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凡庸さに受け入れられる

 1年半ほどが経って、いま私の髪は肩下を超す長さにまで伸びた。22年の年明け、耳を出す短さに突如カットして以来こんなに長く伸ばせたのは飽き性の自分にはすごいことだと思う。それと同時に2つのことを髪の長さが示唆しているように思えるのでそれを書いておく。

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 まずやはり、時間経過の証であること。そういや新たな美容院探しの過程でもあったな。中年も熟練の年になると、髪をただ伸ばすのはものすごくお金がかかる面倒なことだとわかった。昔のように洗いざらしにできない、クセの出た髪、かつては触ると髪から水分が滴るように思えたうるうるの水分も飛び、必死の工程を経てなんとか昔ふつうで得られた髪質を保持している。でもこれは「あそび」、あと少しして満足したら一挙にどうでもよくなることだろう。まずは面白いと思える、意味があると思っている間は四苦八苦してみようと思っている。

 毛先にウェーブをかけているので、とにかくブローが楽になった。そしてこの髪型はいかにも凡庸で、どこにでも見るありふれたスタイルだ。お洋服も年とともにいかにプレーンな型で上質なものを着こなすか?に面白みが出てきたことで、凡庸なヘアスタイルにプレーンな服装となった。これが割と落ち着くのだ、という発見が非常に新鮮であった。そう、髪の長さによる時間経過とともに、これが2つ目の示唆。

 「そうじゃんねー?本当の自分は、こういうタイプだったよねー?」と改めて思い出された。幼稚園でも小学校でも、ふつうの女の子らしさが感じられる装いが好きだったはずだ。でも親は、子どもがピンクを着るよりグレーを着る方がシックだと思っているタイプだったけれど。大人になっていわゆる営業職のビジネス用の服装から解放されてから、それは長い試行錯誤をそのときどきでしてきた。たぶんだけど、2022年に自分は働き方と人生の、大きなシフトを半ば力技でキメて、表向きそのシフトは起こすことができたけれど、外的要因と内的要因の絶妙な合わせ技によって、そのシフトは大けがとなったと思う。そして人生が面白いことの理由として、それはまさしく怪我の功名でもあったのだ。つまり、大けがを負ったけど大けがしたことで新たに生まれた物理の糧もあった、ということ。

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 いまの自分は、その大けがが与えた功名の方、糧によって幾度目かの再生をしており、負債も引きずりつつも新しい再生によって目の前に広大な未知が提示されたと思う。それはとても刺激的であり、これまでの苦難がすべてここに結実してやっとスタートラインに立てたかのうようにも思う。それくらい大手術をやった挙句、後遺症と新しい体で生きていっているくらい人生がひとつに纏まり始めたと思える。

 肩下に揺れる髪と主張のないプレーンなファッションをまとう自分は、外界にあっても奇異なところはないだろう。うまく社会になじんで人の目を引くこともない。たぶんそれでよかった。そうなることを心から欲していたんだろうけれど、そう生きることができなかったんだと思う。

 そのときどき、きわめて必死に一生懸命生きてきたつもりだけれど、時にどうにも「なんでこんなふうになっっちゃったんだっけ?」という迷路にはまり込むことも多い半生だったなーと思う。だからこそいま、ふと、無理のない凡庸さを、受け入れたのではなく凡庸の方に受け入れてもらえたことが、なんとなくむずがゆい嬉しさを伴っている。

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