見出し画像

神影鎧装レツオウガ 第百四十二話

戻る | 総合目次 | マガジン | 進む

Chapter15 死線 10

「ちぃィーッ!」
「これは、これは」
 激昂するグレン、薄く笑うギャリガン。表情こそ対照的だが、まったく同じ行動を二人は取った。即ち後方跳躍、並びに防御だ。
「ナ、メ、んなあ!」
 後ろへと飛び退りつつ、フォースカイザーの太刀が唸り、振られ、翻る。ホーミング・シューターの弾雨を斬り払う。
「中々ハデですな」
 後ろへと飛び退りつつ、ネオオーディン・シャドーの槍が唸り、振られ、翻る。コロナ・シューターの弾雨を斬り払う。
「ま、こうなるよな」
「一発も当たんねェか」
 同時に射撃姿勢を解除するオウガ・ヘビーアームドとアメン・シャドーⅡ。
 背中合わせに構える凪守《なぎもり》の二機。それを挟み込むグロリアス・グローリィの二機。
 三秒。
 均衡を破ったのは、ギャリガンの駆るオーディン・シャドーであった。
「雹嵐《ハガラズ》」
 ショットガンじみてバラ撒かれる破壊の嵐。しかしてそれは、アメン・シャドーⅡへ向けられたものではない。
「ぬおおっとぉ!?」
 背後、斜め上。朧《おぼろ》の鼻先へ叩き込まれたのだ。
 冷たく平坦に、ギャリガンは問うた。
「どこへ行こうというのです?」
「どこへって、のう。分かりきっとるじゃろ?」
 しなやかに機体を着地させる雷蔵《らいぞう》。そのサブコクピットで、巌《いわお》は片眉を上げた。
「敵の戦力を一所に集中させ、その間に手薄な箇所、重要な拠点を攻める……」
 自機のレーダー、ネオオーディン・シャドーの立ち位置。二つを注視しながら、巌が続ける。
「……戦術の基本だと思うのだがな?」
 ごう。
 朧の上空。大分数が減ったタイプ・ホワイト部隊の隙間を縫うように、一機の大鎧装が突っ切っていく。
 セカンドフラッシュだ。フルアームドモードを解除し、背中に大型ブースターを集中させた巡航形態に戻っている。その加速力は凄まじい。ブースター上へグラディエーター・ジェネラルが乗っていると言うのに、敵無人機部隊はまったく対応出来ていない。
 そしてその加速が目指す先は、グロリアス・グローリィの拠点――今も黒煙を立ち上らせているスレイプニルだ。
 ファントム4の奇襲を受け、半壊状態となったスレイプニル。しかしその巨体は未だ人造Rフィールドを、内部の一帯を埋め尽くす謎の術式を、維持し続けている。二年前、レツオウガを鹵獲したあの時。幻燈結界の地面を埋め尽くした、あれと似たような術式を。
 巌がその基点と思しき施設を攻撃目標に定めたのは、むしろ当然の成り行きだった。
「成程、確かにその通り」
 アメン・シャドーⅡのみならず、朧からも視線と敵意が注がれる。セカンドフラッシュを追わせぬ為か。
 さらりと受け流しつつ、ギャリガンはグレンの方をサブモニタで確認。
「お、お、おっ!」
「は、あ、あっ!」
 殴り合い、切り結び合い、遠ざかっていく二機の大鎧装。おアツい事だ。入り込む隙はまずあるまい。こちらはこちらの敵を、セカンドフラッシュへの対応を優先すべし。
「ところでファントム1、その弱い箇所とおっしゃるのは――」
 ギャリガンは手早く立体映像モニタを操作。今までスレイプニル内部で蠢動していたシステムが、本格的な駆動を開始。
 敵機を、セカンドフラッシュを認識。
「――一体、どこなんです?」

◆ ◆ ◆

 聳え立つスレイプニル、その右舷。それまで沈黙していた砲塔群が、突然息を吹き返した。
「えッ」
 目を剥くマリア。しかして当然、スレイプニルはそんな動揺なぞ待ってはくれない。
 ごう。
 放たれるは六本の光線。放射状に放たれたその光は、術式の誘導によって屈曲。大きな孤を描きながら、矢継ぎ早にセカンドフラッシュへと殺到。
「ま、ず、いっ!?」
 操縦桿を倒すマリア。直後、莫大な熱量を持った光芒がセカンドフラッシュのすぐ脇を舐めていく。うち一発が掠めた。バランスが崩れる。
「う、く、うっ!」
 それでもどうにか堪えつつ、マリアは体勢の立て直しも兼ねて急上昇。スレイプニル左舷砲塔群の射撃がそれを追い、霊力残光の軌跡を吹き散らしていく。
 被弾が即撃墜に繋がるだろう、強烈なビームの雨霰。それを背にしながら、冥《メイ》はころころと笑った。
「おや、おや、おや。コイツは一体どういう風の吹き回しだ? てっきり死に体だとばかり思っていたんだがな」
 執拗にセカンドフラッシュを追う砲撃。それを行うスレイプニルの姿を、冥は振り返る。
「ほうっ」
 そして見た。目を見開いた。
 スレイプニル。赤い人造Rフィールドの中で、聳え立つ、尖塔のような異様を晒していたグロリアス・グローリィの旗艦。
 それが。その形が。
 変形――いや、変貌を始めていたのだ。
「なん、ですか、あれは」
 呆然と呟きつつも、マリアはセカンドフラッシュのセンサーをフル稼働。スレイプニル、と思しきモノを、全力でスキャンする。
 まず目につくのは、やはり右舷と左舷の両ブロックだろう。
 今し方、こちらを攻撃してきた砲塔群。それを包括する右舷および左舷ブロックが、宙に浮いているのだ。
 術式やスラスター等の浮力によるものでは無い。幾条ものツタというか、ワイヤーというか。スレイプニル本体から伸びる赤黒い何かによって、斜め上へ吊り上げられているのだ。

◆ ◆ ◆

「あれ、は」
 絶句する巌。左右のブロックを持ち上げている赤黒いもの。ただの建材ではない。筋繊維に似ている何かだ。
 筋繊維はますます増殖を続け、それに合わせて左右のブロックはそれぞれ三つずつに分割。スレイプニルは六本の巨大な肉触手の先に特火点を備えた、異様な姿となった。
 更に触手は変質し、翼のような皮膜すら生じさせ――そうした異形の有様と、何よりセンサーが感知する術式の構造を、巌は知っていた。
「まさか……バハムート・シャドーのものと同じ!?」
「ご明、察ッ!」
 その動揺を、当然ギャリガンは見逃さない。
 構える。左手。開かれた五指。かつてのオーディン・シャドーに搭載されていたルーンマジック・ジェネレーター、その改良型が唸る。掌に霊力集束。
「雹嵐《ハガラズ》ッ!」
 かくて放たれるは雹弾の雨。重機関砲にも似たその射線を、雷蔵は素早く跳躍回避。
「なんとっ!」
 更にスラスター噴射、翼から生まれる推進力が、朧の巨体を上空へ押し上げる。
「まァだこんな隠し球もってたのかテメエ!」
 その最中、アメン・シャドーⅡがネオオーディン・シャドーへと切りかかる。朧への援護か、それとも怒りが爆ぜたのか。
 そんな最中、センサーにまたもや反応。巨大な霊力の動きあり。方向はスレイプニル。見やる。
 そうして、巌は絶句した。
「な」
「なんじゃ、ありゃあ」
 雷蔵も絶句した。まぁ無理からぬ事だ。今し方、ネオオーディン・シャドーが現われたスレイプニルの舳先。
 その区画を守っていた装甲までもが分割し、あまつさえ鎌首をもたげはじめていたとあれば。
 ぞるり、ぞるり。スレイプニル船体から蠢く肉の音を、巌は聞いた気がした。
「また面白ロクでもねぇモン造ったみたいだなぁテメエ!」
 唸りを上げるアメン・シャドーⅡの鎌、ゴールド・クレセント。振り上げ、薙ぎ払い、振り下ろし。びょうびょうと嵐を巻き起こし、余波だけで周囲の無人機を細断していく斬撃乱舞。それを真っ向から浴びせられながら、しかしギャリガンは涼しい顔を崩さない。
「ロクでもない、とは随分な言い草だな。結構大変だったのだぞ?」
 受け、反らし、巻き上げ。嵐のようなアメン・シャドーⅡの連撃を、ネオオーディン・シャドーは純粋な技量だけで凌ぎ、凌ぎ、凌ぐ。その鮮烈さに舌打ちつつ、ブラウンは叫ぶ。
「テメエ知ってやがったなテメエ! そもそも! グロリアス・グローリィがここまで追い込まれる事を! 先見術式で! 予期してやがったなあア!」
 跳躍、並びにスラスター噴射。斜め上から突き込まれる鋭い突貫を、しかしネオオーディン・シャドーは半身になっただけで回避。
「うッ」
 僅かに装甲を掠め、虚しく地面を突くゴールド・クレセント。間髪入れずにその穂先を踏みつけ、ギャリガンはブラウンの動きを封じる。
「良く解っているじゃあないかブラウン。そう、その通りだ。スレイプニルには、あらかじめバハムート・シャドーを構成する術式を組み込んでいたんだよ」
 今この瞬間にも、スレイプニルへ起きている凄まじき変異。サブモニタに収まりきらないその光景に、ギャリガンは微笑む。
「日乃栄霊地にレツオウガが現われた頃から、先見術式はは伝えてきてくれたのさ。ファントム・ユニットの危険性をね」
 ギャリガンはモニタを調整、背後のスレイプニルを見上げる。今までネオオーディン・シャドーが格納されていた機密ブロック区画が、ガラス細工のようにひび割れた。その隙間から、ぞぶぞぶと音立てて現われる。赤黒い肉が、乱れ生える牙が、殺意に光る双眸が。
 そして、その双眸が。
 ぎょろりと、上空の敵機を。
 朧を、睨んだ。
「マ、ズ、いっ!」
 スラスターを全開する雷蔵。更に急上昇する朧。その四秒後、朧が居た空間を巨大な牙が噛み潰した。
 そう、牙だ。今し方、スレイプニルの機密ブロックへ生じた巨大な顎。それが、僅か数秒で一気に伸張したのだ。さながら竜の首のように。
「ふう、危なかったのう」
「残念だがまだ過去形じゃあないぞ、見ろ!」
 モニタで巌が拡大すれば、映り込むのは開いた口腔へ赤々と霊力を燃やす異形スレイプニルの姿。叫ぶよりも先に、雷蔵は操縦桿を倒す。その一秒後。
 轟。
 朧が居た空間を、今度は莫大な熱量が薙ぎ払った。
「ぐ、う、う!」
 バレルロールしながら、熱線を際どい所で回避する朧。掠めた翼端の塗料を蒸発させながら、巌はそれを為した熱線を睨む。記憶が、否応なく励起する。
「これは……この反応は、間違いない! バハムート・シャドーのブレスと同じ術式だ!」
 全速力で射線から逃げる朧。その無様をギャリガンはくつくつと笑う。
「そう、そうとも。先見術式がため、正攻法で勝てない事は解っていた。拠点が、スレイプニルが破壊される事は分かりきっていた。だから、用意するのは当然だろう? 破壊された後の対処手段を、さ」
「GUUUOOOOOOOAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!」
 びりびりと、ばりばりと。空気を振るわせながら、スレイプニルは吼えた。オウガ・ヘビーアームドの奇襲によって生じた欠損は、既に無い。かつてのバハムート・シャドーに使われた疑似生体部品が、その巨大な船体を一個の疑似生物兵器へと変えたのだ。
「さぁ、存分に暴れるが良い……スレイプニルよ!」
「GGGGGYYYYYYYAAAAAAAAAAAAAAAAAOOOOOOOOOOOOOOOッッッ!!!!!!」
 バハームートモードへと変じ、吼え猛るスレイプニル。その口腔から放たれる熱線――メガフレア・カノンが、またしても戦場を薙ぎ払った。

戻る | 総合目次 | マガジン | 進む

【神影鎧装レツオウガ メカニック解説】
スレイプニル(2) バハムートモード

ここから先は

406字

¥ 100

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?