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神影鎧装レツオウガ 第八十話

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Chapter10 暴走 01


「あれじゃあもう、狙って下さいって言ってるようなもんスね」
 かくて躊躇無く、ペネロペは引金は引く。
 先んじるはコンマ五秒。まばたき程度しかない刹那の、しかし絶対に覆せない先手の一発が、赫龍《かくりゅう》へ向けて放たれた。
 弾丸の名は対竜鱗徹甲弾《anti dragon Penetrator》。又の名をADP弾。
 大鎧装すら容易く貫通する特殊弾は、標的へとまっすぐに着弾。その一部始終を見届けたペネロペは、しかし息をついた。
「ちぇー」
 ペネロペが狙ったのは赫龍本体。しかし寸前でグレイブメイカーに気付いた巌《いわお》は、間一髪ながら機体を射線から逃がしていたのだ。クリムゾン・キャノンを、即席の盾とする事で。
 だが当然、代償としてクリムゾン・キャノンはADP弾に穿たれた。砲身内部へ食い込んだ特殊徹甲弾は、魔術加工されたオスミウム弾頭を基点に術式を発動。
 切瑳に赫龍が投げ捨てた直後、クリムゾン・キャノンは弾痕部を中心に膨れ上がり、爆発。内蔵の炸裂術式が起動したのだ。
「ぐぅッ」
 直撃こそ避けられたものの、迸る爆煙は赫龍の装甲を炙り、バランスを崩させた。久々ではあるが、やはり凄まじい威力だ。流石はインペイル・バスターのモデルとなった弾丸である。
 ともあれ巌は即座に体勢を立て直し、キャノンを再構成すべく構え直す。更に転移門越しにスレイプニルを睨む。
「……ち、ぃ」
 そうして、巌は歯噛みした。いそいそとグレイブメイカーをケースへ戻しているペネロペを隠すように、半透明のシールドが甲板を遮蔽。同時にスラスター群へ充満していた霊力光が、一気に爆ぜたのだ。オーバーブーストである。
 かくてラピッドブースター並みの爆発的な推力を得た巨大戦艦は、まばたき一つする間に空の向こうへ消えていった。
 通常の加速であれば、まだ何とか狙いをつけられただろう。だが視認すら困難な速度で動かれたとあっては、もはや手を上げるしか無い訳で。
「何て、こったよ」
 呟く巌は、赫龍の構えを解きながら上腕部内蔵グレネードランチャーを展開、発射。足下へ無造作に放たれた一発は、丁度零壱式二番機と切り結んでいたタイプ・レッドの脳天を破砕した。
 そしてそのタイプ・レッドが、現状Eフィールド上に居るハワード・ブラウン最後の戦力であった。
 戦闘自体は、凪守《なぎもり》側の勝利に終わったのだ。
 だが。
「なんだいなんだい。試合に勝って勝負に負けた、って感じになっちゃったねえ」
 ピラミッド上から一部始終を睥睨していた冥《メイ》は、ありありと不満を吐き出した。
「へへ。ザンネンだったなァ……と、言いてェトコだがよ。先見術式の予知データがあった上でギリギリだったんだぜ? 本心から大したモンだと思うぜェ、ファントム・ユニットって連中はよォ」
 反対に喜びを隠そうともしないハワードは、頭の後ろで手を組みながら椅子に大きくもたれかかった。そんなハワードを、冥はちらと横目で見る。
「そうかい。かの有名なファラオ殿から直々にそう言って貰えるなら、まぁ少しは報われるかな」
「……なンだ。やっぱ解ってたのか、オレの正体」
 ハワードの目元から笑みが消えるが、冥は気にも留めずタブレット上へ指を滑らせる。
「そりゃそうだろ。キミは有名人……いや、有名神だからな。その顔も、冥界の記録を検索したらすぐひっかかったよ。概ねそこにある金の駒も、キミに縁のある品が使われてるんだろう?」
「へっへ、正ェ解。オレの霊力に、この世で最も馴染むブツを加工したのさ。ちィと高く付いたが性能は――」
「そうかい。ま、ご自慢の性能はいずれ見せて貰うとして、だ」
 滑らかにハワードの解説を叩き折りつつ、冥はタブレットの操作を続ける。
 その横顔にハワードは鼻白んだ。成程確かにコイツはファントム4の師匠らしいな、と。
「負けは負けだ。この一件が終わったら、全員鍛え直さないとね。ホントに特別メニュー組まないとなぁーいやはや大変だぁー」
 穏やかな、しかし邪悪な影がちらつく笑顔を浮かべながら、冥はタブレット上に指を走らせる。今まさにその画面内では、件のスイカ割り以上にキツいメニューが組み上がっているのだろう。
「おォ怖」
 わざとらしく肩をすくめながら、ハワードは改めて正面を向いた。
 オウガ。赫龍。そして四機の零壱式。この場に残る全大鎧装のカメラアイが、ハワード・ブラウンを見ていた。
「ワオ。どォにも視線が熱いねェ」
 おどけるハワード。その正面へ降りてきた赫龍が、おもむろに右腕を掲げた。同時に右翼端のブレード――ワイバーン形態だった時、タイプ・ホワイトを両断した一振りが、接続を解除される。
 落下するブレードは、しかし赫龍の腕部横でふわりと留まる。浮遊術式が仕込まれているのだ。
 その柄を、赫龍は掴む。突き付ける。
「投降して頂きましょうか、ハワード・ブラウン殿。貴方には聞きたい事が多すぎる」
 ぎらと光る巨大な切っ先。人体の一つや二つ、容易く叩き潰して余りある暴力の塊。
 それに睨まれたハワードは、しかし逆に笑みを強めた。
「こっちとしちゃそれも悪くないンだがなァ……悪いがもう一つ残ってンだよ。お仕事がなァ」
 言いつつ、ハワードはチェスボード脇に置かれていた最後の駒を手に取った。
「それにオレとしちゃァ、むしろこっちの方が本題なンだよなァ!」
 キング。やはり金色の装飾が施された、チェスの要となるピース。
 それを、ハワードはチェスボード中央へと無造作に置いた。
「なんだ?」
 そこで、巌は気付いた。今までチェスボード上へ置かれた駒が、キングを取り巻くように配置されている事に。
 ――ここでこのチェスボード一式を破壊しておけば、あるいは後に起こる悲劇を防げたかも知れない。
 だが金色のキングは、それをとりまく全ての駒は、引いてはチェスボードそのものは、術式を発動させてしまった。
 サトウによって用意され、ハワード自らが刻み込んだ最後の、最大の術式が。
 基点となったのはキングの駒だ。下部から生じた霊力光の線がチェスボード上を走り、他の駒とキングを結ぶ。術式陣が描き出され、チェスボードそのものも光を生じ始める。
 電子回路にも似た術式陣は拡張を止めない。瞬く間にチェスボードを跳びだし、台座を伝わり、ピラミッドを走り抜け、引いてはEフィールド全体へと拡散。
 かくして、その一秒後。
 ピラミッドが、揺れた。
「これ、は!?」
 驚きながらも、巌は即座に赫龍のセンサーを起動。原因を看破した。
 霊力が高まっている。何かの術式が発動しようとしている。それも、恐ろしく強力な。
「ち、ぃ」
 ならば今すぐハワードを、と思った巌だがすぐさま踏み止まる。あのハワードは十中八九分霊だ。斬った所で止まる筈も無い。
「むしろ、ピラミッドを壊すべきか――!」
 即座にブレードを収納し、クリムゾンキャノンを展開すべく構える赫龍。だがハワードの余裕は消えない。
「おーッとォ、ンな事してる暇は無いぜェ?」
 ちちち。小さく振られたその指が、おもむろに空を指差す。
 その三秒後であった。グレンの使う転移術式が、唐突に空へ灯ったのは。
 更にその円陣を突き破って、一台のバイク――レックウとその搭乗者、ファントム5が現われたのは。

◆ ◆ ◆


 一回、二回、三回。落下と加速の勢いがため、Eフィールド上を勢いよくバウンドするレックウの車体。相当な衝撃である筈だが、それでも壊れないのは偏に利英《りえい》謹製のサスペンションがあるおかげだろう。
「う、く、く!」
 ともあれスラスターを小刻みに噴射しながら、ファントム5――風葉《かざは》は勢いをねじ伏せる。熱砂に長い轍を刻みながら、レックウはどうにか停車する。実に見事なコントロールだ。
 だが当のライダーである風葉は、ほとんど無意識にその操作を行っていた。早鐘のように響き続ける音が、思考の大部分を塗り潰しているからだ。今、この瞬間すらも。
 ばくばく。ばくばく。音は耳の奥の更に先、身体の底から響いて来ている。
 脈動しているのだ。心臓が。霊力が。
 だが、何故? どうして、そんな音が聞こえる? いや、そもそも――。
「ここ、どこ。なんで、わたしは」
 呆然とする風葉は、それでものろのろと周囲を見回す。一帯は見事なまでの砂漠であり、真正面に鎮座する巨大ピラミッドは、溢れる霊力光で今にも弾け飛びそうだ。
「何かの、術式、が?」
 太陽にも似た眩い光。それをぼんやり眺めていた風葉の視線を、群青色の巨大な足が唐突に遮った。
 見覚えが、あった。
「あ……オウガ……五辻《いつつじ》、くん?」
 砂塵を撒き散らす巨大な人影は、ピラミッドの光を風葉から遮るように立っている。
 いや、違う。守ってくれているのだ。あの巨大な背中は。コクピットに居る時と同じように。
「おいファントム5! 何やってんだ!」
「え」
 頭上から降り注ぐ叱責。びく、と反射的に身体を震わせた風葉は、恐る恐る上を見た。
 辛辣なオウガのツインアイが、無表情に風葉を見ていた。
「待機してる命令だったろうが! それが何でここに、しかもレックウを持ち出して、アイツの転移術式で……!」
「まぁまぁ落ち着けよファントム4。霧宮くんにも色々と事情はあるんだろうし」
 言いつつ、赤い大鎧装――赫龍がオウガの隣に着地する。更に一拍遅れて、四機の零壱式部隊も風葉を取り囲む。やはり、守るように。引いては正面のピラミッドを警戒するように。
「ハハン。どうやら役者は揃ったよォだなァ」
 そのピラミッドの頂上。噴出する霊力光に照らされながら、ハワードは勢いよく立ち上がった。
「それで、何をするつもりなんだ?」
 一旦タブレットから指を放し、小脇に抱える冥。その仕草を一瞥すらせぬまま、しかしハワードはにやりと笑った。
「まずはこうするのサァ――ゲート、オープンッ!」
 叫ぶハワード。一際強く発光するピラミッドに、身構える大鎧装部隊各機。そんな巨人達の背中越しに、風葉は目を見張った。
「あれ、は」
 霊力光に還元され、揮発していくピラミッドの中央部。そこから姿を現したのは、ダンプカーより巨大な立方体型の車輌、フレームローダーだったのだ。しかもその装甲はチェスの駒と同様、金色の塗装が施されてもいた。
「前に、見たよ。イギリスで、トンネルを駆け上がった、あの時。色は違うけど」
 かき消えそうな風葉のつぶやきを、それでもヘッドギアの通信機は律儀に拾い上げる。
「なに!? じゃあアレは、神影鎧装《しんえいがいそう》のコアユニットだってのか!?」
「ご明ィ察。ちなみに正式名称はフレームローダーってのさァ。覚えといて損は無いぜ、っとォ!」
 正式名称をさらりとバラしながら、ハワードはピラミッド頂上から跳躍。同時にフレームローダーがピラミッドから飛びだし、浮き上がり、パイロット――すなわちハワードを上部装甲で受け止める。
 フレームローダーは尚も上昇する。霊力光を放ちながら、差し詰め太陽の如く。
 その太陽を睨みながら、巌は言い放った。
「ファントム3、ファントム4、ファントム5。合体だ」
「了解」
「ふむ。そうだね、そっちの方が見晴らし良さそうだ」
 了解する辰巳の隣へ、唐突に灯る紫色の術式陣。散歩するような足取りでそれを潜ってくる冥を横目に、辰巳は風葉へ通信を繋ぐ。
「ファントム5。色々とあるんだろうが、まずは目の前の事を片付けようぜ」
 それに、レツオウガ内部の方が安全だろうからな――という本音は、胸中に留め置く辰巳であった。
「ん、ん。分かったよ……」
 二度、三度。風葉は強めに首を振る。フェンリルの象徴である銀髪が、霊力光を反射してきらめく。
 そうして、風葉は意を決した。
「……良し。オーバー・エミュレートモード起動。神影合体」
『Roger Immortal Silhouette Frame Mode Ready』
 鳴り響く電子音声。同時に辰巳の背後にあるシャッターから合体用コネクタが迫り出し、ガイドレールビームが風葉目がけて照射。
「んッ」
 オウガの背中を沿う霊力製の坂道を、レックウは一息に駆け上がる。一時的に透過するよう切り替えられた霊力装甲をすり抜け、フロントフォークがコネクタへ接続。
 全身へ充ち満ちる風葉《フェンリル》の霊力。それをコンソール越しに感じながら、辰巳は叫んだ。
「神影鎧装! 展開ッ!」
 轟。
 爆発にも似た光を発しながら、タービュランス・アーマーがオウガの全身に展開。
「ウェイクアップ! レツオウガ、エミュレート!」
 かくしてオウガは、神影鎧装レツオウガとなってしまった。ザイード・ギャリガンが先見術式で予知した通りに。

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【神影鎧装レツオウガ メカニック解説】
スレイプニル

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