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神影鎧装レツオウガ 第九十九話

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ChapterXX 虚空 03


「二年前。アタシ達はこのスティレットの秘密施設へ、強襲をかけた」
 立体映像モニタ内に映る、鉄筋コンクリートの施設群。その日に焼けた壁面を、ヘルガは睨んだ。
 今までとは打って変わった、鋭い目つきで。
「ま、その前からこのスティレット共とは、ちょいちょいやり合ったりしてたんだけど……ここまで大規模なのは、流石に初めてだったネ」
「アタシ、達? 誰かとチームを?」
 オウム返しする風葉《かざは》に、ヘルガは表情を緩めた。
「そ、実は組んでたんだよ。まだ五辻《いつつじ》って名字になる前の巌《いわお》と、ね……ふっふ、イロイロあったなあ」
「へ、ぇ?」
 五辻になる前。そう言えば、かなり前に辰巳《たつみ》から聞いた憶えがある。そもそも五辻とは、凪守《なぎもり》がワケありな人の身元を引き受ける時の偽名だとか何とか。
「キッカケはアルフレズ・ヨハンソンとガンナー・スケッギャソン――エッケザックス上層部の魔術師が、独自に掴んだ情報だった。まぁ、今から考えるとウラがあったんだろうけどね、ナンカの」
 推論を述べるヘルガだが、それは実際正解だ。それらの名前は標的《ターゲット》S発生の折、行方不明リストに加わった者達なのだから。
「ともあれスティレットの計画をくじくため、強襲部隊が編成された」
 ヘルガが腕を振る。モニタの画面が切り替わり、その部隊に選ばれた者達の名前がリストアップされていく。
「選抜、編成、計画。人員やら装備やら、驚くほど速やかにリストアップされた……ふふ、当時は巌と一緒に喜んだなぁー。これでいよいよあの連中に引導を渡せるんだ、ってさ」
「色々、あったん、ですね?」
「そりゃモチロンよー。ローリング・メロン事件なんてモー、ホント酷かったからね。ホンットに」
「……メロン?」
「そ、メロン」
 ひょんな事からメロンへ転写されてしまった機密の術式を巡り、関わったほとんどの組織が甚大な被害を被ってしまったロクでもない一件。
 その記憶を、ヘルガは頭を振って追い出した。
「……ま、とにかくアタシ達は万全の準備を調えた。巌を筆頭とする凪守の精鋭。アタシも太鼓判を押したエッケザックスの腕っこき。更にはレンジャーの訓練を積んだ凪守自衛隊出向部も加わってねぇ。そんな部隊が施設を半円形にグルッと囲んでさ。正に万全、と言って良い状況のハズ、だった」
 一旦ヘルガは言葉を切った。表情が、消えた。
 その時、何かが、起きたのだ。
 恐る恐る、風葉はヘルガを見上げた。
「何が、あったんですか」
「幻燈結界《げんとうけっかい》を展開したのさ。スティレット側が、ね。思えば、その時に気付くべきだったんだ」
「何を、ですか」
 ヘルガは答えない。視線は立体映像モニタへと固定されている。
 仕方なく、風葉も視線をモニタへ戻す。
 直後。
 画面内へリストアップされていた名前の大部分を、赤い棒線が音も無く塗り潰した。
「こ、れは」
「急襲作戦はバレていたのさ。まぁーアタリマエだよね、内通者が居たんだから。けど、当時のアタシらにそんな事が分るはずも無く。で、虚を突かれてゴタゴタしてる間に――」
 リストの前にもう一枚、立体映像モニタが灯る。先程と同じ、山肌に張り付いている施設の全景。もっとも今度は写真でなく映像であるが。
「――実証実験とやらは、始まってしまったのさ」
 溜息のような、ヘルガのつぶやきと共に。
 轟、と。
 二台のマシンが、施設の壁をすり抜けて現われたのだ。
「な」
 風葉は言葉を失った。
 その二台のうち、大型の方の名前を、風葉は良く知っていたからだ。
 装甲色こそ紺青ではなく黒。しかしてその直方体に近いシルエットや、地を踏み締める巨大な八輪を、見紛う筈が無い。あれは、あれこそは。
「オウガ、ローダー……!?」
「そうだね。今となっちゃファントム・ユニットの中核となってる車輌型大鎧装、オウガローダー。この日が、その初陣だったワケだけど――」
 おもむろに、ヘルガは指差す。
「――主役は、もう一台の小さい方だったのさ」
 それは、一見するとただの車に見えた。
 オウガローダーと同じ、黒色のボディ。シルエットは滑らかな流線型であり、一見するとスポーツカーのようでもある。だが幻燈結界で木々をすり抜けられるとはいえ、急角度の斜面を苦も無く、かつ縦横無尽に走り抜けるその姿は、明らかに尋常では無い。
「あ、れは」
「烈空《れっくう》。ファントム5が乗ってたバイク――レックウの雛型になった車輌であり。キミらがモーリシャスで交戦した、烈荒《れっこう》の同型機さ」
 風葉は呆然と、ヘルガは淡々と、爆走する烈空の姿を注視する。
 そのヘッドライト部へ光が灯り、霊力弾を連続射出。混成部隊の左翼へ着弾する光芒は、爆煙と更なる混乱を引き起こす。
 そして反対側では、オウガローダーが背中に増設した砲塔で右翼側へ、やはり光弾を連射していた。
『ち、このままじゃ良いようにかき回されるな。 これ以上崩される前に、打って出るぞヘルガ』
 響く爆音をねじ伏せながら、画面右側から赤い細身の大鎧装が現われる。
「あれは、赫龍《かくりゅう》?」
「ノンノン、アレは赤龍《せきりゅう》。赫龍の前身になった機体だね」
 そうヘルガが返す間に、立体映像モニタの視点は赤龍が差し伸べた右腕上を駆け上る。危なげなぞ微塵も無い身のこなしだ。
「なんか、慣れた足取りですね」
「そりゃそうよ。だってこの映像はアタシの記憶から起こしたモノだからねェ」
「あ、そうだったんですね」
 そう言う意味じゃなかったんだけど――と頬をかく風葉を余所に、過去のヘルガは赤龍の右肩部へ到達。妙に平たい肩の中央、立っていたコンソールへ手を翳す。すると半球状の霊力装甲が、右肩ごとヘルガを包み込んで大ぶりの肩アーマーを形成した。
「これ、は」
「うん。似てるよネー、オウガのコクピット周りにサ」
 ヘルガは目を細める。実際、この防御装置はあの利英《りえい》が術式を組んだのだ。似ているのも当然である。
 どうあれ、画面内のヘルガはコンソールを通じてシステムと接続。赤龍の能力を全解放する術式が、目を覚ます。
『M・S・W・Sリンクアップ! 素早い相手なら……これだね! モード・ケルベロス、いつでも行けるよ!』
『良し、行くぞっ!』
 視界が揺れる。赤龍が走る。赫龍と同じカラーリングの大鎧装は、右腕と半ば一体化した大型ライフルを、烈空へ向けて照準。
『ケルベロス・バレット! 行けッ!』
 射撃。狙い澄ました光弾は、音を斬り裂きながら三つに分裂。右、左、上。三方向から迫るバースト射撃が、烈空を撃破せんと荒れ狂う。
「あ」
 危ない。風葉がそう言い切るよりも先に、烈空は跳躍した。丁度あった倒木を踏み台にしたのだ。
 照準が逸れる。必中を賭した三発の光弾は、しかし全てが烈空の車体数センチ脇を掠めて通り過ぎた。
 直後に烈空はスラスターを噴射し、姿勢を安定。更に各部の装甲がスライドし、内部の機構が展開。一秒もせぬ内に、烈空は人型への変形を完了した。
 その姿は、かつて雷蔵がレイキャビクで目撃した大鎧装と、頭部デザインと装甲色以外ほぼ同型であった。
『あんな小型で、可変機――!? でもッ』
 ヘルガがコンソールを操作する。霊力装甲内側に光るターゲットマーカーが、今まさに着地した烈空を再照準。
『ケルベロスの本領は、ここからなんだよネッ!』
 ギリシャ神話に登場する、三つの首を持った地獄の番犬、ケルベロス。その名と能力を備えた先の光弾が、ヘルガの指揮に従ってUターン。烈空の背中から襲いかかる。
『――』
 だが、烈空もまた手札を持っていた。左上腕部装甲が展開し、内部から一丁のハンドガンが出現。右手でそれを構え、振り向きざまに三点射撃。今まさに追い縋っていたケルベロス・バレットを、全て撃ち落としてしまった。
『うっソ』
「ワオ、今見てもスゴいねぇあの技量」
 過去と現在、二人のヘルガが烈空の射撃に感嘆する。その隙を縫うように、烈空が滑るような動きで赤龍へと突撃。構えたハンドガンの台尻から、霊力の刃が伸びる。ライフルが取り回せない至近へ潜り込む算段か。
『だがッ!』
 巌の操作に従い、赤龍は逆手でライフルの銃身を掴む。すると銃身は呆気なく外れた上、銃口側から霊力の刃が現われたではないか。
 M・S・W・S――マルチ・セレクター・ウェポン・システム。複数のパーツからなるこの複合武装は、このように接近戦へも対応出来るのだ。無論、最大の目玉は鬼才酒月利英が直々に組み上げたサブパイロットとの霊力同調機能であるが――どうあれ、赤龍は刃を薙ぎ払う。
 その一撃を迎え撃つべく、半ば叩き付けるように烈空も剣を振るう。
 斬撃。刺突。薙ぎ払い。跳躍して回避。振り下ろし。回避しながら回し蹴り。しゃがんで回避。またもや斬撃。殺意と闘志を纏った二つの鋼鉄は、程なくして吸い寄せられるように激突した。
 火花散らす刃。睨み合うツインアイ。
 ぎゃりぎゃりと音を立てる鍔迫り合いは、しかし五秒と持たない。まあ当然だ。車から変形した烈空は、先程ヘルガが言った通り、大鎧装としては一回り小型なのだ。
『膂力はこちらが上のようだな!』
 巌が叫ぶ。そのまま烈空を押し潰すべく、ぎりぎりりと力を込めていく。
 このままでは、霊力刃ごと烈空が両断されてしまう――と、風葉が直感した一秒後。
 烈空は絶妙なタイミングで力の拮抗を崩し、鍔迫り合いの状態から跳び退いた。
『うッ』
 よろめく赤龍。その隙に烈空は更に大きく跳躍、宙返りしながら高く舞い上がる。
『おお――』
 感嘆したのは、果たして誰だったか。どうあれその烈空の背後から、頭上を飛び越す円弧を描きつつ、降り注ぐは霊力弾の雨霰。
 長く尾を引く円弧を目で追えば、その基点は烈空へ近付いて来る八輪の巨大車輌、オウガローダーへ集束していた。
『ち、小型機に気を取られすぎたか!』
 舌打ち、巌は再度右腕を突き出す。銃身パーツを外したM・S・W・S基部は、ハンドガンとしても機能するのだ。
 かくて照準、射撃射撃射撃。
 目の覚めるような精密連射によって、直撃弾はどうにか防いだ。
 が、それはあくまで赤龍に限った話だ。
『うわああああああっ!?』『クソッ、何なんだこれは!』『身、動きが……隊長ぉぉ!?』
 見回せば、周囲の被害は甚大であった。赤龍と烈空が戦っている間、オウガローダーが絶えず行っていた爆撃により、味方の大部分は何も出来ぬまま身動きを封じられていたのだ。
『なに、あれ』
『蜘蛛の巣……いや、違う』
 人体、車輌、大鎧装。陣の中へ入り込んだ一切を、網のように絡め取っている異様な術式陣。オウガローダーの撃ち込んだ弾頭に、あれが封入されていたのだろう。
『だが、一体何のために? そもそも何なんだアレは?』
「アンカーの材料、だよ」
 溜息のようなヘルガの声は、本人の耳にさえ届かない。ましてや風葉は気付きもしない。
 まぁ、さもあらん。
『何にせよ、アイツに問いただした方が早そうだな』
 再度ライフルを組み上げた赤龍の正面。着地した烈空が言い放ったからだ。
『――神影、合体』
 かつて風葉自身が、二輪のレックウで幾度も行った、レツオウガへの合体コードを。

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【神影鎧装レツオウガ 用語解説】
スティレット秘密拠点

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