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恋愛|溶けてなくなるんだろうけれど

「鍼灸治療」をはじめて受けました。

請け負ってくださったのは、姉の先生。自宅に訪問してくれるタイプの治療。ちょうど私の体調不良の直後に、予約しているというので便乗させてもらい治療体験しました。

体調不良の経緯はこちらの記事。


その先生は、重度のアレルギーをもっていて、青少年の学生時代から突然眼の病になり視野を失いはじめ、いまいくつなんだろう?30歳くらいに見えたけれど、もう少し若いとは聞いています。

どちらかの片目の、僅かに狭い範囲、片手をギュッと握って覗くぐらいを、ぼんやり見えているにすぎない状態。視界を失っていく時間の中で、鍼灸を学ぶと同時に感性が研ぎ澄まされて、今に至っていると話には聞いていました。

治療体験の日、一同が駅で合流しご挨拶しても、車に乗り込んで自宅へ向かう途中も、家に到着してからも、姉の施術が先に始まってからも、ずっと感じていたのは「お邪魔だった?」というポカーンとした気分。しかも、なんかモヤっモヤっする! 懐かしい感覚。

昔から姉はモテるタイプでした。

そのとき、未熟にも嫉妬していた少女時代を私は正確に思い出していました。両親も、母方の親戚も、父方の親戚も、小学校の同級生も、中学校の同級生も、二人の姉妹が並ぶとほぼほぼ視界に入るのは100%に近い確率で姉の方でした。

私が覚えている彼女の少女時代の写真は、もうどこにいったかわからないものなのですが、青色のベルベットのワンピースを着てうっすら微笑んでいるものです。綺麗に三つ編みをしてもらった髪を上にあげて交差させたことで、露になった白い首が詰まった小さいフリルの襟で慎ましく隠れているもの。

私が美人タイプに免疫が高く、嫉妬もあまり感じないのは彼女のおかげです。美しいものが好き。そのアラも承知していて気になりません。そういう姉と暮らしたことのある弟的な気分がわかります。今は適度な距離で、彼女の役に立っている部分もあると思います。

幼少期の私はといえば、姉と比較するのもおかしいけれど、オンTHE眉毛の短いおかっぱで、ちびまる子ちゃんみたいでした。姉に言わせれば、どこにでも付いてきて邪魔だったけど、何をやっても運動神経が発達していて学習意欲の高いタイプであり、年を重ねれば姉よりは洋服の似合う体型になっていった妹なのですが、いずれにしても二人ともどっぷり「おばさん」なのです。

だから、先生には姉が正確に見えていないのかもしれない。

最初は、そう思ったけれど逆かもしれませんね。先生は姉の良さを感じ取っていて、気に入っているようでした。だから、妹のことを頼まれたから施すけれど、二人の時間を邪魔されたくないというのが本音のようでした。それが、アレルギーの拒否反応のようにハッキリとでいて、わかりやすい人。

仕方がないので、「梨が食べたい」という姪を連れて、キッチンへ向かいました。「もうすぐ夕食なんだけど」と応えつつ、

「自分で皮はむけるの?」

「うーん。。。。」

「やってみる?」

「あ、この包丁でやったことある!」

「あー、これならね。やってみて?」

「お母さんはね、指を切ったんだって」

 ぐりっ。

「ちょっ、ちょっと待って!・・・お手本見せるから」

「オオオー!やってみる!やってみる!」

 ぐりっ。

「ちょっ、チガウデショ?。。。一緒にやってみよっか?」

二人羽織で、後ろから体温の高い姪の手にふんわり手を添えました。

そうやって、席を外すってこういう場合どうなんだろう?と思いつつも、邪魔者二人はひたすら梨をむいていました。

冷房が効かない広い部屋の片隅で。



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