意味するもの。真核細胞内にあるDNA二重らせん構造をとっているもの。ヒトの染色体は46本ある。遺伝子はこのDNAを担体として、塩基配列にコードされる遺伝情報のこと。わかったようでわからない。難しい。

長さ1・8メートルのDNAの鎖は、ぎっしりと巻かれ、針の頭より小さくなっている。想像してほしい。そのDNAの鎖が100万分の1秒ほどの間に開いたり閉じたりし、のたくったりねじれたりしながら毎秒数千個の遺伝子を活性化している様子を。卵が受精し、成長して、私たちが成年期を過ごす間、遺伝子は絶えずオンになったりオフになったりしている。ヒトはたった1個の細胞から始まる。やがて、細胞が増殖するとともに、種々の遺伝子が活性化されて細胞の活動を制御し、体内の組織や器官をつくり上げる。私がこの本を書いている間にも、あなたがこの本を読んでいる間にも、4兆個の細胞のすべてで遺伝子のスイッチが入っている。DNAには多数のスーパーコンピューターに匹敵する演算能力がある。そうした指令に基づき、全部で2万個という比較的少数の遺伝子が、ゲノムに散在する制御領域を用いて、線虫、ハエ、ヒトなどの複雑な体をつくったり維持したりしている。この驚くほど複雑で動的な機構に起きる変異こそが、地球上の全生命の進化の原動力になっている。絶えず巻かれたりほどけたり、あるいは折り畳まれたりしている私たちのDNAは、さながらアクロバティックなマエストロであり、発生と進化をつかさどる指揮者である。

常にスイッチがオンオフを繰り返して活動できなDNAの働きがあるからこそ、われわれは普段の生活ができているのだそうだ。こうした活発な活動を常に行っているDNAの姿というのはこれまで想像したことがない概念でした。どうしたら単純な生物から複雑な生物へと進化してきたのだろう。遺伝子レベルから考えるとこれまた途轍もない話だと感じる。しかし魚の浮袋の肺への転用を考えたとき、そもそも目的があって発明しているというよりも、たまたまそのような変化・進化が起き、それが有用であったことで子孫へと受け継がれていったと考える方が正しい気がする。

洞窟に暮らす生物が視覚機能を失っているように、手足や指も環境に応じて不要となった場合には退化していく。指も手足も失われていくのは発生した時の順番を必ず逆向きに進むのだという。そして遺伝情報はオフになった状態のまま失われずに残るのだという。

酸素濃度や気温、明るさなどの外的環境がDNAのオンオフに影響を与え、遺伝情報の変化にも関与している。進化を後押ししているといってもいいかもしれない。他の本でミトコンドリアはそもそも独立した単細胞生物であって細胞内に侵入、共生することで動植物の複雑な細胞が誕生したという話を読んでいましたが、侵入してきたウィルスがDNAに取り込まれることで生物の進化を後押ししている痕跡がたくさんあることがわかってきたのだという。

ウイルスは分子 サイズの狡猾な寄生者だ。そのゲノムは極限まで切り詰められていて、感染と繁殖に必要な装置しか コードしていない。一部のウイルスは、宿主の細胞に侵入し、その核に入り、ゲノムに潜り込む。DNAに潜入すると、宿主のゲノムを乗っ取って借用し、自らのコピーをつくったり、宿主のものではなく自らのタンパク質を産生したりする。こうした感染が起きると、宿主の細胞が工場と化し、1つ当たり何百万個ものウイルスを生産する。HIVなどのウイルスは、細胞間を拡散していくために、あるタンパク質をつくって宿主の細胞どうしをくっつける。このタンパク質の役割は、細胞どうしを接着して通路をつくり、ウイルスがその間を移動できるようにすること。そのために、細胞間の境界に陣取り、交通整理をしている。この話、どこかで聞いた覚えがないだろうか。それもそのはず、シ ンシチンがヒトの胎盤で果たしている役割と同じなのだから。シンシチンは胎盤内の細胞どうしをくっつけて、胎児と母親の細胞の間での分子の交通を整理している。

調べれば調べるほど、研究者らの確信は深まっていった。シンシチンは、要するに、他の細胞への感染能力を失ったウイルスのタンパク質なのだ。哺乳類とウイルスのタンパク質が似ているというこの事実から、新たな説が導かれた。大昔のいつかに、あるウイルスが私たちの祖先のゲノムに侵入した。そのウイルスはシンシチンの原型を持っていた。しかし、私たちの祖先のゲノムを乗っ取って自らのコピーを無限につくらせるどころか、無毒化され、感染能力を奪われ、新しい主人のために使役されるはめになった。私たちのゲノムはウイルスと絶えず戦争をしている。この事例の場合、未解明の何らかの仕組みによってウイルスが感染に必要な部位を失い、胎盤にシンシチンを供給することになった。ウイルスが宿主のゲノムにシンシチンを持ち込み、相手を乗っ取るつもりが逆に自らのゲノ ムを乗っ取られ、宿主に使役されることになったわけだ。

研究者らは次に、さまざまな哺乳類のシンシチンの構造を調べて、マウスと霊長類では型が異なっていることを突き止めた。さらに、複数のデータベースどうしを照合したところ、ウイルスの侵入事件が複数回起きたことで、種々の哺乳類に種々のシンシチンがもたらされたことも分かった。霊長類の型は、現生霊長類の共通祖先にウイルスが侵入した際に誕生した。齧歯類や他の哺乳類が持つシン シチンはまた別の侵入事件で誕生したもので、それぞれのシンシチンの型になった。こうして、霊長類や齧歯類や他の哺乳類が別々のウイルスに侵入されて、別々のシンシチンを持つにいたった。私たちのDNAは、そのすべてが祖先から受け継いだもので構成されているわけではない。ウイル スという侵入者が入り込んできて、使役されるようになった場合もある。つまり、私たちの祖先とウ イルスとの戦争が、数ある発明の種の一つとなってきたのだ。

そしてこの話には驚くべき行先があった、こうしたウィルスのDNAに対する編集機能を切り離し遺伝子操作の実験に活用できることがわかってきたのだという。ウィルス由来の遺伝情報の切り取りや挿入機能をつかって今や遺伝情報は思いのまま編集できるレベルへと達しているのだという。こうした研究を重ねることDNAのどこにどんな情報が納められているのか。どんな時にオン・オフになるのかといったことが今後わかってくるのだろう。しかし、その一方で実験とはいえ骨格や脚の向きや節の数のようなボディデザインを遺伝情報の操作によって変えてしまうというのは畏れすら抱かせるものがあると感じました。

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