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経営とは、人の営みである

「経営の根幹とは何か?」を考えさせられる骨太な一冊です。経営の本質は”人”にあると看破した著者の至言は、多くの人の記憶に残るでしょう。

■はじめに

『会社は頭から腐る―あなたの会社のよりよい未来のために「再生の修羅場からの提言」』
どんな本→企業再生の現場を経験した著者独自の経営論とリーダーシップ論
読みやすさ★★★☆☆(一般的)
ダイヤモンド社 2007年出版
著者:冨山 和彦

著者は、2003年から産業再生機構のCOOとして、当時のカネボウなど41社の再建に取り組んできました。その後も企業再生を主とする経営共創基盤を設立し、JALの再生でも重要な役割を担っています。

サブタイトルに、「再生の修羅場からの提言」とあるように、破綻もしくは破綻寸前の企業の内情を見てきた冨山氏だからこそ看破できた、経営の本質をが書き綴られています。厳しい現実に直面したとき、人はどう動くのか。

日本特有のムラ社会的な組織風土についてなどは、一般の社員だからこそつい頷きたくなるものも多いはずです。トレンドの経営理論などではない、生身の経営論を学ぶことができます。

■学びたい3つのポイント

①人はインセンティブと性格の奴隷である

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インセンティブとは、働く上で何を大切に思うのか、人それぞれの動機づけされる要因である。ある人は、短期的なおカネに最も反応するかもしれない。逆にある人は、長期の安定的な雇用かもしれない。出世することに多大なインセンティブを感じる人もいる。家族だという人もいる(中略)インセンティブと並んで人の動きを機械的に捉えられない要素が、それぞれの性格である(中略)人それぞれの性格と仕事の特性が一致していないと、能力に関係なく、よい仕事は達成されないのだ。客観的に見ると一見、不合理に見える行動も、当人が持っている価値序列や心理状態、直面している状況の相互関係から見れば、実は理にかなっているのである。その意味でインセンティブと性格は、人としての情の論理とも言い換えられる。私たちの判断や行動は、この情理に支配されている(P26-27)

この本の第1章は「人はインセンティブと性格の奴隷である」というセンセーショナルな見出しから始まります。上記の引用にあるように、当の本人ですら、自らがインセンティブと性格に支配されていることに、気づいていないかもしれません。

例えば、組織ぐるみで行われた不法行為も、当事者が持つインセンティブと性格によっては、会社を守るため、仲間を守るために必要な行為として行われているのです。横領なども、本人にとって一線を越えてでも金銭を欲する理由があるからこそ、会社のお金に手をつけてしまいます。

不法行為に限らず、日常的な人のあらゆる行動は、インセンティブと性格に基づいて行われています。普段意識することができない、この人間としての基本的な性質を知ることが大切なのです。

②個々人のインセンティブと性格を組み合わせる

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経営とはとにかく人である。人の動きがすべてである。人の行動を支配している動機づけやその人の人間性と、組織として追求しなくてはならない目的や戦略とが同期するとき、両者は最小限の葛藤で最大限の力を発揮する(中略)そこでなすべきことは、結局、構成員各自のインセンティブ構造と性格を理解し、相互の個性をうまく噛み合わせ、そこに的確な役割と動機づけを与え、かつそのことを丁寧に根気よくコミュニケーションすることである。それを各階層で持続的、双方向的に、そして環境変化に対応しながら柔軟にやり続けることである。ある意味、当たり前だが、こうやって手間のかかる経営努力を骨惜しみせずにやること以外、私には解が見つからない(P29-30)

それぞれが持つインセンティブと性格を見抜き、適切に組み合わせることが、組織のエネルギーを最大化するためには不可欠であると冨山氏は説いています。いかに高いモチベーションを持って働くように後押しできるか。

会社の規模の大小や直接対話できる人数に限界はあるにせよ、少しでも多くの社員のことをよく理解し、丁寧にコミュニケーションしていく。経営者からするとこれは手間と時間がかかる取り組みですが、この「当たり前」の積み重ねがのちに大きな差となって出てきます。

仕事に対する価値観は千差万別であり、ひとりとして全く同じインセンティブと性格を持つ社員は存在しません。組織の力を高めるためには、個々の社員の解像度を最大限高めることが重要となります。

③当たり前のことを当たり前にやる

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現実の事業再生、現実の経営改革は、そんなものではない。その90%が「当たり前のことを当たり前にやる」ことに尽きる。難しい戦略論や技術論、経営論をごちゃごちゃ言う前に、そもそも当たり前のことが当たり前にできなかったから、再生会社、再生事業になっていることを忘れてはならない。そして、当たり前のことが当たり前にできるかどうかは、事業体のトップからラインまでの組織と人材のDNAに規定される。だからこそインセンティブは重要なのである。そして再生とは、この組織と人材の習慣を変えることだ。これには、地道に根気よく、会社を、組織を、人間を変えていく努力を積み重ねるしかない。儲からないことはやらない、無駄なコストは使わない、無駄なものは持たない、お客様の気持ちになって行動する、今日よりも明日は必ず何かよくなっていうようと努力する(P119-120)

破綻企業が再生を目指す場合、再建を支える側に対して「ウルトラC」のようなプランが期待されると言います。追い込まれた人々は、ついドラマのように英雄や奇跡を求めてしまうのでしょうか。しかし、冨山氏は「当たり前のことを、当たり前にやり続ける以外の解は無い」と断言しています。

実際の再生の現場にはウルトラCなど存在しないのです。そのためには、組織の中にいる人たちにとって当たり前だったインセンティブの構造を抜本的に変えなければなりません。人には、居心地が良かったころに戻ろうとする習性が常に働いており、外部から見た「当たり前」を否定してしまいがちです。

従来の行動や価値観が通じなくなることに対して、怖さを感じる人もいるでしょう。しかし、経営者から現場まで全員が「当たり前」を受け入れない限り、その企業の再生は果たせないのです。

■まとめ

2007年の執筆時点で、このままでは中国やインドに日本は追い越されてしまうという予測が書かれていました。長らく日本に真のリーダーが育っていないことを憂いていたのです。実際に中国が是非はともかくとして、世界を二分するような国家に成長する中で、日本は存在感が低下し続けています。

今回取り上げた内容は、本書の根底に当たる部分ですが、経営者やリーダーのあるべき姿について多くの示唆を得ることができます。冨山氏は現在でも社会に対して、様々な提言を行っていますが、本書を読むことで、同氏の思考様式をより理解できるはずです。

経営大学院のクラスで講師から「この本は絶対に読んだ方がいい」と言われ、初めて読んだときの衝撃は今でも忘れられません。”人はインセンティブと性格の奴隷である”という言葉は、今も心に刻み込まれています。

現在は、キンドルか中古でしか手に入らないようですが、本書がひとりでも多くの方に読まれることを願っています。

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