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10years.

 30代の後半に入った頃、「こうやって若さという季節が終わっていくのか…」と漠とした不安を覚えた。兆しとして現れたのは最初に肌。今にして思うと、このころがもっとも不安と怖れをもって容貌の変化に抗っていたと思う。美顔器をいくつも使いこなしていたが、理想とする状態にならなくていら立っていた。いま?50を前にすると「そろそろもう本当に老いるという道に入っていくのか」と、諦念の思いである。だって仕方ないのだもの。3つ使っていた美顔器が1コになるくらいには……笑。

 むかしむかし、さらにうんと若かった頃。女というのは恋愛市場で選ばれる性なのだと、怒りを少しばかりおぼえつつもかなり熱心なプレイヤーとして市場から追い出されないように奮闘していたと思う。男の人に選ばれるということなしに、この世に存在していい理由がないように思えた。一方で、仕事をしているときの自分は「男嫌い」を噂されるほど、性差による忖度と無縁の人間であった。仕事、つまり1日の9割以上を占める質と量のなかで知り合う人を恋愛対象と見たこともなければ、突如巻き込まれても迷惑なだけであった。これはずっと変わらないけれど、仕事で関わる人をそういう目で見ることがない。私はかなりプライバシーを重視する人間なのだが、恋愛というものも非常にパーソナルなものとして存在し、1対1以外の介入をほとんど許さなかった。

 そのくせ、人生は「仕事のある生活」であり、そこに全集中して生きてきているのだが、「恋愛」が成立していないとこの最重視すべき「仕事のある生活」の調和が乱れた。難しく言っているけど、ま、要するに好きな人がいないとうまくないってこと。全集中できるためにはそのものずばりの仕事という対象だけではだめで、おそらく無尽蔵に汲めるエネルギー源たる恋愛の要素がないとならないのだった。その座標軸に居続けるために、若さを失い容貌が衰えていくことは恐怖でしかなかったのだ。そんな私に転機が訪れた。

 30代で子宮頸がんになり、子宮を失うことになった。そのとき、当時付き合っていた人とすぐにお別れした。理由は簡単、「生きる」ことを選び続けるには意思決定を揺らがせる恋愛の要素を自分から無くすことが不可欠だったのだ。とりわけ生殖器に係る病気だったからこそ、自分はパートナーがいる状態ではいろいろのことを考えてしまい、最適な意思決定ができないと思った。誰よりも自分を知っていたのでまず無理だろうと思ったのだった。
多くの同じ疾患にかかった人は、その当時をパートナーに支えてもらったという話を聞くが、自分から別れてもらって意思決定をぶらさないようにしたのは自分くらいだろうと思う。すべての人ではなく、私というタイプの人間にとっては、これは今でも思うがもっとも良くできた意思決定であった。
 (蛇足であるが、自分は30歳の頃に生涯結婚をしないことを選んでいたので子どもを持ちたいと思ったこともなかった)

 このとき、生涯もう、恋愛や男の人のことで悩まなくていいんだ。と思ったら意外にも開放感があった。選ばれる性でいなくても存在意義を自分で掲げられると思えた。小さい人間なんですよね。かなりこじれた人間だから…。

 それから数年、自分は一気におばさん化した。それまでがんばっていた美容のことをあまり大切にしなくなった。これは手を抜いたというよりは、「もう資格を無くしたのだから自分なんかが見た目に気をつかうのはおこがましい」と思ったのだった。おそらくだけど、やっぱり本当の部分で病気によるさまざまの喪失が傷となりすぎていて、極から極へ走らないと病後の余生を生きていけなかったんだと思う。年齢なりに老けていくことを「私はもうそっち側の人じゃないから」というまやかしのアルカイック・スマイルなぞ浮かべて眺めていたと思う。オエー!

 そんなふうに年齢を見送るように生きて5年が過ぎた頃、雑誌を見ていたらかつてつきあっていた人が少し有名になって出ていた。しかも、以前よりうんと男ぶりを上げて…。それをみてとっさにおぼえた感情は焦りと怒りである。「この人と二度と会うことはないだろうが、万が一、道で偶然に出会ったときにこの男に《わーこいつ老けたな!》と思われるのだけは許しがたい」という、闘志が一挙に沸き上がったのだ。そのとき思った。

 生きるために欲をなくそうと最初は思った。何かを望むのは第二の人生を与えてもらった人間として贅沢すぎる。命を長らえさせてもらっただけで満足しなくてはいけない。そうやって5年生き、この偶然の一日を境に見た目をもう少しなんとかしよう、と思い直した。これは自分のなかに「ただ生きる」ことから「こうなりたい」と思ってもいい、すなわち欲求が再び戻ってきたことを意味している。欲を持つことに罪悪感を感じでいたが、欲求するというのが生きるドライブになりえるのだと思い知ったのだった。

 あれからさらに5年。8キロくらい自然に痩せたし、実年齢を言うと驚かれる。若く見えるというよりは、自分以外に責任を負っていない気楽さ所以だろう。がんばったというのはなく、ふつうに自分を好きになっただけだと思う。贖罪の念で罰する生活をやめて、自分を大事にするようになった。年相応に老いていきたいし、年相応の美しさを備えていきたいとは思えるようになった。如実に現れるようになった老いの兆候に遭遇すると若干げんなりする。けれど、30代の頃に身がすくむほど恐怖した思いとはまったく異なものだと感じる。

 よるべなき存在として一人きりで社会に居場所を探し、選ばれることでこの社会に存在の許可をされていると思っていたあの頃の自分へ。
 いまものすごく愛しさを覚えつつ、ただ生きてふつうの生活を懸命に送る名もなき市民であることのかけがえのなさを伝えてあげたい。

 

 

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