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リベルタンゴはタンゴの代表曲?

先日、依頼演奏の打ち合わせでプログラムの選曲をしましたが、「何か皆さんが知っている有名なタンゴを」というオーダーに応えにくくて頭をかかえてしまいました。

これまでタンゴの代表曲とされていた曲と言えば、「ラ・クンパルシータ」「エル・チョクロ」「カミニート」など‥‥
ところがこういった曲のタイトルをあげてもピンとこない人が多数派になってきたのです。
タイトルは聴いたことがあるけど、どんな曲だっけ?という人が多いのではないでしょうか?

多くの人が知っている最も有名なタンゴがアストル・ピアソラの「リベルタンゴ」という皮肉な状況にいよいよなってきたようです。

タンゴは高齢者の懐メロ?

「タンゴは高齢者のファンが多いおかげで仕事が多くていいですね」と(幾分皮肉まじりに?)言われることがありますが、果たしてそうなのでしょうか?

高齢者の定義にもよりますが、例えばいまの60〜70代の方が10~20代の頃はビートルズが来日した時期です。
それくらいの世代だとロックやフォークソング、洋楽にはまった人の方が多いでしょう。

日本のタンゴブームは1950年代なので、その直撃世代はもう80代半ばを過ぎています。
さすがにそれくらいの年齢になってくると気軽にコンサートを足を向けるのが難しくなる方が増えてきます。
実際に私たちのコンサートにもタンゴブーム世代の方がお越しになることは減ってきました。

すでにタンゴ=高齢者の懐メロともいえなくなっているのです。

そんな状況でも世代を問わず人気が高いのがリベルタンゴです。
ラ・クンパルシータと聞いて「よ!待ってました!」という声はあまり上がらなくなり、今やその枠はリベルタンゴになっています。

タンゴの代表曲と言ってしまっていいのか

ではリベルタンゴは「タンゴの代表曲」になりうるのでしょうか。
世間一般はともかく、タンゴの演奏家としてはリベルタンゴをそう呼びたくない気持ちが強いです。
なぜならピアソラ自身がこの曲を一般的なタンゴとしては書いていないからです。(リベルタンゴ誕生の経緯は下記の記事に詳しく書いています)

ブエノスアイレスを離れたヨーロッパで、タンゴを知らない人々に向けて作曲されたのがリベルタンゴ。
そのためあえて従来のタンゴとも、それまでのピアソラの作品とも毛色の違った新鮮味のある作品として作曲されているのです。

タンゴの枠組みから解放されるという意味での「自由のタンゴ」。
それがタンゴの代表曲になってしまうという逆転現象には、さすがのピアソラも苦笑いしてしまうでしょう。

リベルタンゴがタンゴの代表曲となった時点で、タンゴという概念はすでに破壊されてしまっているのかもしれません。

「おなじみのタンゴ」にこだわらなくていい

しかし「おなじみのタンゴ」がリベルタンゴ以外に無いことに過度に悲観的になる必要はない気がします。

現在は人々の趣味や興味は多様化し「高齢者だから〇〇が好き」とか「若いから○○が好き」とは一概に言えなくなりました。

だからこそ無理に「皆さんおなじみのタンゴ」を探すのではなく、タンゴにくわしくない方でも新鮮な気持ちで聴いてもらえる機会を増やす方が重要です。

イベントを企画する側の気持ちとして「おなじみの曲」を入れてほしいのは理解できますが、それならむしろタンゴ以外の曲から選曲した方がよさそうですね。

そして耳なじみのない曲でも、「よく知らなかったけど意外といいね、タンゴ!」と一周回って新しく感じてもらえるようにしないといけません。
ここは演奏家ががんばらないといけないところです。
「有名な曲じゃないと楽しんでもらえない」はずがありません。
そこはタンゴというジャンルの持つ魅力を信じて皆さんにお届けしないといけないでしょう。

あらゆる音楽ジャンルと同じく、オールドファンやマニアだけに向けて演奏活動するのは今後は厳しくなってきます。
新しい聴き手の開拓はタンゴにとってますます切実な問題になるでしょう。

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