指輪なら、はなまる指輪専門店へ
ポストの中身を整理していると、春色の葉書が目に入った。埃を被った小箱に目を遣る。あの指輪を蘇らせられるのだろうか。
カランカラン。重い扉を引くと、古風な喫茶店風の店内で、にこにこ顔の若い女性と初老の男性が迎えた。
「いらっしゃいませ」
「この葉書を読んで来たんですが」
「ありがとうございます。こちらにおかけください」
椅子に腰かけ、鞄から指輪を取り出す。
「この指輪を直していただけないでしょうか?」
「承知しました」
男性が笑みを湛えたまま、二つ返事で承諾する。
「直せますか?」
「直します。お預かりしてよろしいですか?」
間髪入れずに答える職人らしい彼を前に、拍子抜けする。
「修理代はおいくらですか?」
「成功報酬制です。お見積りはこちらです」
彼が料金表の該当箇所を指差す。良心的な料金に胸を撫で下ろす。不安は拭えないものの、意を決して預けることにした。
「よろしくお願いします」
指輪を預かると、彼は奥の部屋に消えた。女性が引き継いで説明する。
「お直しが終わりましたらご連絡します。お名前、お電話番号をこちらにご記入ください」
「ええ。あの、本当に直るんでしょうか?」
「不安ですよね。大丈夫です。これまでどんなご依頼にも必ずお応えしてまいりました。安心してお預けください」
男手一つで育ててくれた父は、私の就職後間もなく他界した。まだ何も恩返しできてないのにどうして! 泣き喚いても父は帰らない。
父は男の子を庇ったのだと警察から聞かされた。そばに落ちていた指輪が父のものか確認され、裏面に両親の名の刻印を認め、父のものだと申し出た。返された指輪を修理に出すも断られ、事故の壮絶さを物語る無惨な姿のまま、手元に残った。
リリリリン。パッと受話器を取り、耳を澄ます。
「私、はなまる指輪」
待ち望んだ店員の彼女の声だ。
「守山です。直ったんですか!?」
「守山様、お待たせしました。はい、ご都合のよい日に」
「すぐ伺います」
受話器を置くとすぐに向かった。逸る気持ちを抑えようと、呼吸を整える。
カランカラン。
「お待ちしておりました。おかけください」
「指輪は」
「こちらです。お確かめください」
職人の彼が差し出すそれは、昔の父の指輪そのものだった。父の少しゴツゴツした太い指を思い出す。父がはめていた頃のまま、目の前にある。
「本当に直してくださったんですね」
年甲斐もなく人前で涙を流したのは、警察の前で泣いたとき以来だった。
年月が流れ、息子に相談を持ちかけられた。付き合って三年になる彼女に、婚約指輪を贈りたいと言う。父の形見の指輪を収めた小箱を一瞥し、息子に向き直る。
「指輪なら、はなまる指輪専門店へ相談するといいよ」
(1200字)
✨💍✨
ピリカさんが、声のご挨拶であとがきも楽しみになさっているとおっしゃっていたので、今回は遠慮なく書かせていただきます。
といっても、運営、ご審査でお忙しいみなさんのお時間をとらせないよう、手短に。
ちなみに、ピリカさんたちの思い、伝わってますよ!短いコメントのなかにピリカさんたちが心をこめられた「ありがとう!」が、ピリカさんたちの温度のある声としてしっかり伝わってまいります。
まずは、「春ピリカグランプリ2023」を催してくださいまして、ピリカさんをはじめとする、運営、審査を務められるみなさん、誠にありがとうございます!
冬ピリカグランプリ2022以来の参加です。
今回一番気をつけたのは、字数です。
noteのテキストで何度も確認し、1200字ぴったりであることをお約束いたします。
前回大変申し訳ないことに、エントリー後に字数オーバーが発覚したため、今回は細心の注意を払いました。1200字の壁はやはり高く、参加者のみなさんはすごいなぁと心から思います。これから少しずつ、じっくりみなさんの作品を楽しませていただきます。
800-1200字という字数制限には、審査員のみなさんの負担軽減はもちろん、良作を生むという効果もあると思います。私でいえば、1200字以内にするため、削って削りだして、なんとか要項に適う作品として成立するよう努めました。逆に800字以上になるよう言葉を足される方もいるかもしれません。足すにも引くにも、作品として成立するよう、書き直して読み直してを繰り返す過程で、もとからの粗にも気づかされ、収斂させながらより洗練した作品へと磨かれていくはずです。木彫り作品と似てるなぁとふと思いました。普段別ジャンルの作品を作られる方の作品を味わえるのも、ピリカグランプリならではですよね。
この字数制限のなかで生まれる素晴らしい作品を味わえるのがピリカグランプリの醍醐味であり、素晴らしい作品を生む一つの大切な条件だと感じております。
審査員のみなさんの心構えをお一つずつじっくり拝読し、推敲をかさね、私なりに誠意を込めて執筆いたしました。こんなに一作品(シリーズを除く)に向き合い続けたのは、久しぶりです。
今回もどうぞよろしくお願いいたします。
そして、運営、審査員のみなさん、大変お忙しくお疲れになることと存じますが、どうぞご自愛くださいね。
サポートしてくださる方、ありがとうございます! いただいたサポートは大切に使わせていただき、私の糧といたします。