東野篤子氏と「ウクライナ応援ブーム」は何に敗れ去るのか
東野篤子氏とその周囲によるネットリンチの被害者だった羽藤由美氏が、経緯を克明にブログで公表された。1回目から通読してほしいが、東野氏の出た番組に批判的な感想を呟いただけで、同氏に煽られた無数の面々から事実をねじ曲げて誹謗される様子(3回目)は、私自身も同じ動画を批判したことがあるだけに、血の凍る思いがする。
研究者どうしのSNS利用が、どうしてこうした事態に至ってしまったのか。手がかりは、今年2月19日に東野氏が行った以下のツイートにある。
これは、ネット用語で「犬笛を吹く」と呼ばれる行為である。実質的には「羽藤氏に『人格攻撃』された私を応援して、みんなが代わりに『反論』してね!」とフォロワーを焚きつけており、事実そうなったわけだ。
もちろん、「戦争を軽いノリで語ってきた」「ゲーム感覚」という趣旨の羽藤氏の感想が、まったく根拠を持たないものであるなら、上記の東野氏の「反論」にも理があろう。その判断に供すべく、東野氏によるウクライナ戦争の論じ方の一例を、文字起こし(抄録)を添えて掲げておく。
こうしたノリを、進行中の戦争を論じるにふさわしくない不謹慎なものだと思う自由も、逆に深刻な話題を和らげる卓抜なヒューモアだと感じる自由も、私たちにはある。ただし、前者の感想を抱き表明した人に対し、「後者だけが正しい感じ方だ」としてリンチで攻撃するよう煽る自由は、誰にもない。そんなことは、自由社会の常識だ。
今日驚くのは、これが俗にいう「切り抜き失言」的な動画ではなく、番組を製作した国際政治ch による公式のダイジェストだということだ。つまりこの内容が「ウケる」と思って、製作者は自らPRに利用したわけで、実際にコメント欄では以下のような「絶賛」を集めている。
「あっちゃん」云々は、元AKB48の前田敦子(あつこ)に掛けたものだろうが、文字どおりの戦争がウクライナで展開する中、日本人の「専門家」がいかなる雰囲気で消費されてきたかを示す、歴史の傍証ではあるだろう。
この現象を理解するポイントは、元となった番組の配信が2023年の3月で、コメントもほぼすべて「1年前」と表示される点にある。欧州製の主力戦車が届き始めた時期で、日本も含めた西側のメディアでは、ウクライナ側の勝利が「いよいよ確かになった」とする形で報じられがちだった。
もっともその反転攻勢はわずか1年で、後の米国副大統領候補にすら「破滅的(disastorous)」だと切り捨てられる、無残な結果に終わってしまう。
ロシアの侵略によって始まった戦争で、ウクライナの側を応援したくなるのは人として当然だ。まして新たな兵器が到着し、勝利は確実とする希望的な観測が語られれば、ますます視聴者は「それ以外の考え方はあり得ない」「違うことを言う者は非国民」という空気に飲まれてゆく。
そうした俗情と結託するかぎりで、「その瞬間」にバズり支持される発言は、誰にでもできる。まして本人が「専門家」の肩書を提げている場合、どこからも異論や批判が来ない環境――もし来ても「人格攻撃!」とだけやり返せば、即座に周囲が馳せ参じてくれる状態が作られがちだ。
視聴者があらかじめ「これだけが正解!」と決め込み、「その感じ方でいいですよ」と学者がお墨つきを与えるとき、実際には専門家が民意のロンダリング装置と化しているだけで、知性も学問も死んでいるのだが、多くの人はリアルタイムでは気づかない。だから時間が経ち、前提となる民意自体が変わって初めて、結果に愕然とする。
「自粛が正解!」と思われた新型コロナ、「打つのが当然!」と信じられたワクチン、「叩かれてあたり前!」なキャンセルカルチャー。そうした他者感覚を喪失させる熱狂の連鎖の中に、冷静に戦況を分析すべきウクライナの専門家も溺れていたことが、今日の事態をもたらした真因だ。
だから、自然科学・人文学に続いて社会科学の「専門家」の信用を失墜させつつある、東野篤子氏がすべきことは明白である。
Twitterの鍵を開け、noteでも「自分のファン」に向けて強がる池乃めだかのような発信をやめて、謝るべき相手に謝罪し、TVでのまちがった言動を訂正することだ。周囲もまたそれを促すほかに、学者の矜持を保ってこの戦争を終える道はない。
追記(8月24日 15:30)
本記事の公開からわずか半日で、文中に埋め込み引用した東野篤子氏の出演動画が、再生できないようブロックされたことに気づいた。もっとも、表示される「YouTubeで見る」のリンクを踏めば、他のタブやアプリで再生されるから、閲覧を妨害するにしてはあまり意味がない。
知名度ではるかに下回る弱小noteを相手に、ここまでの速さで対応されるのは驚きますが、そのスピード感はむしろ、被害者への謝罪にこそ活かされてはいかがでしょうか。
(ヘッダー写真は戦争の序盤、マリウポリの攻防を報じる毎日新聞より)