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神影鎧装レツオウガ 第九十八話

Chapter11 決断 03

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「あのさァ。マジで言ってンの?」
「もちろん。マジで言ってるとも」
 ハワードの渋面を受け流しながら、冥《メイ》はタブレットを取り出す。
「異論を差し挟む前に、まずこちらの推論を聞いてくれ」
 アレジメントを一旦脇によけ、代わりにタブレットを置いた後、冥は指を組む。
「最初に核心を述べよう。キミは最初からグロリアス・グローリィ……ザイード・ギャリガンに協力していた訳では無い。途中から、ひょっとするとごく最近になって雇われた、傭兵のような立場である筈だ」
「……意味が分からねェな」
 ハワードはシラを切った。が、内心では舌を巻いていた。事実その通りだからだ。
 ハワードがグロリアス・グローリィと本格的に手を組んだのは、サトウからチェスボードとサラ達ヴァルフェリアを売り込まれた、あの時からなのだから。
 そして、あの時。
 サトウを通じて売り込まれた三つ目の商品名を、冥は言い当てる。
「で、キミが協力する理由だが。多分、今一番欲しがってるモノを提供できる、とでも言われたからじゃないかな」
「ハ、欲しがってるモノだァ? 滅んだとはいえオレはエジプトの王だぜ? この世の欲と財はあらかた味わい尽くしたってェの」
 鼻で笑うハワード。だがほんの少し引きつったその口角を、冥は見逃さない。
「だろうな。だが、その王が現代において、唯一失ったものがある」
 タブレットの画面を指が走る。立体映像モニタが冥の横に投射される。
「自由だ」
 PC画面ほどの立体映像モニタ上へ表示されていたのは、ハワードの顔写真と今までの略歴であった。
「ハワード・ブラウン。キミの名前そのものは、こうしてBBB《ビースリー》のデータベースで見る事が出来るが……目につくような功績は、これといって見当たらない。極めて平々凡々な魔術師だ。あくまでデータ上は、だがな」
 画面をスクロールしていた冥の指が、ぴたと止まる。
「だが、実際はそうじゃない。古代エジプト第十八王朝のファラオ、トゥト・アンク・アメン。即ちツタンカーメンの分霊を、ブラウン閥が単なる魔術師としてのみ使う筈が無い」
 冥の指が動く。モニタの映像が切り替わる。新たな映像が映り出す。
 それはエジプトの地図であり、ある一点を冥は指し示す。
「ルクソール。この近郊の地下に大規模な霊地があるのは、キミも知っての通りだ。当然、そこの管理は現地の魔術師達が行っているが――」
 タブレットをなぞる指が早まる。立体映像モニタが数を増やす。
「モハメド・ガリ。ディオニシオス・ワーバ。ハムディ・メシバ。代表的な者達の行動履歴を洗っただけでも、BBBブラウン閥との接触回数が、妙に多い事が分かる」
「たまたまだろ? 魔術師同士が霊地の融通やら技術交換やらをすンのはフツーのコトだろォが。それに、エジプトはイギリスに植民地にされてた過去がある。なら、宗主国《イギリス》の名残が魔術的な部分に残ってるかも知れねェだろ」
「そうだな。霊力というのは、つまるところヒトの意志の産物だ。過去から続く認識が、そこで生活するヒトの意志に影響するというのは、多々ある事だ。だが」
 立体映像モニタが再び切り替わる。
 映りだしたのはルクソール近郊、ナイル川の西岸。歴史的にも、魔術的にも、重大な意味を持っている古代エジプトの岩窟墓群。
 即ち、王家の谷の写真であった。
 トトメス一世と三世。ラムセス一世から十世。そして、ツタンカーメン。数々の王が葬られたこの場所は、人々の注目と意識が大いに集まる場所の一つとなった。
 そして当然、無形の霊力もそれに合わせて集束する場所でもあり。
 そこへ霊地を造るのは、成程確かに当然の成り行き、なのだが。
「そうした諸々を差し引いても、気になる点が一つある」
「なンだ」
「無形の霊力を、集束させる方法さ」
 巌《いわお》と利英《りえい》、二人が調査と推論の果てに導き出した回答を、冥は述べた。
 ハワードの双眸が、段々と細まっていく。
「王家の谷は世界的にも有名な場所だ。故に集まる霊力も半端じゃない。だというのに、メンテナンスにかかった費用や時間は、驚くほどに少ない」
「驚くほどに優秀なヤツが造ッたンじゃねェの?」
「かもしれないね。だが、それ以上に確実な方法が一つある」
「ほォ。そいつは?」
「現地に縁の深い、高名な人物の遺物とかを、制御系に組み込む事さ。こうする事で地元の人間の霊力をある程度方向付けられるようになり、全体の濾過効率とかが飛躍的に増すのさ。ウェストミンスター区とか、まさにそうだっただろう?」
 かつてニュートンが己の遺産へと用い、現在では紆余曲折の末にブラック閥が所有している霊力供給術式。
 それと同様の技術が使われているのではないか――と、冥はカマをかけたのだ。
「恐らくだが。キミは、ツタンカーメン王は、復活したその日からBBBブラウン閥に利用され続けて来たんだろう。ハワード・『ブラウン』という偽名を名乗っている……名乗らされているのもそのためだ」
「……どォいうこッた?」
 細まっていく眼光を、もはや隠そうともしないハワード。その眼差しへ応えるように、冥はタブレットを操作。新たな画像が映り出す。
「これは発掘されたミイラを元に、3DCGで再現されたツタンカーメン王の生前の姿だ。現代の技術は素晴らしいな」
 四角い画面の中で、くるくると回転するツタンカーメン。
 その姿は正面のハワード・ブラウンとは似ても似つかないが――何よりも目を引くのは、そのねじくれた左足首であろう。
「生前のツタンカーメンはケーラー病を煩っており、見ての通り足が非常に悪かった。そのためか、墓からは大量の杖が副葬品として発掘されている。その数、実に百三十本以上。足の骨折が死因だったらしいから、まぁ仕方ないのかもね。で、そうしたツタンカーメンを見た魔術師達は、こう思ったんだろう」
 もう一枚立体映像モニタが灯る。新たな画面に映し出されたのは、デフォルメされたツタンカーメンの棺と、二頭身の魔術師達であった。
『ドウしよう』『さぁドウしよう』『コレをこのままフッカツさせたら』『どうカンガえてもツカえない』『ドウしよう』『さぁドウしよう』『ソウだ』『ナンだ』『ベツの身体《イレモノ》に精神《イシキ》をイレればイイんだ』『グッド』『グッドアイデア』『ソウしよう』『イマすぐソウしよう』
 魔術師達が棺を向く。道具を取り出す。にじり寄る。そして――ホワイトアウトし、映像は立体映像モニタごと消えた。
「……なかなか良く出来た寸劇《アニメ》だッたンじゃねェの」
「だろう? 情報のわかりやすさと、ブラウン閥の誰なのかをギリギリで指摘しない配慮を両立させた、素敵な逸品さ」
「推論の詰め切れて無ェ部分をボカシただけなンじゃねェの」
 ぬるい視線で抗議するハワードだが、冥は歯牙にもかけない。
「ともあれ、ツタンカーメンの分霊――ハワード・ブラウンは組み上がった。生前とは段違いに健常な身体で、ね。だが」
「だがその身体には、一つ落とし穴があッた。ブラウンの名を持つヤツらには、絶対に逆らえねェ軛も組み込まれていたのだ……ッて感じに続くのかよ?」
 モニタが消えた空間を見据えながら、ハワードは口を挟んだ。
「ご明察、良く分かったねえ。まるで見てきたようじゃあないか」
「ハ。そこまで白々しいと、いっそサワヤカな感じまでするじゃねェかよオイ」
 くつくつ、とハワードは笑う。
「ついでに補足させて貰うとよォ。ルクソールの霊地を制御してンのは、確かにオレの墓にあった副葬品よ。特に杖なんざ馬鹿みてェな数があッたからなァ。二、三本すり替わってたトコロで、分かりゃァしねェよなァ」
「ふぅん? と言う事は、今まで僕が言った推論を認める訳か」
「そりゃそォだろ。ここまで見事に状況証拠を押さえてるヤツ相手に、シラを切り続ける方がバカバカしいだろ、逆に」
 やや大げさに肩をすくめた後、ハワードは真顔に戻る。
「で、だ。何でここまで証拠を集めようと思ッたワケ?」
「そりゃあ勿論裏切りを勧めるためだが、最初のきっかけはごく些細なものさ」
 冥は椅子に背中を預ける。背もたれが乾いた音を立てた。
「原形を留めぬほど旧いものとは言え、僕もキミも神の化身。だというのに、お互い置かれた立場が違いすぎる。コイツは妙だ、と思ってね。それが始まりさ」
 ――世界各地の魔術組織には、様々なしきたりが存在している。内訳は各組織によってまちまちだが、共通している項目も幾つかある。
「魔術組織の序列基準は色々あるが、最も重視されるのは来歴だ。どれだけ旧く、かつ功績を立てているか、と言う事だな。つまりは年功序列だ」
「だなァ。よッぽどの功績が無けりゃァ、若輩者《わかぞう》がのし上がるのは難しいのが魔術師の巷よ。功績《ソレ》を得たいがタメに、わざわざ余所の部隊へ身内を乗り込ませる物好きも居るぐらいだしよォ」
 遠回しにマリアを示唆するハワード。冥の笑みに少し苦笑が混ざった。
「ふふ、まぁそう言わんでくれ。生きると言う事はすなわち、しがらみを積み重ねて行く事なのだからね」
「ハ、お優しいこッて」
「神たるもの、時には寛容さも必要だからね」
「はン、オルフェウスの時みてェにか?」
「そう言う事……と、話が逸れたね。ともかくそうした序列の前提を踏まえると、ハワード・ブラウン――ツタンカーメン王の扱いは、あまりにも不当だと言う事が浮かんでくる。BBBの魔術師の大部分より年上だっていうのに、ねぇ」
「……オイオイ、冥王《アンタ》がソレを言うのかよ? 今まさにメッセンジャーボーイに使われてるアンタが? ぶッちゃけ説得力無ェぞ?」
 指を突き付けるハワード。あからさまな侮蔑に、しかし冥の微笑みは崩れない。
「ふふ、どうやらキミも勘違いしてるようだな。二年前、現世に顕現してから、僕はニンゲンの命令で動いた事なぞ一度たりともないぞ?」
「……いや、いやいやいや。盛大に矛盾してるぞオイ。だったらオタク、なンでここに居るワケ? 凪守《なぎもり》のタメにオレを懐柔しようとしてンだろォがよ?」
 ――冥・ローウェル、もとい冥王ハーデス。ギリシャ神話に謳われる冥府の神。分霊の身であるとは言え、彼に命令を下せる者なぞそうは居ないだろう。それこそ凪守どころか、どんな魔術組織を探そうとも、だ。
 だが。
「違うね。僕がここに居るのは、友達の頼みだからさ」
 冥は足を組み替えた。ゆっくりと、これ見よがしに。
「葛乃葉《くずのは》……いや、五辻巌《いつつじ いわお》。アイツはああ見えて、なかなか一途な男でね。僕としてはつい応援したくなっちゃうのさ」
「はァ」
 指を下ろし、真顔に戻り、ハワードは頬をかく。少し逡巡する。
「え。つまりアレか。気に入ってるから贔屓してるってコトか」
「そう言う事。まぁ状況の維持には巌の努力と、何より血筋も手伝ってるんだが、な」
 冥はウインクした。ハワードは息をついた。
「さて、話を戻そう。さっき言った通り、BBB内部におけるハワード・ブラウン――もといツタンカーメン王の扱いは、著しく不当だ。何せ存在そのものが隠蔽され、霊地建造を筆頭とした諸々の仕事に借り出され、しかも報償の類は一切無いのだからね」
 冥は改めて、まっすぐにハワードを見据えた。
「まるで、奴隷じゃあないか」
「その、よォだな」
 笑顔と憮然。霊力の壁越しに、歪な二柱の神は互いを見やった。
「で、ここで最初の推論に戻るワケだが。ハワード・ブラウン。キミはごく最近、グロリアス・グローリィの手の者から交渉を持ちかけられた。内容はこうだ。『自由は欲しくないか』ってね」
「……」
「キミはイエスと答えたんだろう。そうじゃなきゃこんな状況にならないし、ね」
「……なァるほど。面白い予想じゃねェか」
 憮然から真顔に戻ったハワードは、檻の外の鏡像を見据える。
「だがよォ。仮にその話がマジだったとしてよォ。なンでオレがグロリアス・グローリィを裏切らなきゃならないワケ?」
 ――では単刀直入に言おう。ハワード・ブラウン。ザイード・ギャリガンを裏切るつもりは無いか――この論争の切欠となった冥のセリフに、ハワードは反論した。
「オレは契約を履行した。いずれ向こうは約束の自由《ブツ》をくれる。邪魔するヤツなンざいねェ。秘密が暴露された今、どんな魔術組織だろうがもう序列の前提を覆す事なンざ出来無ェ。数千年の来歴を持つオレへの手出しなンぞ、出来るワケが無ェ」
 ハワードは片手を挙げた。周りを見ろ、とでも言うように笑う。
「せいぜい特別な牢屋《べっそう》ン中に放り込ンどくのが関の山よ」
「成程、そうかもしれないな」
 もっともらしく冥は頷く。だが、その口角には変わらぬ微笑が張り付いている。
「まっとうな魔術組織ならば、な」
 ハワードの笑みが、またしても消えた。
「……あァ? まっとうじゃない連中がオレを狙ってる、とでも言いてェのかよ」
「その通り。察しが良くて助かるね」
「ハ。なら助かるついでに教えて欲しいモンだな、こんな監視が厳しい月面くんだりまでゴクローにオレを狙って来るヤツらの名前よを」
「良いとも。グロリアス・グローリィだ」
 ハワードの顔から、表情が消えた。
「より正確に言うなら、標的《ターゲット》Sが、かな」
 押し黙ったまま、ハワードは腕を組んだ。その双眸にはあからさまな不機嫌と、続きを促す暗い光が同居していた。
「いやなに、これも単なる推論の積み重ねなんだがね?」
 白々しい前置きで勿体ぶった後、冥は巌達の推論を、この交渉の切り札を場に出した。
「一ヶ月前、ファントム・ユニットはグロリアス・グローリィへ査察にかこつけた強襲をしかけた。それ自体は失敗に終わったが、爪痕を残す事には成功した」
 冥はタブレットをなぞる。立体映像モニタに、赤く巨大な半球型のドーム――アフリカへ新たに現われたRフィールドの写真が映り出す。
「少なくとも、スレイプニルは準備不足の状態で発進を強行した筈だ。そうでなければあの時砲撃の二、三十発も撃ってきた筈だし、何よりこんな赤いバリケードの中へ一ヶ月も引きこもったりするまいよ」
「――、」
 僅かに、ハワードの口元が動いた。
 こんなモンが。そう言ったように、冥には見えた。
「キミも、そろそろおかしいと思ったりしてたんじゃないか? いくら快適な別荘とはいえ、一ヶ月も逗留するつもりはなかったんじゃないか?」
 冥はタブレットをつつく。立体映像モニタが全て消える。
「いや。そもそも、こんなところへ拘束される事自体、予定外だったんじゃあないか?」
「……」
 確かにあの日のモーリシャスで、ハワードはギャリガンの指示通りに動いた。チェスボード。ディノファング。グラディエーター。そして、アメン・シャドー。本来の予定に反した大量投入であったが、それも全てはギャリガンの予知を成就させる為であった。
「……ギャリガンが、オレを裏切るハズは無ェ」
 それは絶対に自信を持って言い切れる事実だ。なぜならハワードはチェスボードと一緒に、サトウから、ギャリガン自身も知らぬ秘密を教えられたのだから。
 だが。
 そのサトウが、約束を反故にしたとしたら?
 いや。
 そもそもそのサトウは、今一体どこで何をしている?
「一つ聞かせて欲しいンだがよ。グロリアス・グローリィのサトウは、今どこで何をやってるンだ?」
「? どこも何も、本質を自分からバラして世界中で猛威を振るってるよ」
「……そォかよ」
 押し黙るハワード。その横顔に、冥は予想を上回る深刻な色を見て取った。
「まぁ、今日のところはこの辺にしておこうか」
「なンだ? 随分あっさり引き上げンじゃねェの」
「当たり前だろう? そもそも僕は、このアレジメントを静かに組み立てられる場所に来ただけだからね。それとたまたま同じタイミングで、世間話をしたくなったのさ」
 二度目になる白々しい物言いに、ハワードはもはや鼻白む事すらしない。
「お気に入りのオトモダチの頼みで、か?」
「そうとも。ついでに言うと、レックウ二号機の稼働試験中でもあるからねえ。そろそろ戻ってやらないと、そろそろあの坊主の脳味噌が茹だってしまうだろう」
 くつくつと、半ば本気で笑いながら冥は席を立った。
 背中を向ける。こつこつと床が鳴る。音も無く扉が開く。
 そんな冥の背中へ、ハワードは問いかけた。
「この花、持ッて帰ンなくてイイのかよ?」
「ああ、良いんだ。ここは快適なのかもしれないけど、ちょいと殺風景だからね。少しくらい華があってもいいだろう?」
 冥はひらひらと手を振る。初夏の花をふんだんにあしらった鉢植えは、確かに月面の殺風景には不釣り合いなまでの生命力に満ちている。
「よぉーく楽しんでくれたまえよ?」
 花に負けないくらい眩しい笑顔を残しながら、冥は特殊霊力犯罪者特別隔離監視棟を後にした。

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神影鎧装レツオウガ メカニック解説
レックウ二号機

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