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神影鎧装レツオウガ 第百四十三話

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Chapter15 死線 11


 プロジェクトISF。イモータル・シルエット・フレーム――神影鎧装の研究開発には、多大な時間がかけられた。ブラウンが無貌の男《フェイスレス》に勧誘されたのは1924年だが、恐らくこの計画はもっと前から動いていた筈だ。恐らくは、数世紀単位で。
 表社会ならいざ知らず、魔術の世界ならば有り得ぬ話では無い。魔術を極めた者達の中は人間を超越し、凄まじい長命を得た者達も少なくないのだ。そんな超越者が先導しているのであれば、この悠長さはむしろ当然と言えた。彼等に時間の制約は存在しないのだから。
 そして1924年時点のハワード・ブラウンは、その超長期計画の最終調整のため、新たに雇われたエンジニアであった。
『ヤァヤァ調子はどうです?』
 もう何度目になるだろうか。ハワードが隔離されている秘密研究室へ、この無貌の男が入ってきたのは。机のブラウンはもう顔を上げるどころか、万年筆を止める素振りさえ見せない。
『ノルマなら終わってンぜ。いつものトコだ』
『さっすが、もう手慣れたものだね』
 西の壁、備え付けの本棚。無貌の男は三段目にある辞書を一冊ひょいと取り、開く。中身は四角くくり抜かれており、数枚の水晶板が納められていた。
 ミスリルで装飾され、美術的な価値すら漂わせている長方形。現代のタブレットに似た、しかしデータ容量は比べるべくも無く低いそれを、無貌の男は手に取る。ひょいひょいと指を滑らせ、刻まれたデータを眺める。神影鎧装の設計図を、斜め読みしていく。
『ウムウム、実にイイ感じだ。流石はハワード・ブラウン殿』
『褒めても何も出ねエぞ。まぁ悪い気はしねェけどよ』
 と言いつつも、ほんの少しリズミカルになるハワードの万年筆。しかして、そのリズムは止まる事となる。
『構わないよ? むしろ出すのはコッチだからね。というワケでハイ、前回の修正案やら改善点やら諸々のまとめをドーゾ』
 懐から取り出した持参の水晶板を、うやうやしく机上へ置く無貌の男。ハワードの筆が止まる。片眉が吊り上がる。
『……アー』
 何とも言えない顔をしながら、ハワードは水晶板を手に取る。情報を、前回の修正点を確認していく。
『……アアー』
『何かおかしな点が?』
『無ェよ。なンもねえ。ぐうの音も出ねェぐれエに見事な仕上がりだ』
 ハワードは息をつく。かつかつと、水晶板の端をつつく。
『だからイラつくンだよ。こっちの渾身の設計をつくづく正しく修正しやがって。ムカつくぜ。しかもその指摘が一々最高の最適解だッてんだから尚更だ』
『ふむ。ではそのままにするんです?』
『なワケ無ェだろ、全力で直すってエの』
 それまで書いていた何かの書類を放り出し、ハワードは引き出しの奥からまた別の水晶板を取り出す。内部には神影鎧装の設計データが収まっており、机上の修正案を見ながら霊力経路などを修正していく。修正しながら、ハワードは悪態をつく。
『アー、クッソ。毎度毎度見事な手並みしやがッて。文句の付けようが無エぞコノヤロウ』
 悪態をつきながらも手は止めないハワード。その手際の良さに、無貌の男は肩をすくめた。
『やれやれ、アナタもなんですね』
『ア? 何がだ』
『データに関する反応が、ですよ』
 無貌の男の顔を隠すフード、その縁が小さく震えている。笑っているのだろうか。
『その修正案を出した人も言ってましたよ。この術式を編み出した魔術師はなんて独創的なんだ、とね』
『ハン。そうかよ』
 鼻をならし、ハワードは続ける。
『ソイツ、何て名前なんだ』
『それはちょっと教えらんないなあ。情報保全の問題もあるからねえ』
『オイオイオイ、スナック感覚でBBB《ビースリー》の秘密区画へ潜り込んでるヤツがそれを言うのかよ。コッチは「G」とか言うイニシャルしか知らねエから座りが悪イんだよ』
『ふむ、それもごもっとも。ではまあ、肩書きだけ――“社長”、と』
『“社長”ね。まァヨシとしてやるか』
 そうしていつものようにハワードは修正データを渡し、無貌の男は出て行った。散歩するように。今からして思えば、既に標的《ターゲット》Sと同じような籠絡した手駒を揃えていたのだろう。詮無いにも程がある事柄ではあるが。
 どうあれ、神影鎧装を中継したハワード・ブラウンと“社長”の交流は、開発が終了する日まで続いた。

◆ ◆ ◆

「ああア!」
 ハワードは吼える。アメン・シャドーⅡの膂力、及びスラスターが爆発。瞬間的に膨れ上がる力。拘束を脱し、跳ね上がるゴールド・クレセント。その勢いにネオオーディン・シャドーは飛ばされ――いや、直前にマントの力で浮遊体勢に入っており、姿勢はまったく崩れていない。空中でひらりと一回転、しかる後ふわりと静止。異形の竜と化したスレイプニルを背に、ギャリガンはアメン・シャドーⅡを見下ろす。無造作に、己の背後を指差す。
「どうだねハワード、実に勇壮だと思わないか? このスレイプニル・バハムートモードの姿はさ。研究の集大成だよ」
「そォーだなァ。実に素晴らしいぜ」
 アメン・シャドーⅡは構える。下段。ゴールド・クレセントの刃へ霊力が走り、光が投射。即座に実体化し、刃が五枚に増える。
「素晴らし過ぎてよォ……リッター単位で反吐が出るッてんだよ!」
 振り抜く。勢い、増加したゴールド・クレセントの刃が射出。膂力をそのまま推進力に加算した四枚刃が、四方向からネオオーディン・シャドーへと強襲。
 上。下。左。右。回転し、孤を描き、時間差で襲いかかる斬撃の群れ。並の大鎧装なら軽く両断出来るだろうそれを前に、ギャリガンは笑みすら浮かべる。
「ふぅっ」
 溜息。緩慢ですらある表情とは対照的に、グングニルが閃く。的確かつ精密な動きで振るわれる穂先は、四枚刃を容易く弾き飛ばす。うち二枚は周囲を飛んでいたタイプ・ホワイトを両断し、一枚はスレイプニルのメガフレア・カノンに巻き込まれて蒸発した。
「ぬ、お、あっ!」
 叫ぶファントム2。未だ照射が止まぬメガフレア・カノンを、朧《おぼろ》が推力全開で辛うじて回避しているのだ。
 その叫びを塗り潰さんとする激烈さで、ハワードは仕掛けた。
「ハ、あ、アッ!」
 先に飛ばした四枚は、当然ながら牽制。それを弾いたグングニルの、構えが崩れた僅かな間隙を、ハワードは狙ったのだ。
 スラスター推力全開。砲弾じみて滑空するアメン・シャドーⅡ。その手には霊力に充ち満ちた大鎌、ゴールド・クレセント。
「ぅルああ!!」
 斬撃。弾かれる。斬撃。弾かれる。斬撃。弾かれる。斬撃。弾かれる。斬撃。弾かれる――。
 余波で飛び散る霊力光だけは派手な、不毛な打ち合い。
 豪雨じみて降り出した鎌と長槍の雨は、しかし唐突に静止する。噛み合う刃。みしみしと音を立てる。
「いやいや、中々大したモノだなハワード・ブラウン……いや、ファントムXだったか。急造の神影鎧装もどきでここまで食い下がるとはなぁ」
 ぎしぎしと、じりじりと。グングニルが、ゴールド・クレセントを押していく。舌打つハワード。ヤツの言う通り、機体性能の差だ。分かっていた、解りきっていた事だ。
「そんなにも、僕に裏切られた事が悔しかったのかい? かつてのファラオ殿」
「そォ、だな。それも、あるか」
 怒り、苛立ち、憤り。激情に満ちたハワードの双眸に、ほんの少しだけ別の色が混じる。
「けどよォ。一番、許せねェのはよォ」
 落莫。誰にも、当人にさえも見えないその色は、続く咆吼の中へと溶け失せる。
「それを、その理由をっ、見抜けなかったオレ自身なんだよなあァァァァァッ!!」

◆ ◆ ◆

 ロンドン、トラファルガー広場。かつてバハムート・シャドーが暴れ回ったウェストミンスター区に存在する、有名なランドマーク。そこにやって来たマリアの父、オーウェン・キューザックは、待ち合わせの人物にこう言った。
『いやはや。よもや貴方から連絡を頂けるとは、夢にも思いませんでしたよ』
『だろォな。無理も無ェぜ、オレ自身ムチャクチャやってると思うしよォ』
 噴水に腰掛けていた相手――帽子とサングラスで人相を隠していたハワード・ブラウンは、くつくつと笑った。
 対するオーウェンの表情は、硬い。
『……本当に、貴方お一人のようですね』
『おうよ、そっちも一人で来たみてェだな。流石は紳士の国だ』
『グロリアス・グローリィが嗅ぎ付けている可能性は?』
『無ェよ。メールしただろ? 連中はもう大事な段取りの真っ最中なんだ、生きてるか死んでるか解んねェヤツの捜索に裂くリソースなんざ、ありゃしねえよ』
 ハワードは鼻で笑う。肩をすくめる。
『大体よォ。オタクらだってオレが連絡するまで、死んだと思ってたンだろ?』
『ええ、まぁ。あの狙撃衛星の写真を見たら、普通はそう思いますよ。ましてや一週間も経っているのですから、ね』
 一週間。そう、一週間だ。狙撃衛星の誤作動――表面上はそう処理された――によってハワードが入れられていた月面の特殊霊力犯罪者特別隔離監視棟が破壊されてから、一週間が経過していた。
 当時、魔術組織界隈はグロリアス・グローリィが意図的に残した情報断片の奪い合いで煮立っていた。故に生死不詳、というよりも死んだだろうハワード・ブラウンを覚えている者なぞ、ほぼ居なかった。例外は彼の脱出を手引きしたファントム・ユニットと、そこに個人的な繋がりがある者達くらいだろう。
 そしてオーウェンは、その数少ない繋がりがある者達の一人だった。
『それで。貴方は一体、何が目的なのです?』
 気を抜けば強張ってしまいそうな表情筋。それを無理に落ち着かせながら、オーウェンは問うた。ハワードは笑った。
『用件は一つだ。どんなテだろうと構わんから、オレをファントム・ユニットへ送り届けて欲しい。秘密裏にな』
『な』
『カンタンだろ? 見返りにオレが持ってるデータ類をくれてやッからよォ。それこそ、神影鎧装とかのヤツでもイイんだゼ?』


 そうして多少の紆余曲折はあったが、モノリスに本体を写したハワード・ブラウンは、無事に先行試作型ディスカバリーⅣのフレームへ組み込まれた。
『相乗りされるオツモリか。オモシロよかろうよ!』
『酒月主任、どうされたんですか?』
『ぬぁーに! 爆弾プロジェクトが予想外に捗りそうだからムシャバイブレイシヨンがやってきただけSA!』
 発覚当初こそいつものノリで誤魔化した利英《りえい》だったが、その爆弾のとんでもなさに内心で冷や汗をかいていた。ビッグプレゼントもついているよ、とスタンレー・キューザック氏は言っていたが、よもやこんなモノだとは。
 しかもこのモノリスは、この時点でスリープモード――いわゆる仮死状態にあった。あらゆる生物を問答無用で即死させる冥《メイ》の転移陣、ヘルズゲート・エミュレータを通るための安全措置。そう捉えるのが妥当だろう。だがそれは、外部から再起動をかけられるまで仮死状態のままだと言う事でもある。
 そしてこのままモノリスを砕いてしまえば、転写されたハワード・ブラウンは死に絶える。
 これを、どうするか。
 無言のまま、首を差し出す覚悟を見せた捕虜を、どう扱うべきか。
『OK、とりあえず話を聞こうじゃないか』
 辰巳《たつみ》との模擬戦の翌日。巌《いわお》は、そう結論したのだった。

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