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神影鎧装レツオウガ 第二十七話

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Chapter04 交錯 04

 欺瞞、目算、権謀術数。
 どこかで、誰かが、思惑を練っている。恐らくは今、この瞬間も。
 神影鎧装《しんえいがいそう》を、Eマテリアルを、それらの筋道上にある利権を。
 飽きもせず、懲りもせず、虎視眈々と狙っている――。
 天来号《てんらいごう》へ出入りする度、凪守《なぎもり》の同僚と顔を合わせる度に、そんな空気を辰巳《たつみ》は嗅ぎ取っていた。
 気のせいだ、と言われればそうかもしれない。そもそもが死に損なった身の上なのだから、過敏になっていると言えばそれまでだ。
 だが。
 それでも笑い飛ばせない何かが、先日の戦いに端を発する何かが、どこかで動き出しているような気がしてならない。
 ――そんな思考を巡らす辰巳の耳に、きんこんと飛び込む鐘の音が一つ。授業終了のチャイムだ。
「きりーつ、れーい」
 日直の号令に従い、半ば反射的に立ち上がる。頭を下げる。考えすぎで忘れていたが、一限目の歴史の授業中だったのだ。
 担当の矢木沢《やぎさわ》先生が教壇から降りるより早く、一斉にしゃべり出す二年二組の同級生達。
「最近新しく出たスマホがさー」「あー数学の宿題忘れてたー」「昨日のあのテレビ見た?」「購買のパンの種類増えねえかな」「おでんたべたい」「ああもう、まーた笠木のヤツが――」
 等々。耳を澄ますまでも無く、聴覚へ雪崩れ込んでくる声、声、声。
 平和で、平穏で、穏やかにも程がある日常の空気。
 変わらない。死を覚悟する前と、何ら変わっていない。
「は、は」
 気付けば、辰巳は苦笑をこぼしていた。
 さもあらん。本来なら、辰巳はこの場にいるはずが無いのだから。
 だから、辰巳はその因果を覆した元凶を――霧宮風葉《きりみやかざは》の姿を見た。
 風葉は、笑っていた。友人の女生徒達と、とても楽しそうに。
「へぇ」
 自分でも良く分からない感心をしながら、辰巳は頬杖をついた。
「でさ、風葉っち。悪いんだけどアタシ、数学の宿題忘れちゃってさ」
「んもーしょうがないなぁ。解き方のコツなら教えたげるから、ほらノート出した出した」
「……そのぅ、丸写しっていう選択肢はダメなんでしょうかお代官さま?」
「だめだめ、ちゃんと自分で考えなきゃ。問題数自体は多くないんだし、チャチャっと出来るでしょ」
 と、そんなこんなで短い時間ながらも友人と宿題を解いていた。
 二限目の始業ベルが鳴ってからも、辰巳はそれとなく観察を続けた。
「ふむ」
 そうして、分かったのだ。
 一言で言えば。霧宮風葉は、いい人なのだと。
 実に、いい人なのだ、と。
 ――例えば、一限目の休み時間にやっていた数学の宿題。
 友人と一緒に考えすぎて、チャイムが鳴っても続けていたので先生に怒られた。もっとも、問題自体はどうにか解き終わったようだが。
「いやぁ、集中すると周りが見えなくなるタチでして……えへへ」
 そんな言い訳をしながら、風葉は笑った。
 ――更に、二限目の休み時間に鉢合わせた図書委員。
 大量の古本を移動させる手伝いをしようとして、結局腕力不足で立ち往生してしまった。もっとも、見かねた辰巳がてきぱきと終わらせてしまったが。
「あ、ありがと五辻くん」
「ただの慣れさ。いつももっと酷い山を崩してるからな」
 今日も造山運動を続けているだろう、利英《りえい》の研究室前を思い出しながら、辰巳は頭をかいた。
 ――更に更に、三限目の休み時間に奇声を上げた同級生。
「しまったァ! お弁当忘れて来ちゃったー!?」
「ええっ!? 何で!?」
「いや、星占いが一位だったから舞い上がっちゃって、つい」
 そいつは下から数えて一位なんじゃないのか、と辰巳は思わず言いかけた。
「困ったなぁー。私は寮生だから、おべんと分けてあげらんないし」
「……あー、まったく」
 眉根を寄せる風葉の肩を、辰巳は軽く叩いた。
「わ!? あ、なんだ五辻くん」
「任せろ。俺にいい考えがある」
 半分くらい呆れが滲んでいる辰巳の顔だったが、切羽詰まっていた風葉は素直に喜んだ。
「そうなの? じゃあ、お願いするよ」
 ああ、と頷く間も無く四時限目のチャイムが鳴り響く。なので二人は急いで席に戻った。
 古文担当の丸橋《まるばし》先生が入ってきたのは、その直後だった。
「おーし、授業はじめっからお前ら静かに……してるな。珍しい」
 満足げに頷く丸橋先生であるが、まぁ無理もない。
 何せ二年二組の生徒達からすれば、あの路傍の石塊のようだった五辻辰巳が、霧宮風葉と『初めて』、しかも親しげに喋ったのだ。
「……いかん」
 この状況、この空気。風葉の犬耳を初めて見たと同じだ。そして今回、幻燈結界《げんとうけっかい》のアシストはあるまい。
 それとなく風葉を見やれば、ものすごく微妙な表情がこちらを見ていた。きっと自分も同じ顔をしているのだろう、辰巳は溜息をつく。
「こいつは、禍退治以上に難題だったな」
 チャイムと同時に爆発するだろう同級生達をどう避わすか、辰巳は頭をかいた。

◆ ◆ ◆

 そんなこんなで昼休み時間、翠明《すいめい》寮付属の食堂。やややつれた顔をしながら、辰巳と風葉は配給の列に並んでいた。
「いやぁ、大変だったね」
「まったくだな。教室の扉があんなに遠く感じたのは初めてだ。月より遠かったんじゃないか」
 ――時間にすれば十分そこそこだが、まぁ色々あった。
 端的に言えば。二年二組は数学の授業終了と同時に、洗濯機と化したのだ。
 先日ほどの意外性がなかったせいか、はたまた丸橋先生の授業が緩衝材になったためか。勢い自体は前ほどでもなかったが、それでも纏わり付く興味を振り払うのに、二人はたいへん苦労した。
 ふとしたトラブルがあって、それを二人で解決する羽目になって、色々あって友達になったのだ――そんな感じの説明を、辰巳と風葉は繰り返した。
 大抵の連中はその説明で納得か、あるいは半笑いを浮かべて引き下がった。腹が減っていたのも大きいだろう。
 だがそれでも食い下がったのが、原因となった弁当を忘れた女生徒であった。
『ホントにそれだけの関係なの?』『そのトラブルっていつあったワケ?』『昼ご飯? そんなの良いからもっと話を――』
 いわんや、彼女は無類の噂好きなのだ。成程星占い一位だったワケである。
 しぶとく食い下がる彼女に、辰巳は自室から持ってきたカップ麺を押しつけた。いい考えとはこれの事である。
『お湯は給湯室にやかんがある。食うのは談話室辺りで、音とにおいでバレないよう注意な』
『じゃあ、私達もごはんだから、これで』
『あ、ちょっと二人とも――』
 がやがやとやって来た上級生の一団を隠れ蓑に、二人はそそくさと食堂へ避難した。そうして、今に至る訳である。
「しかしアレだ。霧宮さんはいい人だな」
 頭一つ低い同級生にそう言いながら、辰巳はトレイを一枚とった。
「え? そ、そうかな」
「ああ、いい人だ。ちと行き過ぎなぐらいな」
「ん、まぁ、良く言われるよ」
 大分前、知り合ったばかりの頃。泉《いずみ》にされた指摘を、風葉はなぞる。
「人助けはいいけどキャパ足りてないじゃーん、ってコトでしょ?」
「ああ。いくら困ってる相手だからって、何で届きそうに無い場所にも手を伸ばそうとする?」
 列の流れに乗り、辰巳は配膳係のおばちゃんからごはんを受け取って一歩進む。少し遅れて風葉もそれに続く。
「んー、性分なんだよね。困ってる人を見ると、ほっとけないんだよ。役に立てないかも、って思っててもね」
 湯気の立つご飯茶碗をトレイに乗せながら、風葉ははにかむ。
 それは間違いなく、混じり気の無い本音だろう。
「ムリかもしれない。ダメかもしれない。けどそこで諦めて止めちゃったら、『かもしれない』はホントになっちゃうじゃない」
 口元には笑みを、目元には本気を。それぞれ浮かべながら、風葉は言い切った。
「成程、な」
 辰巳は納得する。めげず、諦めず、ひたむきに努力し続ける。
 それが、風葉の当たり前なのだ。
「俺に嫌いだ、って言ったのもソレが理由か」
 確かにそんな風葉なら、あの辰巳の決断を許容できまい。
 無理だ、と。駄目だ、と。理由はどうあれ、抗う事を諦めていたクラスメイトを見過ごす事など、絶対に。
「けどよ。こうして上手くいったいいものの、失敗したらどうする気だったんだ? ただじゃ済まなかったぞ」
 言いつつ、辰巳はおかずの配膳スペースに着いた。今日は焼き魚と野菜炒めの二択であり、辰巳は迷わず焼き魚を選んだ。
「ん、ん」
 おかずと返答。風葉はしばし逡巡して、野菜炒めに手を伸ばした。
「正直言うと、決めた時はゼンゼン考えてなかったんだよね。で、レックウに乗って、Rフィールドを見て、ちょっと……ううん、かなーりやっちゃった感を感じちゃって、こう」
「おいおい」
 呆れながら味噌汁を受け取る辰巳。だが続く風葉は真剣な表情を崩さない。
「だって、ホントに気に入らなかったんだもの。それに、困ってる人を助けるのに大した理由はいらないでしょ?」
「ま、そうかもしれんがな」
 それを実行するのは、とても勇気と決断力のいる事だ。もっとも風葉の場合はいくらかの向こう見ずさと、何より憑依したフェンリルの影響もあるのだろうが。
「それに、五辻くんだってそうだったんじゃない?」
「へ? 何が?」
 首を傾げる辰巳に、風葉はくすりと笑う。
「だってさっき助けてくれたじゃない、古本運びとカップ麺。今までの五辻くんだったら、ゼッタイ我関せずだったよね」
「む」
 言い返したい辰巳だったが、考え直してみると実際その通りだ。
 冷や飯食らいの位置とはいえ、自分は、五辻辰巳は凪守の一員である。それ以上でもそれ以下でも無い。
 その組織名のごとく、凪のように穏やかな日常を影から守る事――それが自分に出来る全てだ。そして、その穏やかな日常への干渉は、極力するべきではない。そう思っていたし、今でも変わらずそう思っている。はずだ。
 だが、ならば。なぜ自分は、さっきあんな事をしてしまったのか。
「霧宮さんだから、かな」
「えっ?」
「それだけ近いってコトさ」
 眉根を寄せる風葉に背を向け、辰巳は手近な席に昼ご飯一式の揃ったトレイを置いた。
「ま、そんな事よりメシにしようや」
「むぅ」
 やや不満顔の風葉だったが、結局空腹には勝てない。ので、辰巳の対面にトレイを置く。
 その、直後。
「――!」
 辰巳は経験で、風葉は直感で、弾かれるように窓の方を見た。
 きしりと鳴る空気。ざわりと震える霊力。それらに導かれるかのごとく、突風のように吹き付けた薄墨色が、食堂を吹き抜けた。
 幻燈結界が発動したのだ。
「えっ、ちょっ、なんで!?」
「どっかで禍でも出たんだろ。竜牙兵はそろそろ湧き潰したと思ってたんだが――」
 頭をかく辰巳の左腕から、唐突にコール音。巌《いわお》からの緊急メールだ。
 すぐさま立体映像モニタを表示し、内容を確認。
「……町の北の方に、竜牙兵の一団が沸いて出たようだ。迎撃に出てくれ、とさ」
 メールに添付されていた地図から視線を外し、辰巳は改めて風葉を見る。
「行けるかい、霧宮さん」
「え、それはまぁ、行くよ? 私も一応五辻くんの仲間なんだし」
 即答する風葉。その意志を裏打ちするのは、果たして風葉自身の決意だろうか。それとも、フェンリルにもたらされた闘争本能だろうか。凪守上層部では、未だその辺について纏まっていない。
 いないが、どうあれ辰巳は信頼する事に決めていた。
 少なくとも、今はまだ。
「けど、五辻くん」
「何だい?」
「このごはんは――」
 どうするの、と風葉が言いかけた矢先、二人の生徒が前を横切る。
 そして、ごく当たり前のように辰巳達の席へ座り、ごく当たり前のように辰巳達が取った昼食を食べ始めた。
 その光景を不審に思う者は、食べている当人達をも含めて、誰一人として居なかった。
「と、まぁこの通り無駄にはならんさ。これも幻燈結界による思考最適化の一つだな」
「ご、ごはん」
 お腹を押さえながら落胆する風葉に、辰巳は肩をすくめる。
「とにかくさっさと片付けて来ようぜ。じゃないと並ぶ時間すら無くなっちまう」
「ごーはーんー……」
 そうして辰巳はてきぱきと、風葉はのろのろと、薄墨色の食堂をすり抜けた。

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【神影鎧装レツオウガ 用語解説】
翠明寮(すいめいりょう)

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