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「もうひとつの江戸絵画 大津絵」展@東京ステーションギャラリー

 東京駅内にある美術館、東京ステーションギャラリーにて只今開催中(9/19~10/30)の展覧会が「もうひとつの江戸絵画 大津絵」展だ。これまで何回か東京ステーションギャラリーを訪れた私は、大津絵展が東京で開催される点においては楽しみであったが、「なぜ東京ステーションギャラリーで大津絵展?」という疑問が真っ先に頭に浮かんだ。当美術館の建築が醸し出す重厚な趣きと洗練された館内、これまで開催された展覧会のジャンル、意欲的な企画を思えば、今回の「大津絵」というジャンルはかけ離れているように思われるだろう。特に直前の展覧会がバウハウスだったから余計に大津絵の野暮ったさが際立つ(笑)

はじめに~大津絵って?~

大津絵と言えば、「江戸期に大津あたりで大量生産され、安価に売られた土産絵」となる。         (展覧会図録 田中晴子論文冒頭より)

おお、なんと簡潔な…でもひとまず「大津絵とは何ぞや」という問いに対する答えは上記で事足りる、というより、この説明の範疇で一般的な認識が止まっているというべきだろうか。もしくは、”かわいい”、”ゆるキャラ”、”素朴絵”と言った文脈で知る機会があるかもしれない。少なくとも私の大津絵理解も上記の一文に加えて「大津絵十種」の認識しかなかった。そして”芸術”の範疇には入らない”民芸品”のジャンルであった。

大津絵十種とは
大津絵の画題は、仏画に始まり、動物、鬼、寿老人や大黒など多岐にわたるが、江戸後期になると「大津絵十種」として下記の画題に絞られ、元々風刺や教訓(寓意)画であった大津絵は、護符として受容されるようになる。
外法梯子剃…寿老人の頭を大黒がハシゴに上って剃る=無病長寿
雷公の太鼓釣り…雷様が水面に落としてしまった太鼓を碇で釣り上げようとする図=雷除け
鷹匠…鷹匠の若者(多くの場合イケメン)=五穀豊穣
藤娘…塗笠をかぶり、藤の枝を下げた女性=良縁を結ぶ
座頭(ざとう)…座頭が犬に褌を引っ張られる図=転倒防止
鬼の寒念仏...鬼が念仏を唱える図=小児の夜泣き止め
瓢箪鯰...猿が瓢箪で巨大な鯰を押さえつけようとする図=水難除け
槍持奴(やりもちやっこ)…大名行列の先頭を歩く槍持奴=道中安全
釣鐘弁慶…弁慶が大津・園城寺の釣鐘を奪って比叡山まで運んだが、音が良くなかったので投げ捨てたという伝説=火難盗難除け
矢の根…歌舞伎の『矢の根』に由来。曽我兄弟の仇討ちが題材=目的完遂、悪魔除け

 そうした大津絵を江戸時代における一つの絵画ジャンルとして捉え直すのが本展覧会の目的であり、その手がかりとして「近代の大津絵コレクターたちの視点」が用いられている。江戸時代のお土産品であった大津絵は、江戸時代の終わりと共に消えていくが、明治時代以降の文化人、芸術家の中から大津絵コレクターが次々と誕生していく。彼らはなぜ大津絵に魅せられたのか。彼らが愛した大津絵とはどんなものなのか。展覧会では民芸運動の立役者である柳宗悦や、浅井忠、梅田龍三郎といった芸術家など大津絵コレクターたちの蒐集の形跡を可能な限り調査し、彼らが所蔵していた大津絵を展観することで、大津絵という絵画世界がどのように受容されていったのかを辿っていく。下記、私的展覧会を楽しむ4つのポイントを紹介。

1.結局かわいい~絵を雰囲気を味わおう!~

本展の意義は前述の通りだが、大津絵に馴染みのない人はまずは素直に大津絵の作風を存分に楽しむところから始めよう。旅人の土産品としてつくられた大津絵は、初期の頃の画題は仏画が多かったが、次第に「大津絵十種」に代表される戯画や動物画など様々な画題が描かれるようになった。

大津絵の特徴
①無銘(誰が描いたか分からない)
②顔料は泥絵(大量生産のため質の低い顔料が用いられた)
③技法は着色、合羽刷、木版などさまざま。

 大量生産された誰が描いたか分からない絵であることが必ずしも「稚拙」であることとイコールにはならない。もちろん大津絵の作品の中でもその出来の優劣はあるのだが、良い作品は伸びやかな線が心地よく、ユーモラスな表情や仕草に独特の面白さがあり、見れば見るほど鬼も猿も猫も槍持奴(やっこ)も愛嬌のある顔をしている。そう、結局「かわいい」のだ。その可愛さを存分に楽しまなければ大津絵を味わったとは言えない。まずは理屈抜きに大津絵の素朴でユニークで愛嬌溢れたキャラクターに会いに行こう。
 大量生産され家の障子の穴を塞ぐために使ったりと日用品(消耗品)的な存在であった大津絵は、絵の具も泥絵と呼ばれる安価な顔料が用いられているため、浮世絵や若冲、応挙、蕭白...と名のある絵師の絵と比べれば顔料の質の低さは一目瞭然だが、それもまた一つの味わいに感じられる。
 個人的に「大津絵侮れないなー」と思うのが線描と着色のバランスだ。物によって技法は様々だが、着色が全くもって輪郭線に沿っていない(笑)大きくはみ出したり、足りなかったりと、最初から輪郭線にそって”きちんと色を塗ろう”という気などさらさらなく、それが心地よい。また着物のうち朱色の襦袢や紐を輪郭線を用いない技法で塗り足すなど、一つの絵の中で輪郭線を使う部分と使わない部分の使い分けが上手い。画題やユーモラスな造形の面白さで終わらずに、”どう描かれているか”という観点で眺めて見れば、線のリズム、限られた色数の中での色彩の豊かさに気づくことができる。近代の目利きたちが集めた作品だ、その魅力は折り紙付きだ!

2.教訓?風刺?お守り?~絵の意味を考えてみよう!~

 大津絵には余白部分に言葉が添えられている作品が多い。これらは歌であったり、言葉だったりするのだが、道歌と呼ばれ、描かれた絵に沿って教訓・寓意のような内容が認められている。
 例えば「猫と鼠」という画題では、猫が鼠に酒を勧めて飲ませている図なのだが、猫は鼠を酔わせた上で捕えようとする魂胆で、ここでは自分を騙そうとする者に身を滅ぼされることの教訓の言葉が添えられることが多い。蛇足だが、この画題で描かれる時の猫の顔が悪巧みしてるけど愛嬌があって可愛い。さながら「ト〇とジェ〇ー」のような感じだ。
 他には、大名行列の先頭を歩く「槍餅奴」だと、身分は低いが大名の名で偉そうに振舞うということで「虎の威を借りる狐」のような意味があったり、「座頭と犬」では、盲目の座頭が時に権力者に仕えることから、そうした座頭が犬に褌を引っ張られて困る姿が民衆にウケたといい、社会風刺の要素もあったようだ。
 教訓や風刺だけでなく、元々が仏画から始まった大津絵は、旅人らのお守りとしての側面も大いにある。先述の「大津絵十種」の画題も、それぞれ魔除けや祈願の思いが込められ護符として人々の日常で用いられてきた。
 多種多様な図が描かれてきた大津絵なので全てが全て何かしらの意味をもつ訳では無く動物画なども多くあるが、絵の周りに言葉が書かれてあれば少しそちらにも注目してみたい。クスっと笑えたり、含蓄ある意味が込められていたりする。

3.表装にも注目~コレクターの愛と個性?~

 本展では、ぜひ絵だけでなくその周りの表装・額装にも注目してもらいたい。元々お土産品の大津絵は”まくり”(掛け軸などの表装をしていない紙一枚の状態)で売られていたものなので、展覧会に出されている作品は所蔵者の誰かが特別に仕立てて保存しているという事だ。1つの作品の所蔵者が次々と変わっていることもあるので、現在の表装・額装がどのタイミングでなされたものかは展示を見る限りでは分からないが、コレクターごとに展示されているのである程度の方向性は感じられると思う。「薙刀弁慶」の作品に”弁慶縞”柄の表装だったり、「女虚無僧」の作品に能や歌舞伎の「道成寺」の衣裳を思わせる鱗文様や流水に桜文様が使われていたりと、表装する際に絵の題材に合わせて仕立てたんじゃないかと思わせるものもいくつかあり、そうした取り合わせを推測したり、愛でるのも楽しい。

4.図録がとにかくおススメ!

家に図録を置くスペースがほとんどないのだが、今回の図録をショップで見て買う事を即決した。というのも、図録がかなりお買い得に感じられる設計になっているのだ。その「お買い得設計」とは下記の通り。

①表装の画像も掲載
全てではないが、いくつかの作品で作品画像に加えて表装も含めた画像が掲載されている。「表装も含めた画像だけ」ではなく「本紙(作品の部分)だけの画像+表装も含めた画像の2点」が掲載されているのだ。これにより、大津絵そのものを最大限大きく見ることができるし、3章で上げた表装の取り合わせを楽しむことができる。こうした部分まで掲載する点からも、本展が単に大津絵を紹介する展覧会ではなく、「近代コレクターの存在」が重要であり、そのコレクターらを中心とした”大津絵の受容史”を辿る展覧会であることがわかる。おそらく展示室で「おっ、この表装面白いな」と思ったものは大体載っているのではないだろうか。(少なくとも私が気になった表装は全部載っていたので、この時点で買うことを決めた!)

②くずし字の翻刻も記載
2章で述べた通り、大津絵を楽しむ要素の一つが添えられた道歌である。図録には、文字が添えられている作品のすべてに翻刻(書き起こし文)が添えられている。書かれている言葉の意味(意図)が分かるかどうかは別問題だが、とりあえず「何が書かれているか」は知ることができる。しかも今回の図録は作品画像と解説文が分かれておらず、画像の横に解説文及び翻刻文が載っているので、画像ページと解説ページを行ったり来たりする必要がない!なんというストレスフリーな設計!

③旧蔵者の相関図&資料の文章の再録
展示室内にパネル展示されていた旧蔵者の相関図が図録にも掲載されている。当時の芸術家、文化人らの関係性が一覧できるので、この見開き2ページ分だけでも近代の美術史が弱い私にとってはありがたい資料!
 また図録の最後には主要参考文献のうち、一部を再録している。まだ全編に目を通せていないが、こういう過去の文献資料の内容を、それぞれ一部分とは言え再録するというのは初めて見た。

住んでいる部屋が狭いので、このところ分厚い図録は買い控えていたのだが、あまりの至れり尽くせり仕様に思わず買ってしまった。ちょくちょく開いてくずし字読む訓練でもしようかな。

おまけ

 展覧会の中ではそれほど触れられておらず、図録の論文中で触れられている位なのだが、この大津絵に深く縁のあるものがある。歌舞伎だ。歌舞伎の舞踊作品の中でも人気の高い『藤娘』はまさにこの大津絵の「藤娘」が題材になっている。上演回数は多くはないが、『大津絵道成寺』という作品では、藤娘、座頭、鬼、鷹匠、船頭など大津絵のキャラクターを1人の役者が早替りで踊り分ける趣向の演目もある(作品全体は『道成寺』がベース)。
 そして大津絵と歌舞伎の関係で外せないのが『傾城反魂香』。大津絵師の浮世又平(※浮世絵で有名な岩佐又兵衛のことではないよ)が登場する演目で、文楽(人形浄瑠璃)と歌舞伎でも現在ではほとんど「土佐将監館の場」しか上演されないが、その続きのストーリーの中で、又平が描いた大津絵から描かれた人物たちが絵から抜け出だしてきて、敵に囲まれた又平のピンチを救うという展開になっているのだ。(舞踊の『藤娘』も初演時はこの『傾城反魂香』の終わりに所作事舞踊として大津絵のキャラクター達の踊りを踊った内の1つだった)

 この展覧会で「大津絵って面白い!」と思ったら、ぜひ機会があればいつか銀座まで足をのばして歌舞伎座で『藤娘』を見てほしい。まさに絵から抜け出した藤の精がそこにいるだろう…なんてね。




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