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「恋する惑星」というきらめき

4年ぶり開催と言えば五輪だけれど、そのくらいのゆるやかなスパンでどうしても聴きたくなる曲がある。昨夜もちょうどそんなタイミングだった。フェイ・ウォンの「夢中人」だ。

しかしあまりにも久しぶりなことと最近の「思い出せない病」の発動から、曲名が思い出せない。しかし絶対に何があっても忘れないことがあるのでわけなく曲にたどり着くことができる。それは、この曲を主題歌としていた映画『恋する惑星』だ。

このころ私は大学生で、時は1990年代の半ば、香港がイギリスから中国へ返還される前夜。当時の香港はこの雑多なエネルギーがあまりにも蠱惑的とされ、多くのファッション誌で特集されていた。ウォン・カーウェイ監督が好き、いや何しろ金城武が大好きだったというミーハー根性で当時のボーイフレンドと観に行った。切なくキュートで焦燥感をあおるような映画だったこと、そしてヒロインを演じたフェイ・ウォンが歌う『夢中人』が、望郷とセンチメンタリズムを刺激した。

世に青春映画は数あれど、あの頃のざらざらした空気感を肌で思い出せる作品は自分にとって数少ない。大人ばかりが恩恵を受けたバブルとやらがはじけ、暗い受験生活を終えて大学に入ったら当たり前のように食卓に並んでいたお米すら水不足からなくなった。学食では細長いタイ米が使われていた。間もなく「絶対つぶれない」と言われた銀行も倒産し始めた。今、Z世代などと言うが私たちはX世代と呼ばれ、その筋の走りだ。ジェネレーションXは、経済の衰退期と青年期が同期し、これまでの価値観で生きることから力業で離された世代だ。個人主義をもっとも純粋に選択し始めた最初ではないか。

がんばっていい大学に行けと言われ、大きい会社に入ることがよいこととされて生きてきたら、軒並みそれらが手のひら返しをしてきた。幸せにやっていた香港市民も望むと望まざるとに関わらず中国領となる。そんな時代に映画は公開された。

そして配給会社のプレノンアッシュ、良質のこうした作品を多数配給してくれていたが今はもう、ない。

青春のきらめく光は目を焼くほどに鮮烈で峻烈なのだが、同時に二度と戻らぬ痛みを伴う。光は明るければ明るいほど濃い影をつくるというが、まさしくこの映画の鮮烈な光は、その後の長い混迷期に入る日本社会や、自分自身の苦しみの多かった会社員人生、中国領になった香港社会など、ロングテールに尾を引いて暗いグラデーションをつくったと思う。けれどだからこそ、フェイ・ウォンの「夢中人」が普遍的にビビッドな印象のままなのかとも思うのだ。

画像出典:Amazon

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