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開戦から1年 - 世界から平和主義者が消えてしまった

開戦から1年の節目で思うことは、世界から平和主義者がいなくなったという事実であり、それへの悲嘆の気分だ。平和の価値が軽んじられ、平和へのコミットが失われている。アメリカ発の戦争プロパガンダが西側全域を覆い、人々の意識と態度を変えてしまっている。日本もそうだが、欧州のその変化が凄まじく、ユネスコ憲章の精神を根本から裏切って否定する人間に欧州人が変わってしまった。そのことに強い落胆と憤懣を覚える。20年以上前だろうか。筑紫哲也がベルリンのホロコースト記念博物館を訪ねて紹介した特集があった。歴史認識がどんどん右傾化する日本の状況に警鐘を鳴らしつつ、逆にドイツの方は戦争への反省を深め、加害と犠牲の歴史を忘れないよう真摯に努めているという平和主義の動きを伝えていた。

日本と欧州のコントラストが浮き彫りにされ、欧州の健全さに安堵を覚え、羨ましく感じられた報道だった。ドイツと欧州の市民の思想がどんどん9条的になっている。日本人が捨てようとしている9条の価値に欧州人が近づいている。私にはそう見えた。今、目の前の欧州はそれとは全く逆の空気の中にある。戦争主義に凝り固まった欧州人であり、冷戦期よりも猛々しく殺気立った、恰も第二次世界大戦前の欧州人だ。鉄と血だけが問題を解決すると、ザッハリヒに確信し断言したビスマルク的な欧州人だ。しかも、その戦争主義の最前列で旗を振り、目を瞋らせてロシアとの対決を扇動しているのは、見目麗しきお嬢様の皆様方ではないか。U.フォン・デア・ライエン、A.ベアボック、S.マリン、M.アンデション、K.カッラス、I.シモニーテ、G.メローニ。

■ 平和主義に tend to な、戦争の防波堤となる性

普通、世論調査をすると、こうした問題では確実に女性の方が平和主義の政策を支持する選択をする。その傾向は明らかだ。例えば、昨年12月に行われた朝日新聞の世論調査では、敵基地攻撃能力の保有に対して、男性は賛成が66%で反対の29%を大きく上回ったが、女性は賛成47%・反対47%で拮抗する結果となっている。また、昨年12月の毎日新聞の世論調査では、防衛費43兆円増額に対して、男性は賛成56%・反対38%だったが、女性は賛成35%・反対46%の回答となっている。男性は賛成多数なのに、女性は反対が大きく上回っている。男女の意見の対立と相違が際立っている。憲法9条の改正是非についても数字は同様で、22年5月のNHKの世論調査を見ると、男性は42%が賛成だが、女性の賛成は20%であり、女性は逆に30%が反対している。

2015年の安保法制のときも、2014年の集団的自衛権の閣議決定のときも、2013年の秘密保護法のときも同じだった。世論調査の結果を男女別に見ると、明確に女性の方が反対が多く、著しい男女の違いが数字に表れ、マスコミ報道でもそこに焦点が当たって強調された。平和が後退し戦争が接近する政治の決定や変化に対して、女性は強く反発する姿勢を見せ、戦争政策を強引に遂行する安倍政権を拒絶して敵意を剥き出しにする場面が頻回にあった。そうした女性たちの意思と常識と正義を、小川彩佳や膳場貴子が代表し代弁して伝えていた。国会裏・議員会館前の路上に行っても、2013年から15年の一連の反対デモには圧倒的に高齢女性の参加者が多かった印象がある。単に数が多いだけでなく、エネルギーが大きくボルテージが高かった。彼女たちが反対運動のフロントに立ち、抗議群衆の主力を成していた。

■ belligerent で ferocious なリベラリズムの戦士たち

欧州もそうだろう、きっと事情は同じだろう、この問題に地域差・人種差はなく普遍的だろうと、そう思って眺めていたら、豈図らんや、勇ましいお姫様たちが戦争扇動の前衛に立っている。EUをロシアとの戦争に牽引し、欧州市民の決意と覚悟を促すシンボリックな先導者となっている。ウクライナ・ファティーグを払拭する政治戦士として活躍し、対ロ戦争を美化して欧州市民を鼓舞している。怨敵ロシアと悪魔プーチンへの憎悪を掻き立てている。エネルギー価格高騰に耐えよと言い、「欲しがりません勝つまでは」と訓示している。「自由と民主主義の勝利」を高唱し、「専制主義の打倒」を叫号している。男と女、戦争と平和の一般構図を考えると、意外きわまる姿である。ベリジェレントでフェロシャスなお嬢様の立ち回りは、欧州の世論に大いに影響し、戦車を送れ、戦闘機を出せ、プーチンを排除しろという方向に大勢を押し流した。

無論、この図は作為的で戦略的なキャラクター配置であり、意図的にお嬢様方を対ロシア戦争プロジェクトの象徴に据え、戦争プロパガンダを正当化する機能を果たさせている政治だ。彼女たちは、自己の使命と任務と効果をよく承知した上で、その役割を引き受けて舞台でインフルエンサーとして立ち回っている女優である。戦争にアンチパシーなのは常に女性なのだ。だから、EUの女性層を攻略するべく、支配者側は目的的に件のお嬢様方を主要ポストに就かせ、戦争プロパガンダのメッセージを発信・主張させるのである。そしてまた、彼女たちは一部を除き例外なくリベラリズムの徒であって、いわゆるポリコレ政策の核心部で蠢くポリティシャンでもある。ジェンダー・マイノリティ・LGBTの価値をエバンジェリズムするリーダーたちだ。かくして、見事なまでに、リベラリズムと戦争主義が癒着して機能する位相図が仕上がっている。巧妙で狡猾なイデオロギーの謀略に搦め取られて誰もよく抗えない。

■ ノルドストリーム爆破の真相とミンスク合意の裏切りの暴露

前回、8月下旬に『ウクライナ戦争開始から半年』の記事を上げた際、ウクライナの人権監察官L.デニソワによる「ロシア軍の戦争犯罪」の告発が根拠のないものだった事実が判明、彼女が弾劾されて失脚した事件を指摘した。この問題は日本のマスコミでは全く報道されていない。そこから半年経ったが、やはり日本のマスコミで報道されていない重要な問題が二つ起きている。一つは、昨年9月のノルドストリーム爆破が米国CIAの工作であるとするS.ハーシュの暴露である。情報源は米政府当局者で、米国とドイツの関係を断絶するために行ったとハーシュは証言している。韓国では主要紙の一つであるハンギョレが記事を発信しているが、日本ではどの社も取り上げていない。アメリカではFOXニュースのT.カールソンが報道した。アメリカでウクライナ支援に消極的な世論が一程度あるのは、こうした情報提供の影響だろう。

二つ目は、昨年12月にメルケルがミンスク合意について衝撃の真相を語った問題で、「2014年のミンスク合意はウクライナが時間を稼ぐことを目的としたものだった。ウクライナはその時間を使って強くなった」と内幕を暴露した件である。ミンスク合意の停戦は(NATOの支援を含む)ウクライナ軍の態勢強化を狙ったもので、その間、ロシア軍からの攻撃からウクライナ軍を防護するための姦策だったと驚愕の説明をした。この暴露にロシア側は怒髪天を衝く反応となって沸騰する。私自身は、メルケルの証言が完全に事実かどうか疑わしいと感じている。こうした要素が一部はあったかもしれないが、果たして本当に最初からロシアを裏切る意図があって芝居をしていたのかどうか、検証が必要だ。昨年2月に侵攻が始まって、ミンスク合意の立役者であるメルケルの立場はEU域内で急速に悪化した。

■ ロシアの屈辱と憤慨

ロシア・プーチンに対して宥和的な政治家の象徴の如き存在になったからである。ドイツやEUや西側の中で、中立的視角からこの戦争に反対を唱え、早期停戦を望んだ(私のような)者は、昨年春の開戦初期、メルケルが登場して調停に動く政治的解決を心中で期待した。けれどもその後、ロシア軍の戦争犯罪やらウクライナの民間人犠牲やらインフラ破壊やらが積み重なり、ロシアの国際的評価が決定的に地に堕ちて以降、こうした早期停戦を求める声は立場を失い、メルケルが動ける可能性も消えてなくなった。逆に、メルケルは自分の政治的立場を保全するためNATO寄りの姿勢を明確にする必要に迫られ、かくして外交の内幕暴露 - 作り話の可能性もあるが - という形でロシアへの裏切りに出たものと想像する。非常に陰険で不毛な政治であり、ドイツとロシアとの国家間の信義関係を根底から破壊する一撃だ。

ロシア側の失望と憤激は大きく、今後ドイツの対ロ外交は一切信用できず、約束を結んでも信じて守る必要はないという態度になる。メルケル発言の衝撃が大きいのは、ミンスク合意の意義と価値が壊されたことで、停戦の際はミンスク合意の線に戻ろうという回路が断たれたことである。つまり、ミンスク合意が無価値化され、妥協時の具体的で暫定的な「取り付く島」がなくなり、どちらかが徹底的に敗北し降参するまで戦争をやりきるしかないという地平が開けてしまった。ミンスク合意とメルケルの存在というのは、ロシアの政府と国民の、またドンバス住民の、さらには中国や国連の微かな希望だったような気がする。平和の灯と期待した対象が、それは幻想なのだよと自ら魔物の正体を暴露した図だ。政治家として汚名の残る所業で失態だと私は思うが、それだけ国内・EU内で厳しく追い詰められ、隠れキリシタンの踏み絵の如く、プーチンを全否定する旗幟鮮明を余儀なくされたのだろう。

■ ロシアの屈服か、第三次世界大戦の核戦争か

いずれにせよ、ノルドストリーム爆破の真相とミンスク合意の裏切りの白状を聞いたロシア国民の怒りと傷つきは大きく、この戦争の認識と意味づけも変化したに違いない。ロシア国内でプーチン支持が80%に達するという、われわれの感覚では意外な事実は、こうした情報が伝えられた環境での出来事なのであり、それを察すれば「さもありなん」と理解できる現実だ。われわれのテレビ報道では、相変わらず、戦争が始まった原因が「プーチンの被害妄想」と「独裁者の歪んだ歴史認識」で片づけられ、そのフレーズで決めつけられ、その言説がセメント化されている。開戦1年の報道で、堤伸輔と松原耕二が、田中正良が、大越健介が、再び繰り返しこのナラティブを公共の電波で刷り込んだ。ここに2014年のドンバス紛争勃発時のCNNの映像がある。キエフ政権軍の砲撃で2500人が殺されたと住民が記者に訴えている。8年間の紛争中、西側マスコミはこんな具合に中立で取材報道していた。

嘗ては正確にドンバス紛争を報道し、「マイダン革命」についても双方に目配りした慎重な見方で、ウクライナのネオナチについても客観的な観察眼を保持していたのに、今の西側のマスコミは悉くCIAの御用機関でしかない。ドンバス紛争でのロシア系住民の多大な被害は「プーチンの被害妄想」すなわち「ロシアの情報戦のデマ」に化けていて、誰もそこに異論を挟まない。世界から平和主義者が消えてしまった。ヨーロッパはユネスコ憲章以前の、もっと言えば19世紀の「戦争当然」時代の荒々しいヨーロッパに戻ってしまい、戦争の反省を忘れてしまった。本来、ソシャリストが登場して戦争を止めないといけないのに、その図がない。ジョン・レノン的な純粋な反戦思想でロシアとNATOの間に入らないといけないのに、その行動をする者がいない。地上の誰もが「アメリカの正義」と「自由と民主主義の価値」を盲目的に信奉するリベラリストばかりになった。第三次世界大戦は必至だ。


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