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神影鎧装レツオウガ 第九十七話

ChapterXX 虚空 02

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「さぁーて。順を追って話しましょう……と、言いたいトコだけど。如何せんドコから手をつけたモンかなぁ」
 ふむぅ、とヘルガは頬をかく。
「あぁーそうそう。言い忘れてたけど、この部屋はアタシが霊力で編み上げたモノでさ。何て言うか、そう、安全地帯《セーフハウス》? まぁ防御手段とかゼンゼン無いただのハリボテだけどさ。もしファントム5が予備知識ナシでいきなり起きたら、なんもワカンナイまま虚空領域《こくうりょういき》に溶けてっちゃっただろうし」
「つまりは目隠し、ですか」
 あるいは保健室のベッドのカーテン、と入った所か。
「そっそ、そゆこと。で、次は……えーと」
 またもや頬をかくヘルガ。人と話すのが久し振りだと言っていたが、それ以上に説明が苦手なのかもしれない。
 なので、風葉《かざは》は水を向ける事にした。
「じゃあ、手近な所から説明お願い出来ますか?」
 即ち。正面の立体映像モニタに映っている、歪な自分自身の姿へ。
 そして何故、自分がこんな場所に居るのかを。
「おっとそう来られましたか。でもまぁそうだよねーイチバン気になるトコだよねー」
 うんうんと頷いた後、ヘルガはニッと歯を見せた。
「んじゃまあ説明しましょうか。一ヶ月前、キミの身に何が起きたのかをね」
「え」
 一瞬、風葉の思考はフリーズした。
「一、ヶ、月? そ、んなに、時間が経ってたんですか!?」
「そだよー? ま、虚空領域《ここ》で時間の概念なんてモノは、あって無いようなモンだけどねぇ。さーてと」
 ぱきん。ヘルガが指を鳴らすと、正面の立体映像モニタへ映像が灯る。
「始めましょうか。一ヶ月前、モーリシャス沖のEフィールドで、一体何が起きたのか……もっとも、コレ見りゃ一発だろうけどネー」
 映りだしたのは、様々な光が踊り続ける黒色の空間。即ち、虚空領域《そと》の風景だ。もっともリアルタイム映像でないようだが――。
「あのう」
 これが、何か。そう風葉が言いかけた矢先、黒色の只中へ亀裂が走った。
「あ」
 目を見開く風葉。その大きな瞳の中で、亀裂はみるみる広がる。ばきばきと割れ始める。
 そして黒色は、虚空領域は、ガラスのように爆ぜ割れた。
 広がる裂け目。その向こうから間欠泉じみて噴出するのは、莫大な量の霊力。
「あの、灰銀色、は」
 その霊力を、一体誰がもたらしたのか。
 風葉は、一目で理解した。
「わた、し」
「そ。ファントム4が放った一撃で、ファントム5の霊泉領域《れいせんりょういき》に、一時的に穴が空いたの。で、ファントム5の霊力と意識の一部が、この虚空領域へ流れ込んだのさ」
「そ、んな」
 言葉を失いながら、それでも風葉はモニタを凝視する。亀裂はみるみる塞がっていき、灰銀色《フェンリル》の流出は程なく止まる。そして流れ出た灰銀色は、黒色の只中でぐるぐると滞留を始める。
 それはやがて積乱雲にも似た渦となり――そこで唐突に映像は途切れた。ヘルガが切ったのだ。
 だが、これ以上はもう見る必要もあるまい。
「とまぁ、経緯はこんな感じだね。あの渦が一ヶ月かかって固まって、今のキミになった訳なんだよねー。まるで昔のアタシみたいだ」
 事も無げに笑うヘルガへ、風葉は詰め寄る。
「ど、どういう意味なんですかそれって!」
「どうもこうも、言った通りだよ。キミは、厳密には霧宮風葉じゃあない。霧宮風葉の記憶と人格の一部が、虚空領域っていう特殊な環境下で、辛うじてカタチを保ってるだけに過ぎないのさ」
 しれりと。
 ヘルガは、とんでもない事実を突き付けた。
「な、」
 色を失う風葉を余所に、ヘルガはつらつらと雑感を並べる。
「けどまぁ、ソレ言ったらアタシも同じか。まったく困ったもんだよねぇ」
「ちょ、ちょっと待って下さい! 私が、記憶の、断片!?」
「そだよ。今言ったっしょ?」
「じゃあ、だったら、ホンモノの霧宮風葉《わたし》は、一体どうなってるんですか!?」
「ああ、その辺はキミの方が良くワカルはずだよ」
「わたし、が?」
 ヘルガは、風葉の目をまっすぐに見た。
「そうとも。意識してごらん? アタシ達の核になってるトコ……ここんトコを、さ」
 更にヘルガは核のある場所を、自分の胸の真ん中を指差した。
「心、臓、を?」
 頷くヘルガにならい、風葉も胸を押さえる。術式を使う時のように、意識を集中する。
「――。あ」
 程なく、風葉は理解した。
 胸の中の奥の奥。その底に虚空領域の外側、即ち霊泉領域への繋がりがある事を。
 繋がりは尋常で無く細い。それが目に見える物だったとしたら、きっと針の穴よりも小さいだろう。
 だが、風葉には解った。今、現実世界の自分が、何をしているのか。
『……? ん、と。あのぅ。どちら様ですか?』
 余りにも懐かしい、花が並ぶ自宅の風景。その売り場に、酷く久し振りな、見知った顔があった。
 即ち、辰巳《たつみ》とマリアである。
『いや。俺が一方的に知ってるだけだ』
 石のような表情で、余りにも重い言葉を、辰巳は吐き出した。
「そんな……! そんな事ないよ! 五辻くん! マリア!」
「無駄無駄。キモチは分かるけど、虚空領域《こっち》から現実世界《あっち》へ干渉するには、どうしようもなく繋がりが弱いんだよ。分かるっしょ?」
「それは、そう、ですけど……!」
 風葉は涙を浮かべた。胸を掴み、爪を突き立てた。この想いを、憤りを、ほんの少しでも伝える為に。
『あ、丁度良かった。今呼びに行こうと……あら風葉、どうしたの?』
『え? 何が?』
 果たして、それは伝わったのか。あるいは、記憶の残滓がまだ残っていたのか。
『何が、ってアナタ、泣いてるじゃない!』
『え』
 現実世界の風葉は、静かに涙を流した。
 虚空領域の風葉の心情を、代弁するように。
「……何なんですか」
「ん?」
「何なんですか、ここは!? 虚空領域って、一体何なんですか!?」
 叩き付けるような風葉の激情を、ヘルガは受け流す。
「さぁねぇ? アタシにも詳しい事はよくわかんないな……や、違うか。わかんないようにしてるんだ。わざとね」
 無造作に、ヘルガはカーテンがかかった窓を見る。
「理解しようと思えば出来るんだろうさ。さっきのキミみたいに、この領域へ潜っていけばね」
「でも、そんな事を、したら」
 風葉は右腕を見た。つい今し方、虚空へ溶けかけていた五本指を。
「そうだね。そんな事したら、きっとこの空間と一体化して戻れなくなってしまう。霊泉領域よりも奥にあるからなのかな? アタシ達は今、心よりも、精神よりも、もっと底にあるなにかが剥き出しになっているんだ」
 おもむろにヘルガは右手を掲げる。その掌には、いつの間にか青い液体の揺れるコップが握られていた。霊力で編み上げたのだろう。
「例えるなら、この青い色水がアタシらだ。普通なら肉体《コップ》に守られてるモンなんだけど」
 くるりと。
 ヘルガは素早くコップを逆さまにした。必然、液体は流れ落ちる。その先には、やはりいつの間にか現われていた水槽が水面を揺らしており――しかしそこへ落ちる直前、青い水は重力を無視して空中へ静止した。
「ほい、コレがアタシらの今の状況ってワケだ。で、この水槽が虚空領域。もしもここへ飲まれてしまったら――」
 ぱきん。
 ヘルガの指が乾いた音を鳴らす。青い液体は今度こそ落下し、ぱちゃりと音を立てて水槽に飲まれてしまった。
 青い色は、もうどこにも見当たらない。
「この虚空領域はいつから存在したのか? それは分からない。人類が、地球が、ひょっとすると宇宙が生まれた時から存在するのかも知れないね。で、そんなトンデモナイ虚空領域だけど、名前があるって事は?」
「昔、ここを見つけた誰かが居る?」
「正解」
 頷き、ヘルガは水槽から水を汲んだ。
「虚空領域は、とんでもなく莫大な量の霊力に溢れてる。連中が初期に観測した範囲ですら、地球上全部の霊地を合わせた量をなお上回ったんだからねぇ。推して知るべしだよ」
 コップの中でなみなみと揺れる水。零れそうで零れないその波紋を、風葉はじっと見つめた。
「……」
 風葉も今、理解していた。その分子密度に匹敵する程の霊力が、室内外問わず空間へ充ち満ちている事に。
「当然、連中はそれを利用しようと企んだ。それがプロジェクト・ヴォイド――引いてはプロジェクトISFってコトなんだよね」
「プロジェクト、ISF」
 オウム返しに風葉は呟いた。
 いつだったか。確か、ずっと前。辰巳と知り合ったばかりだった時期に、聞いた憶えがある。
『二年前の話だ。ある組織が途方も無くデカイ、かつ悪い事を企んでいた。プロジェクトISF――Immortal Silhouette Flame。日本語訳すると神影鎧装《しんえいがいそう》計画だな』
 そうだ。あの時食堂で、辰巳がそんな話をした事を、風葉は思い出した。
「ISF。イモータル・シルエット・フレーム。即ち神影鎧装。プロジェクト・ヴォイドから得られたデータを叩き台に、虚空領域へアクセス出来る人造人間、接続者《コネクター》とやらを造り出すのが目的だったんだとサ」
 軽く肩をすくめた後、ヘルガはおもむろに指を鳴らした。
 ぱきん。
 乾いたその音を合図に、灰色の天井へ亀裂が走る。左右に分割し、音も無く開いていく。
「え」
 そうして、風葉は目の当たりにした。
 今の今まで、安全地帯によって視界から隠されていた、超巨大な術式陣を。
 距離感が掴めないので断定は出来ないが、恐らくバハムート・シャドーと同じくらいの大きさがあるのではなかろうか。 今まで目にしたどんなものより巨大、かつ精密な幾何学模様を描く術式陣の威容が、そこにはあった。
 黄。白。橙。黒。青。緑。銀。金。数え切れない程の色彩が、術式陣の上でオーロラのように波打っている。美しく、けれどもどこか不穏な表情を魅せる輝きに、何故か風葉の背中は粟立った。
 だがそうした輝きよりもなお異様だったのは、やはり術式陣の縁から噴出している黒い靄であろう。
 一秒たりとも絶える事無く、瀑布の如き勢いをもって、全方位へと噴出し続けている靄。虚空領域と同じ色でありながら、一切混じり合おうとしない黒い異物。
 USCの、引いては全世界の転移術式使用者の記憶に干渉していた元凶が、これだったのだ。
「な、なッ、何なんですかアレ!?」
「アンカー。アタシらが強襲した施設では、そういうコードネームで呼ばれてたよ。正式名称も勿論あるんだけど、えーと、何だったかな。えらく長ったらしかったのは記憶にあるんだけど」
 ヘルガはコメカミをつついた。何故か、辰巳と同じように。
「ま、今はそんなコト重要じゃないよね。プロジェクト・ヴォイドは、ああしてアンカーを打ち込む事は成功した。けど、そこから先が上手く行かなかった。どんなに技量の高い魔術師でも、虚空領域の異質さに耐えられなかったんだよね」
「異質、さ?」
 首を傾げる風葉だが、ヘルガはあえてそこに触れなかった。
「そう、普通の魔術師じゃあ無理だった。だから普通じゃ無い素体を用意したんだ。で、いよいよそのトンデモナイモノと接触しようとして、なんていうか――ま、大事故が起こったワケだ」
 コップを持った手で、ヘルガは立体映像モニタを指差す。つられた風葉が視線を移せば、正面の正方形にはどこかの山中が映っていた。
 深い森の只中、急傾斜の斜面へしがみつくように、鉄筋コンクリートの建物が顔を覗かせている。
「元は潰れた製材工場だったんだけど、連中――スティレットっていう組織が秘密裏に接収して、色々とやってたらしくてねえ」
 今となっては記録にしか無いその建物を、ヘルガはじっと見た。
 その横顔には、郷愁に似た色が滲んでいる。
「二年前。アタシ達は、まさにアンカーへのアクセス中だったそこへ強襲をかけた。そして、事故が、起こったのさ」
「どんな事故、だったんですか」
 ヘルガを見上げながら、風葉は聞いた。聞かねばならないと、訳も無く感じたからだ。
「……レツオウガが、起動したのさ」
 ヘルガはコップを放した。
 霊力で編まれていたコップは、中身もろとも床へ触れる事無く、虚空へかき消えた。

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【神影鎧装レツオウガ メカニック解説】
レツオウガ(オリジナル)

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