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神影鎧装レツオウガ 第百四十話

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Chapter15 死線 08


 時間は少々巻き戻る。
 フォースカイザーから烈荒《レッコウ》が分離し、オウガ・ヘビーアームドに取り付くべく疾走を開始したあの頃。
「どうにかするさ。ファントム4……五辻辰巳《いつつじたつみ》なら、な」
 アメン・シャドーⅡを分離すべく拠点コンテナへ下がっていくセカンドフラッシュを背に、巌《いわお》は次の敵を見定める。
「ユニークなヤツだな」
 眼下、冥《メイ》のグラディエーター・ジェネラルと向かい合っている敵機。残されたフォースカイザーの胴体部分――デュアルカイザー。それを当面の敵と見定め、巌は雷蔵《らいぞう》へ告げる。
「ヤツを倒そう。メインパイロットが離脱している今が好機だ」
「そうさの。しかし」
「どうした」
「何、まるで悪役のやり取りのようじゃと思ってのう」
「……。は」
 口端も吊り上がる。しかして、双眸は冷徹にデュアルカイザーを睨める。
「なら、悪役らしく攻めてみようか」
「応ともよ!」
 翼と脚部。全てのスラスターを唸らせて、朧《おぼろ》が突貫する。目下、デュアルカイザーは冥のグラディエーターと交戦中。踏み込み、斬撃、削れる鎬。こちらへ振り分けられる注意力なぞある筈も無し。
「タイガァァァァァァッ!」
 故に、意識外からの一撃で決める。そうした不意打ちの目論見は、しかし潰される事となる。
 それもあろう事か、ファントム1の手によって。
「ロケットォォォォォッ!」
 今もぶつかり合っている冥機とデュアルカイザーの刃。隙を狙い、切り結び、跳び離れる。そんなデュアルカイザーの首元から、ひょこりと顔を出す人影が一つ。
 舞踏にも似た挙動の只中で、まったくブレる事無く朧を見上げる双眸。分霊か。その手には巨大な特殊狙撃銃、グレイブメイカー。
「う」
 ぞわ、と巌の背が粟立つ。その合間にも、狙撃手たるペネロペは霊力線の安定脚を展開。着々と狙いを定める。
「ま、ず、いっ!」
 朧のメインパイロットは雷蔵だが、状況に応じた操作の割り込みも当然出来る。巌は即座にコンソールを操作、権限を一時的に強制移譲。操縦桿を思い切り捻る。
「パァァァァァァァンチゃああああ!?」
 キリモミ回転する朧。タイガーロケットパンチは当然狙いを外れ、明後日の方向へ飛んでいく。
「なッ何するんじゃファントム1!?」
 泡を食う雷蔵。姿勢を安定させつつ、ぶるぶると首を振る朧。
 ぢっ。
 マッチを擦るような音。頭頂部を銃弾が、ADP弾が掠めていったのだ。雷蔵は頷く。
「成程」
「解ってもらえて何よりだ」
 残った腕の盾を構えつつ、朧は改めてデュアルカイザーを、狙撃手ペネロペを見下ろす。
「いい眼してるスね」
 呟くペネロペ。無論その声は二人へ届かない。だがその手元でリロードされる弾丸は、どんな言葉よりも雄弁であり。
「はは、あはははは! やるなぁ、お前!」
「ふふ、うふふふふ! 恐悦至極ですね!」
 そうした縦軸の睨み合いなぞ知らぬとばかりに、刃と刃は穿ち合う。
 一途に、愚直に、只管に。
 攻めあい、弾かれあい、結び合う太刀とグラディウス。たまたま近くに居た無人機を蹴り倒し、あるいは斬り倒しながら、斬撃乱舞は衰える気配すら見せぬ。
 こんなに楽しそうな冥を見たのは、一体いつ以来だったか――脳裏に過ぎった感慨を、巌は操縦桿の中へ握り潰す。
「悪いな――」
 とはいえ、巌が操作しているのは降下中の朧ではない。別のものだ。操縦権限は雷蔵へ戻っており、防御とフェイントを巧みに使い分けながらペネロペの射線を回避し続けている。
「ぬはっ、恐ろしく腕っこきな狩人じゃのう!」
 刃物じみて吊り上がる雷蔵の口端。対照的に、ペネロペの眉根にはシワが寄っていく。息を吐く。氷の粒が落ちる。
「ああ、なんて」
 すばしこいヤツだろうか。聳え立つ黒い木々のてっぺんを、次々に跳び渡りながら近付いて来る異形のケモノ。ヴァルフェリアの権能がため、ペネロペには朧がそう見えている。その感応度合いは深まり続けており、精神状態は崩壊一歩手前。
 だがそれでも、いや、それだからこそ、ペネロペはモシン・ナガンM28狙撃銃の引金を引いた。
 射線は通っている。動きは読み切っている。大鎧装をも引き裂くADP弾が、狙い過たず朧《ケモノ》へと着弾。
「ぬんッ!」
 しかして効果無し。朧は左手の丸盾を振るい、弾丸を殴りつけて弾道を反らしたのだ。ADP弾はそのまま明後日の方向へ飛び、たまたま近くに居たタイプ・ホワイトの胸部を貫通破砕。
 爆裂する敵機、即ち目眩まし。
 射撃直後の射手、即ち給弾中。
 千載一遇の、好機。
「貰ったぞおォッ!」
 フルブーストで突撃する朧。上空から迫る大質量に、しかしペネロペは慌てない。かじかんだ手は機械じみた精密さで排莢、給弾、再照準。
「お、お、おッ!」
「は、あ、アっ!」
 冥とサラの斬撃乱舞は最高潮に達しており、足場は地震もかくやといった不安定。されどペネロペの、スロ・コルッカの狙いはミリ単位とてブレる事無く。
 ADP弾。ソニック・シャウト。それぞれ放たれようとした、まさにその直前。
「――邪魔するぞ」
 巌の呟きが先んじる。同時に、横殴りの弾雨がデュアルカイザーを襲う。
「おっ?」
「えっ!?」
「何スか!?」
 三様の驚きを見せる冥、サラ、ペネロペ。このうち冥の駆るグラディエーター・ジェネラルはすぐさま跳び離れて射線から逃れるが、デュアルカイザーはそうもいかない。霊力機関砲に狙われているからだ。
 誰の? 当然、巌のだ。先程射出したタイガーロケットパンチ――朧の右腕。霊力機関砲を展開したそれを、遠隔操作しているのだ。
「小、癪、なっ」
 放たれる弾幕。サラはそれを素早い太刀捌きで斬り払う。だが狙いは執拗。小刻みな跳躍も挟んで射線から逃れる。
「ダメージは……」
 モニタへ視線を走らせるサラ。システムが報せる機体状況に、大きな問題は見当たらない。多少装甲は削れたが、直撃は避けたからだ。
 だが、射手のペネロペには大問題であった。さもあらん、慣性制御術式をもってしても相殺しきれぬ振動が、黒い森をかき回したからだ。
「む、」
 雪が跳ねる。梢が踊る。照準が、定まらぬ。
 その好機を朧《ケモノ》は、巌は、今度こそ見逃さぬ。
「今だッ! ファントム2!」
「ちと興が乗らんが、応!」
 吼える雷蔵。唸るスラスターが、瞬く間に距離を詰める。
 近距離。しかし太刀の刃は届かぬ、絶妙な位置取り。朧の胸の虎が、大きく顎を開く。ソニック・シャウトの予備動作。実体を持たぬ衝撃波とあっては、さしものサラも斬り払えぬ――!
「こ、れ、は」
 少し、マズイか? サラの背を伝う冷気。それと同時に、爆発が響き渡った。
 ただし、それによるデュアルカイザーへのダメージは無い。爆発したのは、朧の胸部装甲だ。
 第三者が、朧に銃撃を浴びせたのだ。
「むぅ!?」
「く、もう戻って来たのか!?」
 ソニック・シャウトを中断しつつ、今度は朧がバックステップで距離を取る。だがそれを許さぬとばかりに、現われた第三者――ヒューマノイドモードの烈荒《レッコウ》が、スラスターを荒ぶらせながらハンドガンを突撃連射。
「お、あ、あ、アアアッ!!」
 弾丸、弾丸、弾丸を撃ちまくるグレン。
 怒り、激昂、憤り。腹の底の何もかもを吐き出すかの如く、怒濤の射撃が朧を襲う。
「ぬ、う! どうしたんじゃコイツは!?」
 とはいえ機体のサイズ上、それはどうしようもなく小口径弾だ。直撃したとて大したダメージにはならぬ。加えて、朧には片腕とは言え丸盾がある。
 故にバックステップしつつ、朧は防御。デュアルカイザーから離れる。視界が、やや狭まる。
「どッ、けっ、やゴルぁぁぁぁア!」
 それを狙って、いたかどうかは解らない。どうあれ烈荒は朧の絶妙な死角から、乾坤一擲の飛び蹴りを繰り出した。
「ぬおおっ!?」
 雷蔵はそれを丸盾で危うげ無く防御。ダメージは皆無。しかしスラスター推力の塊が生み出した撃力は、朧の巨体をよろめかせる。体勢復帰、および仕切り直しのためそのままバックステップ。距離が離れる
 その合間に、烈荒はデュアルカイザーの上へジャンプ。更にビークルモードへと変形。
「いくぞオマエら! 神! 影! 合! 体っ!!」
「えっ、ちょっ、いきなり!?」
 面食らいつつも即座にシステムを切り替えるサラ。デュアルカイザーの頭部と霊力装甲、そしてペネロペの分霊体が消える。直後、叩き付けるような勢いで烈荒がデュアルカイザーへと合体、接続。ルーフ部が展開し、四本のブレードアンテナを備えた頭部が現われる。
 ツインアイが、ぎらと光った。

◆ ◆ ◆

「いったい、なにが」
 モザイク状のノイズを走らせ、消失していく黒い森。その只中で、ペネロペはぼんやりと佇んでいた。
「ターゲット、は」
 割れる空、崩れる地面、舞跳ぶ雪と木々。デュアルカイザーの切り替わったシステムと、深まりすぎた権能《ヴァルフェリア》との合一が、食い違いを起こしているのだ。
 危険な徴候。しかして、大事には至らない。
「オウ、いつまでネボけてんだペネロペ!」
 グレンが、その肩を叩いたからである。
「グレ、ン?」
 どうしてここに。そんな寝ぼけた続きを呟く前に、ペネロペは正気に戻った。
 グレン《ゼロスリー》に刻まれた術式、霊泉同調《ミラーリング》。フォースカイザーはそれを拡張し、サラとペネロペの精神及び操縦技術を同調させるシステムが搭載されている。
 グレンはそれを用いて、ペネロペの霊泉領域に割り込んできたのだ。
「……あー。分かってるスよ」
 いつも通りの口調。だが目を逸らしている。
 その意味なぞ一秒たりとも考える事無く、グレンは笑う。不敵に。力強く。
「良し、だったら戻るぞ! 合体はとっくに終わってんだからな!」

◆ ◆ ◆

 それらは精神の中の出来事であり、実時間にすれば僅かに一秒。サラとペネロペは改めて機体コンディションを確認。叫ぶ。
「合体!」
「完了、ス!!」
「フォォォォォォスッ! カイザァァァァァァァァァッ!!」
 叫ぶグレン。びりびりと震える空気。その裂帛の気合いに、サラはペネロペの声が少し上擦っていた理由を聞きそびれた。
「むうッ」
 こちらも切り離していた右腕と再合体し、改めて拳を握る朧。その対角線上、フォースカイザーを挟んだ位置にグラディエーター・ジェネラル。挟み撃ちの恰好。
 だが、グレンの目に彼等は映らない。
 グレンは決めたのだ。改めてファントム4に、イツツジタツミに勝つと。
 だから。
「イツツジタツミぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」
 フルブースト。面食らうファントム・ユニット達を置き去りに、フォースカイザーはオウガ目がけて突撃した。

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【神影鎧装レツオウガ メカニック解説】
オウガ・ヘビーアームド(3) 術式周りについて

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