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あれは、秋。

 きました。待ちに待った季節の到来。自然、うきうきと胸はずみ足取りもステップを踏むように軽い。なぜか?ひとえにそれは、私が秋生まれだからではないか。

 からからに乾いた風に冴えた空気、祓われていよいよ清い夕映えの清冽さ。びっくりするほど日が落ちる時刻が早くなったので、束の間だけの茜色と群青が交じり合う美しさには飽きることがない。

 亜熱帯となり果てた日本で、秋を心ゆくまで味わえる時間は短い。いつまでも夏が尾を引きずるので、暑くもなく寒くもなく、絹ごしの陽ざしを愛でられる季節は実にあっという間に過ぎ去ってしまう。

 「秋」という時期に記憶をフォーカスすると日頃はたいして思い出しもしない、学生時代の瑞々しい恋を思い出す。金木犀香る夜の帰り道、花の姿も見えないのに濃い香りに包まれながら、いやに明るいと仰ぎ見ると冷たく輝く満月があった。月明りに照らされた木々の葉が、「こんなに美しかったのだろうか」と驚くほどにぴかぴかと光り、命の歓びに歌うように見えた。

 おそろしきは恋。目にするものすべてがそんなふうに輝いて見えた。首の後ろあたりにさっと冷たい風が入りこんできて、10月の終わりを思った。そんな記憶。あれは秋だった。

 生きるということはきっと、思い出が増えていくことなのだろうけれど、ただそこに思い出と共に時が止まることでもあるだろうと思う。あっという間に冬が来る。刹那のように残された、秋のきらめきを存分に感じて過ごしましょう。

 

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