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神影鎧装レツオウガ 第八十九話

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Chapter10 暴走 10


「野暮用だ、キミはそのままでいい。状況のデータは今送る」
 レイト・ライト本社ビル近郊。上空を飛び去る赫龍《かくりゅう》からもたらされた、待機命令とEフィールド上の現状。
 フェンリルと交戦中のオウガ。アメン・シャドーと交戦中の赫龍。そして姿が見えぬファントム3。それらの状況と情報を複合したマリアは、最高のタイミングが巡って来た事を悟った。
 悟って、しまった。
「フェンリルを、奪う」
 それは祖父、スタンレーからの密命。引いてはBBB《ビースリー》内におけるキューザック家の発言力を向上させるための一手。
『ウイィィングッ! タイガァァァァァァッ! ロボォッ!!』
 ふと気付くとレイト・ライト社上空で、赫龍と迅月《じんげつ》が資料通りの合体システムを完了させていた。設計、操縦、どちらを見てもほれぼれする手並みだ。
「……ショック受けすぎでしょ、私。どんだけボンヤリしてたのよ」
 が、マリアはもはや一瞥さえくれない。コンソールに機密コードを打ち込み、計画専用の立体映像モニタを手元に呼び出す。
「プランは……C3をベースに、いくらかアレンジを」
 独りごちつつ、マリアは背部からティーセットをもう一度取り出す。ポットを手に取り、白磁の表面をリズミカルに小突く。
 こん。こここん。こっこんここん。
 それが合図だ。まっさらだったポットの表面に、電子回路じみた術式の光が灯る。紅茶に含まれる霊力を元に稼働するその術式は、スタンレーによって専用の調整を施された捕縛術式の一種だ。
 マリア単身でファントム・ユニットに入り込む以上、こうした準備は入念に行っていた。紅茶に賦活効果があったのも、これが理由だ。そもそもがEマテリアル等と同様、術式保持能力を備えた霊力プールだったのである。
「後はファントム4を遠隔支援しながら、機会をうかがう。足りない霊力は、今から補給する」
 術式起動に必要な紅茶《れいりょく》には、まだ余裕がある。なのでマリアはカップに紅茶を注ぎ、一気に飲み干す。
 そして、むせた。
「……わたし、サイテーだな」
 口の端から琥珀色が漏れ、舌も少し火傷したが、マリアは気にも止めない。
 気にする資格なぞ、最初から無い。
『勝負しない? なんていうか、その、ちょっとしたギャンブルみたいな』
 思い出す。日乃栄高校で過ごした、短い日常を。
『残り、あと、一秒でしたね』
 力を合わせ、ファントム4を叩きのめした月面での模擬戦を。
『なんで、わたし、ねてたの!?』『そりゃ疲れてたからでしょ。私も一緒に寝たし』
 そしてつい先程まで、だらだらと駄弁っていたモーリシャスの砂浜を。
「ほんとに、サイテーで、サイアクだ」
 確かに過ごした時間は短いだろう。
 けれどもその短い時間の中で、霧宮風葉《きりみや かざは》はマリア・キューザックにとって数少ない、かけがえのない、大事な友達になった。
 そんな友達を、マリアは利用しようとしている。
 他でも無い、家と血筋の都合によって。
「まるで、呪いね」
 後悔、諦念、自己嫌悪。封鎖術式があれば良かったのに――そうした愚痴と諸々の感情を溜息に混ぜた後、マリアはオウガへと通信を繋いだ。
「ファントム4、聞こえますか?」

◆ ◆ ◆

 ぞぶり。
 フェンリルファングが、オウガの右腕に食い込む。辰巳《たつみ》は顔をしかめる。
「ぐッ、う」
 疑似痛覚が走る。オウガの霊力経路越しに、何かが染み込んで来る。
 それを振り払うべく、辰巳は無理矢理腕を振り抜きながら、スラスターを全力噴射。後方へ大きく跳躍。
「セットッ……! ラン、チャーッ!」
「Roger LocketLauncher Etherealize』 
 空中、左手首にランチャー生成。全弾をフェンリルの足下へ叩きつける。
「GGRROOッ!?」
 流石に煙や閃光は吸収できないようで、フェンリルは露骨に身をよじる。その隙にオウガは着地し、辰巳は右腕の状態を確認する。
 そして、眉根を寄せた。
「無傷、だと?」
 正直なところ、肘から先が千切れる事すら想定していた。しかして現状、右腕は損傷どころか、塗装の剥がれすら見当たらない。
「どう言う事だ?」
 訝しむ辰巳。それでも状態を確かめるべく、オウガに右拳を握らせる。
 もとい、握らせようとした。
「……!? 指が、」
 動かない。そう呟くよりも先に、オウガの右腕は完全に動作を停止。その原因を、辰巳はすぐさま察する。
「霊力切れ、か!」
 あまりに単純、かつ如何ともしがたい状況に、当然フェンリルは待ってくれない。
「GROOOWWWLッ!!」
 立ち上る爆煙を吹き飛ばし、迸るソニック・シャウト。紙一重で回避しながら、辰巳はヘッドギア越しにコメカミを小突く。
「まずいな」
 無意識に、辰巳は呟いた。
 呟いて、戦慄した。
 ファントム4が、自分自身が今、恐れおののいている事実に。
 理由は二つ。一つ目は、今し方のフェンリルファングによって、右手首部Eマテリアルが空になってしまった事実だ。
 かつてオーディン・シャドーを撃破したあの時。或いはバハムート・シャドーを撃破したあの時。どちらも相当な無理こそさせたが、Eマテリアルが霊力切れを起こす事は、ついぞ無かった。
 そんな霊力切れを、眼前のフェンリルは初めて引き起こしたのだ。確かに警戒度は上がるだろう。
 だが、辰巳が本当に恐れたのは、もう一つの理由の方だ。
『ウイィィングッ! タイガァァァァァァッ! ロボォッ!!』
 背部。遠景を映す立体映像モニタの中で、赤い翼を持った獣鎧装《じゅうがいそう》、朧《おぼろ》が吼えていた。ファントム1こと五辻巌《いつつじ いわお》は今、あれのサブパイロットをしている真っ最中というわけだ。
 対神影鎧装用として設計され、ファントム2の獣性を十全に発揮できるよう開発された、二重の意味での虎の子。あれだけの性能があれば、さしたる時間もかけずアメン・シャドーを撃破してのけるだろう。
 となれば必然、次はこちらにやって来るだろう。
 そして、フェンリル撃破の最適解を取るだろう。
 全力強行。冥王《ハーデス》の瘴気。クリムゾン・カノンのような高出力術式。
 あるいはもっと別の方法かもしれないが――とにかく巌は、間違いなく、最短距離でフェンリルを撃破しようとするだろう。
 即ち。禍《まがつ》の中枢を、霧宮風葉を、殺そうとするだろう。
「ち、」
 舌打つ辰巳。無論、考えすぎかも知れない。絵空事かも知れない。
 だが。五辻巌には、前科がある。
 日乃栄霊地で、オーディン・シャドーと相対したあの日。
 風葉が怒りで、グレイプニル・レプリカを解いた少し前。
 状況が八方塞がりになりかけた、あの時に。
 巌は、辰巳の自壊術式を、発動させかけた。
 辰巳を、オウガを、自爆させようとしたのだ。
 そして今の状況は、あの時と同じ八方塞がりであり。
「どうする。どう、すれば」
「GGRRROOOOOOOON!!!」
 そんな辰巳の焦燥なぞ露知らず、フェンリルはオウガ目がけて疾駆を開始。Eマテリアル捕食によって霊力に充ち満ちた足取りは、今まで以上の鋭さを伴ってオウガへと肉薄。
「む」
 焦燥しながら、しかし辰巳は気付いた。
 右、左、右。大小の跳躍を織り交ぜた攪乱軌道であるが、その双眸が狙っているのは、明らかに――。
「右、か」
 確かにオウガの右腕は動かない。だがそれは単なる霊力切れというだけであり、他のEマテリアルから霊力を回せば――。
「GGGROOOッッ!!」
「どうとでもなるんだがな!」
 跳びかかるフェンリル。予想通り右側から回り込んでくる、その一瞬前に、辰巳はオウガの右腕を再起動させた。
 喉笛を食い千切らんとするフェンリルの牙。その首元と右前足へそれぞれ手を添えながら、オウガは勢いに逆らわず倒れ込む。
「フ、ンッ!」
 そして遠心力のまま、フェンリルの体を投げ飛ばした。変則的であるが、いわゆる巴投げである。
「GROO!?」
 加えて強靱な四肢こそ持ち合わせているが、フェンリルの体躯に姿勢制御スラスターの類いは、一切無い。秒単位とはいえ、着地まで身動きはとれまい。
 更に霊力武装ではない攻撃、単純な質量打ならば、今のように通用する事も分かった。
 と、なれば。
「どうにか組み付いて、動きを止めて……」
 後の事は、それから考える。
「GRRRRR……!」
 思索時間は数秒。それは紛れもない隙であったが、辰巳はフェンリルが空中で身動きを取れない隙間を縫った、筈だった。
 しかして魔狼の身体能力は、辰巳の見立てを上回っていたのだ。
「GRR、RRROOOッ!」
 魔狼はバランサー代わりに巨大な尻尾を翻し、空中で身を捻る。体勢を立て直す。
「何ッ」
「GROWL!!」
 そして、ソニック・シャウトを叩きつけたのだ。
 直撃。衝撃。オウガを中心に、砂の大地が円形に沈む。
「ぐぅあッ」
 声を絞り出す辰巳。オウガも動きを縫い止められ、機体各所からダメージアラートを吐き出す。
 対するフェンリルはソニック・シャウトの反動で宙返りした後、オウガの右側面へひらりと着地。そのままオウガを中心に、大きく旋回するよう駆け出す。
「GROWL! GROWL! GROOOOWL!」
 駆けながら、ソニック・シャウトを連射する。そのままオウガを釘付け、フェンリルファングを見舞う算段か。
 無論、辰巳はそれに付き合うつもりなぞ無い。
「セット! ガトリング!」
『Roger GatlingGun Etherealize』
 右腕部、実体化した銃身から牽制の弾幕をばらまきながら、オウガも疾駆を開始。常に動き続けて距離を取り、まず辰巳は膠着状態を作り出す。
 巌よりも先、十中八九接触してくるだろう『敵の敵』と、共謀するためだ。
「GROWL! GROWL! GROOOOWL!!」
 吼え猛るフェンリル。這い寄る魔狼の影《フェンリルファング》。金切り声を上げるガトリングガン。せいぜい数分の、けれどもあまりに粘性が強い待ち時間。じわりとコメカミに生じた汗が、筋を引いて伝い落ちる。
 その直後、『敵の敵』はオウガへ通信をかけて来た。
「まずは読み通り、か」
 鳴り響く電子音。着信を求める立体映像モニタ。辰巳はモニタ上の着信ボタンに指を伸ばし、しかして躊躇した。
 信用、出来るのか。
 共闘したとて、どうにか出来るのか。
「……ままよ。現状これ以外に手があるか」
 渦巻く諸々の疑問を、辰巳は着信ボタンと一緒に押し込めた。自分自身を納得させるために。
「ファントム4、聞こえますか?」
 かくして立体映像モニタへ映りだしたのは、ファントム6、即ちマリア・キューザックであった。
 ディスカバリーⅢ四号機を駆る、BBBから出向してきた――恐らくはフェンリルを狙っている『敵の敵』
 そのマリアへ、辰巳は先んじて声をかけた。
「ファントム6、頼みがある」
 影の顎を回避しながら、銃弾を雨霰とばらまきながら、辰巳は短く告げた。
「え、あ、は、い?」
 響く戦闘音の只中で、驚くほど明瞭に聞こえた一言に、マリアは身を固くした。
「ファントム5……いや、違うか」
 辰巳は小さく首を振る。コメカミから指を放す。
「霧宮風葉を助けたい。手伝ってくれるか」
 そして。戦闘中に初めて、風葉の名を呼んだ。
「あ、」
 マリアは、息を飲んだ。
「はい……はい!」
 そのまま、一も二も無く頷いた。同じ気持ちだったからだ。
「そうか。ありがとう」
 どうやらマリアの言葉に嘘は無いようだ。
「後は……」
 おぼろげに見えた糸口を、無理矢理にでも切り開く。そのためにも、辰巳は僅かな迷いと共にガトリングガンを投擲。当然フェンリルはこれを爪で引き裂き、爆砕。
「GGRRRRッッ!?」
 そうしてフェンリルは、不意に動きを止めた。
 つい数瞬前までガトリングガンを構成していた霊力光。その向こうから現われたオウガは、鉄拳を構えていたのだ。
 直立姿勢で、何らかの確信と共に。
「機密退魔機関凪守《なぎもり》。特殊対策即応班『ファントム・ユニット』所属。ファントム4」
 更に、辰巳は言い放った。
「さぁ。おとなしく、助けられろ」
 かつて日乃栄高校でフェンリルと戦ったあの日。鹿島田泉《かしまだ いずみ》を助け出した時と、同じ宣言を。

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【神影鎧装レツオウガ 用語解説】
グレイプニル・レプリカ

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