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講演のお仕事

 ずっとパソコンに張り付いている。キーボードを叩きながら、コーヒーをリットルで飲み、大声で独り言を言っている。ときどき休憩がてら本を読むが、これもインプットの一環だ。まるで締め切りに追われる売れない小説家のよう。無精髭も様になってきた。

 書いているのは講演の台本だ。

 それも、立て続けに何件かご依頼をいただいた。振込詐欺対策のように、大枠が決まっている講座の仕事はすでに受けているが、まったく自由に話していいというのは初めての経験で、喜び半分、迷走半分。「晩御飯なにがいい?」と聞いたところ、「なんでもいい」と答えられた母親の心境だ。お母さんありがとう。

 マジシャンは思いの外、肉体的、心理的なコントロールの術を知っている。また、私に限っては趣味で心理学や行動学を勉強していたので、むしろ、役立ちそうなコンテンツが多すぎて取捨選択に時間がかかる。

 しかし、経験に則さないスピーチは説得力がない。たとえば、私が趣味で宇宙工学について勉強していたとしても、宇宙飛行士の小さな一歩には遠くおよばないし、趣味で女性の下着をコレクションしていても、ヘンタイに思われるだけだ。

 依頼が来たのは、私が10年ほど営業をやっていたというのが大きいようだった。セールスマン時代の成績は悪くなかったし、フリーランスマジシャンになってからもコンスタントに仕事を取っている、その実績を買われたということか。

 なので、当初はセールスに使える心理学やトークテクを盛り込む予定だったが、「自分がやる必要、なくね?」となって、ゴミ箱に突っ込んだ。いやいや、これただのセールス研修でしょ。クライアントの求めているものは、もっと画期的で、意外性があって、アメージングでグレートでファンタスティックで、マジシャンにしか話せないことでしょ。

 考えだすと、頭のなかは講演のことでいっぱいになり、あまりのストレスで一日8時間(昼寝別)しか眠れない日々が続いた。

 そんなとき、兄貴(人生の先輩)からオススメされた『破天荒フェニックス』を読んだ。大手メガネチェーンのOWNDAYSを再建した田中修治社長の、実話をもとにした奮闘物語だ。温情、死、裏切りなど、心動かされる要素満載の小説なのだが、不思議とビジネス書のような熱い学びが得られた。

 なるほど。

 昔は根暗で人見知りで引きこもりだった自分が、内定を数社から軽々と取り、のらりくらりと社会人をこなし、ついにはマジシャンとしてステージに立てるようになった経緯は、もしかして、それだけで価値があるのではないか。

 マジックの神様、ダイ・ヴァーノンは言った。
 Be natural. What I mean by this is be yourself.
 マジックを演じる際、誰かの演技を人格ごとコピーするのではなく、「あなた自身でありなさい」という教えだ。

 自分の言葉で語ればいいのだ。だって、誰も私の人生を知らないから。なんやかやで、私の人生は紆余曲折てんこ盛りだったのだ。

 人間不信の幼少期、挫折続きの子供時代、引きこもって読書していた学生時代、YESマンを地でいった20代前半、××××××した20代後半(顰蹙を買うので伏せ字)、マジシャンとしての成功と失敗の数々、そこにスパイスとして、論理的な仮説や心理学的検証を付加していくと、ちょっと面白い話ができそうだ。気づいてからはアイディアが止まらなくなった。

 お金もらうからには、きっちりやらせてもらいます。
 首を洗って待っていてください。

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