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ブルックス・ブラザーズ愛

ここのところ残念な理由でニュースに登場しているブルックス・ブラザーズであるが、246沿いにある青山店も8月いっぱいでいったんクローズすることになっている。青山再開発の一環でのクローズで、表参道店がその代わりに新店として骨董通りでスタートするのと、再開発後に改めて青山店が戻ってくる計画ではあるという。ニューモダンというべきか、あのクラシカルでシックな青山店が246から消えるということがとてもさみしく感じられる。

ブルックスといえば紳士服の方が有名であると思うが、アメリカントラッドなブレザーを買ってから開眼した。けれど今ひとつ熱烈に欲しい日常服がなく、その後「買いたい気分満載なのに、買いたい服がない」というジレンマに陥っていたのだが、最近90歳にして現役というパーソナルショッパーの方の書籍『人生を変えるクローゼットの作り方』をパラパラと流し読みして、堂々と買いにいく理由ができた。

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この方、卓抜したセンスと審美眼により、上級顧客の予約来店に合わせてその人へ提案するファッション一式を準備しておく。当然、顧客の持っているアイテムも頭に入っているので、購入後のコーディネートプランも提案できるようにしている。そのなかで、「ブルックス・ブラザーズのシャツは欠かせない」だか、「間違いがない」という記述があったわけだ。もちろん、ブルックスのシャツが間違いがないのは知識としてあったが、それが「どのように間違いがない」のかをわたしはどうしても知りたくなったのだ。

そんなわけでミストのような霧雨のそぼ降る先の金曜日、米国ブルックスの破産申請のニュースもあって何かとざわざわしている印象の青山店に赴く。1Fは求めやすいセカンドラインのレイアウトなので、迷わず2Fに進ませてもらって店員さんに声をかける。「一番代表的なシャツってどのラインでしたっけ?」。すかさず持ってきていただいたシャツを試してみると驚いた。なんだこの美しいラインは…。

シンプルなのに構築的で美しく、これまた服を着た方が身体が美しく見えるという服だ。なるほどね~、こりゃロングセラーになります。

話が飛ぶが、80年代に公開された映画『ナインハーフ』。光の撮り方が印象的で、ミッキー・ロークとキム・ベイシンガーによるエロティックなラブストーリーでわたしもとても好きな作品がある。この原作本は、エリザベス・マクニールという人が書いていて、映画とはまた違った世界観と流れるような文体が美しく、わたしのお気に入りの小説だ。このなかで、まだ出逢って間もないころの男と女が、急速に距離感を縮めていく恋愛初期における緊迫感と高揚感のたまらないシチュエーションのなかで、ブルックス・ブラザーズが登場する。それはちょうど、こんなふうにして。

男の家で夕飯を共にし、深まっていく夜更けの刻と相まって少しずつ親密に距離を近くしてゆくであろう予感が二人を包んでいる。しかし無慈悲にも、仕事上の来客が男にできてしまい、2時間ほど女は息をつめて別室で時間をやり過ごすことになった。ベッドに寝転んで彼女がしたことは、男のクローゼットの点検である。実際、クローゼットにはさまざまな秘密が隠れているものだ。

それからワイシャツが四列の山に重ねてある。どれもがライトブルーか、淡いピンクか白だ。(「ぼくはブルックス・ブラザーズに年に一度電話で注文するんだ」と彼はのちになって教えてくれた。「そうすればシャツを送ってくれるから、自分で店に行かずにすむだろ。店に行くってのは、どうも苦手でね」シャツのカフスや衿がいたんできたら、別の山に積んでおいて、家にいるときに着ることものちになってわかったことだった。略(出典:9 1/2weeks)

この男性のペルソナは高学歴で大学院を出たエリートなのだが、ところどころにやはり変わった描写があり、そこがかえってこの男のひどくサディスティックな嗜好に説得力を与えているように思う。

まあ本当は、わたしが言いたかったことは、「ブルックス・ブラザーズのシャツは良いよ!」ということであり、自分にもっと「なんでよいのか」を語れるほどの愛用の歴史があったらよかったのに、ということである。

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