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神影鎧装レツオウガ 第九十一話

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Chapter10 暴走 12


 ディスカバリーⅢ四号機のコクピットハッチが、音を立てて開いた。中から出て来たマリアは、素早く地上へ降り立つ。同時に周囲の状況を、特に上空の大鎧装《だいがいそう》の戦闘を、手早く確認。
 しかる後、マリアは今し方辰巳《たつみ》と交わした短い作戦を反芻する。
『それで、どうやって助け出すんです?』
『シンプルに行くのさ。前と同じ事をやる。その為に――』
 ――その為に必要な下準備が出来る場所を、マリアは探した。幾ら何でも屋外でやるのは目立ちすぎる。なるべく近くにあり、かつ大きな建物の中が望ましいのだが。
「やっぱりここかな、近いし」
 レイト・ライト本社ビル。先程巨大戦艦が発進していったビルの壁へ背を付けたマリアは、一つ息をついて呼吸を落ち着かせた。
 あれだけ派手に逃げていったのだ、今更敵が残っているとは考えにくいが――それでも確認のため、マリアは壁を透過して中を覗き込む。幻燈結界《げんとうけっかい》はこういう時に便利だ。
「うわッ」
 マリアは声を上げた。
 確かに予想通り、本社ビルの中に敵は居なかった。
 そして予想以上に、本社ビルの中には何も残っていなかった。
 がらんどうなのだ。上から、下まで。ビルとして残っているコンクリートの外装を除いた全てが、巨大戦艦のパーツとして組み込まれていったがために。
「な、に、これ」
 見上げれば、目につくのは等間隔で並ぶ四角い窓と、へばりつく薄い暗闇。見下ろせば、視界いっぱいに広がる真っ暗な奈落。
 幾ら目をこらしても、奈落の底は見えない。恐らくは地下階跡どころか、あの戦艦が隠されていた格納庫まで続いているのだろう。
「……何ともはや、随分と大胆な引っ越しをされたんですね」
 呆れ半分、感心半分。感想を溜息ごと吐き出して、マリアは思考を入れ替える。
 理由はどうあれ、実に好都合な立地だ。これから展開する術式は、四号機のコクピットではいささか手狭なのだ。
「しかも目立っちゃうからね……と、とにかくまずは足場」
 コマンド入力したリストデバイスを、マリアは奈落へ翳す。
 照射される霊力光。マリアの足下を基点に広がる白色は、程なく光のタイルとなって十メートル四方の足場を形成。
「よし」
 その中央へ移動しつつ、マリアはヘッドギアを操作。遮蔽中のフェイスシールド内側へ、リンク中である四号機カメラの映像が映り出す。
「最大、望遠」
 Eフィールドへ頭部を向け、可能な限りカメラを絞る。だが海を挟んだ向こうにあるEフィールドは、朧気なシルエットくらいしかわからない。
 だが、それで十分だ。取りあえずは場所が分かれば良いのだから。
「さ、て、と」
 本番はここからだ。マリアは指揮棒を構える。
 目を閉じる。三秒。精神統一。
 しかる後、マリアは指揮棒を振り抜いた。
 零れる霊力光。それらが寄り集まり、像を結び、現われたのはライフルが六挺。カルテット・フォーメーションの展開。
 六挺のライフルには、その全てに狙撃スコープを模したユニットが増設されている。スタンレー謹製の捕縛術式が加わっているためだ。
 ここから更に状況へ応じた隠蔽や追加装備を施す予定ではあったが――マリアは辰巳との約束に従い、更なる無茶をする事に決めていた。
「まずは」
 びゅん、と空を切る指揮棒。軌跡を描く霊力光が幾条もの線となり、寄り集まり、マリアの正面で具現化する。
 譜面台。楽団の指揮者が用いる、本来なら楽譜を乗せるための道具――に、似せたカルテット・フォーメーションのネットワーク拡張術式。動作の精密性と操作距離の延長を可能とするそれの名は、ブースター・スタンド。
「もひとつ!」
 びょう、と指揮棒が唸る。霊力光が円弧を描く。円弧はすぐさま線となり、分解し、寄り集まり、またもや新たな形を組み上げる。
 そうして現われたのは、一抱え以上の大きさがある円筒形であった。
 長さは三メートル弱。巨大な金属パイプにも似た、浮遊する奇妙な円筒形。その正体は、ライフルを遠方へ送り出すための射出術式だ。名前はチムニー・カタパルト。見た目通り煙突《チムニー》に由来している。
 そしてこれらの術式は、本来はフェンリルの捕縛補助用に用意された術式であった。
 規模こそ違えど、天来号《てんらいごう》のカタパルトと同じ射出機構を備えるチムニー・カタパルト。
 その内部へ、まず一挺目のライフルが装填。照準は、既に四号機のカメラがつけている。
「い、け、っ!」
 紫電を纏い、射出される一挺目。地表スレスレをツバメじみて滑空するライフルが目指すのは、無論オウガが戦っているEフィールド――と言いたい所であるが、如何せん距離が遠すぎる。
 ブースター・スタンドによる補助を入れたとて、どう頑張ってもモーリシャス本島とEフィールドの中間辺りで限界が来るだろう。
 だというのに、マリアは射出を止めない。四号機からの望遠映像を観測手代わりに、六挺全てのライフルを次々と射出してしまう。
「良、し」
 そうして六挺目が残した霊力光が揮発するより先に、マリアは用済みのチムニー・カタパルトを消去。次に最初に射出したライフルへ意識を向ける。スコープに映る映像が、フェイスシールドの内側へ投射される。
 薄墨に沈む海面と水平線。その上を、ライフルは凄まじい速度で滑空していく。五挺の同型を従えながら。
 速度、方角、どちらも問題なし。
 問題あるとすれば、ここからだ。
「そろ、そろ」
 ライフルはモーリシャスとEフィールドの中間辺りへと差し掛かる。予想通りの限界が訪れる。
 なので、マリアは一挺目を停止。擬装もかねて海面少し下へ沈め、その場に固定。
 そうして一挺目を新たな無線ネットワーク中継子機とし、残りの五挺は引き続きEフィールドを目指す。
「む、む」
 マリアの眉間にしわが寄る。即興で中継用の術式を組み込んだまでは良かったが、思ったより霊力の消耗が大きい。
 そうこうする内に、一挺目で拡張したネットワーク半径の限界へ、五挺のライフルが近付いていく。
「ま、だ、保ってよね」
 強いて自分へ言い聞かせながら、マリアは二挺目のライフルを停止。一挺目と同じく海面下へ隠しつつ子機とし、残り四挺でEフィールドを目指す。
「む、む、む」
 四挺は三挺に、三挺は二挺に。Eフィールドが近付くにつれ、ライフルは順調に数を減らしていく。マリアの頬に汗が伝い、表情も険しくなっていく。
 霊力の消耗、及び制御半径の無茶な拡張。その二つがマリアへ多大な負担を敷いているのだ。
「着い、たッ」
 かくて最後の一挺になってしまったが、マリアのライフルはどうにかEフィールドへと辿り着いた。
 洋上に切り立つ霊力の壁。断崖じみた壁面を昇れば、その上に見えたのは平坦な人工の砂漠。
「ハ、あ、っ」
 そして、その上で戦い続けている鋼の巨人と――。
「GGGRRROOOOOOOOOッ!」
 ――咆吼を続ける、巨大な獣の姿だった。
「GRROッ! GRROOOッ!!」
 フェンリルが身を翻す。前足が、爪が、唸りを上げる。
「きゃああ!?」
 オウガはその連撃を苦も無く避けたが、風圧がマリアのライフルを吹き飛ばした。ライフルは木の葉のように宙を舞い、砂漠へと叩きつけられ――ようとした直前、オウガがその墜落地点へと回り込んだ。
「いいタイミングだな」
 そして一瞬だけ胸部霊力装甲を解除し、パイロットが銃把を掴み取ったのだ。
「GGRRRROOOOOOWLッ!」
 当然その隙を突き、フェンリルがソニック・シャウトを放つ。通常跳躍では到底避けきれない至近距離。だが、既に辰巳は対策を終えていた。
「ブーストッ!」
 踝へ生成されていたラピッドブースターが点火し、オウガの巨体が一瞬で後退。次いで片手と膝を突き、轍を刻みながら強引に停止。
「ようこそ。ちらかってるのは勘弁してくれ」
 そのまま辰巳はスナップを利かせ、ライフルを後ろへ放り投げる。ライフルはオウガの霊力経路――先程までレックウが接続されていたジョイント跡へネットワーク接続。くるくると続いていた回転が、突然止まる。
 更に静止した銃把から、霊力の光が音も無く伸びる。幾重にも分岐しながら、針金細工じみた密度を伴って寄り集まる。そして、人一人分の姿形を造り上げ、発光。
「構いませんよ。それにしても、何と言いますか。思ってた以上に、開放感に溢れてますね」
 光は一瞬で収まる。針金細工も消える。そしてそれらと引き替えに、ファントム6ことマリア・キューザック――の分霊《ぶんれい》が、その場に現われたのだ。
「だろう? 何せバイク一台が、余裕で入るくらいだからなっ!」
 霊力装甲の外でフェンリルが咆吼する。びょうびょうと、爪が殺意と共に唸る。それらを辰巳は軽口と共に回避し、受け流し、カウンターを叩き込む。
「おお」
 モニタ越しとは違う、息遣いすら感じ取れそうな魔狼の双眸。金色に光るその瞳を、マリアは睨み返す。
「んじゃ、手筈通り、頼むぜっ」
 フェンリルの猛攻を捌きつつけながら、辰巳はマリアへサインを送る。
「ええ。……実に、ビッグ・ゲームね」
 マリアは辰巳の肩越しに、ゆらりとライフルを構える。
 ――こうしてマリアがコクピットへライフルを持ち込んだのは、単に分霊を運ぶため、ではない。そもそも単に分霊を使うだけなら、回線越しに転送するだけで事足りる。
 それをせず、わざわざモーリシャス本島までの霊力経路を繋いだのには、当然理由がある。
「さ、て、と」
 唇を舐めながら、レイト・ライト本社に陣取る本体のマリアが、指揮棒を構える。神経を集中させる。
 キューザック家に伝わる固有術式、看破の瞳が発動する。
「良、し。上手くいった」
 そしてその看破の瞳を、分霊側のマリアも発動させていた。それもコンマ単位の遅延しか無い、ほぼ完全なリアルタイムで。
 ライフルによる霊力ネットワーク拡張が無ければ、こうはいかなかっただろう。このリンクを確立するために、マリアは今までの無茶を重ねていたのだ。
「け、ど。思った、以上に、キツいかな」
 マリアの頬へ、今まで以上の汗が滲む。当然だ。超長距離に位置する分霊へ、大した補助設備も無しに、完全な意識同調を行っているのだから。
「多分。あと、三分も持たない、かな」
「十分だ」
 スラスター噴射を停止し、オウガは着地。舞跳ぶ砂礫の只中で、ゆらりと構える。
「一撃。一瞬で決まる――決めてみせる」
 今までの打ち合いで、うっすらとだが、辰巳は感じていた。
 鋭く重い爪。熱く爛れる吐息。確かにあれはフェンリルだ。目の前の全てを殺戮せんとする、荒れ狂う魔狼だ。
 だが。辰巳は感じ取った。バハムート・シャドーと戦う少し前、刀越しにマリアの笑顔を見た時のように。
 フェンリルの戦い方の奥底へ、獣とは明らかに違う『欲目』がある事を。
「そこを、突く」
 突いたところでどの程度の威力が……いや、意味があるのかすら分からないが。
 とにかく一瞬で良いのだ。隙が突けれるのならば。
「GGGRRRRROOOOOOOO!!」
 フェンリルが仕掛けて来た。痺れを切らしたか。
 先程以上の速度と鋭さを伴う、稲妻じみた高速移動。小刻みな跳躍を織り交ぜた、変幻自在の獣じみた動き。
「ソイツは、さっき見たっ」
 しかしてその動きを、辰巳は完全に見切っていた。
「GGRROO!」
 轟々と猛る魔狼。びょうびょうと唸る爪と牙。
「す、ぅ」
 それがオウガを捉える直前、辰巳は両腕を動かした。柔らかく、円を描くように。
「ふッ」
 ふわりと。
 羽のように優しく、鉄のように容赦なく。
 オウガは、フェンリルを、投げ飛ばした。
「ち、」
 舌打つ辰巳。手応えが、感触が。月面でレックウを投げ飛ばした時と、微妙に似ていたからだ。
「GROOOOっ!?」
 再び投げ飛ばされ、くるくると回転するフェンリル。先程と同じ状況だ。
 故にフェンリルは尻尾を振り、重心を安定させる。着地は危なげなく完了し、砂礫が噴水のように巻き上がる。これも先程と同じだ。
「GG、G……?」
 だが、オウガの追撃だけは無かった。そこだけは先程と違っていた。
 故にフェンリルは訝しむ。何故、今の隙を突かなかった――? そうした思考の間隙へ、辰巳は絶妙に滑り込んだ。
「オマエは誰だ」
 鉄拳の代わりに、オウガはフェンリルへ指を突き付ける。
「風葉《かざは》でも、フェンリルでもない」
 一秒。
 僅かに、けれども確かに。
 フェンリルは驚いた。ように見えた。
 その瞬間に、辰巳は確信した。
「オマエはッ、誰だあッ!」
 そして踏み込む。愚直に、まっすぐに、必要以上のブーストで。
 半分は目論見通りに。もう半分は、煮え滾る激情のままに。
 辰巳はコンソールを操作する。即興で構築した術式が、マリアへ伝達される。同時にフェンリルの双眸が、目前へと迫ってくる。
「G、R、O、」
 放たれるはソニック・シャウト。悪くない速度の迎撃。だがどれだけ至近しようと、動揺した照準に捉えられる程、辰巳は間抜けでは無い。
「うるせえ!」
「「GROWL!?」
 残像を伴う裏拳が、フェンリルの横面を殴る。照準をねじ曲げられた音波砲が、明後日の砂地を丸く抉る。砂と炎が乱れ飛ぶ。
 だが、それが地へ落ちるよりも先に。
 オウガは、フェンリルの両前足をホールドしていた。
「ぬ、あ、ぁあッ」
 そして持ち上げ、叩きつけんとする。パワーボムのように。
 相手の体重そのものと、絶対に動かない地面を巨大な鈍器とする投げ技。いかに下が砂地であろうと、まともに受ければ大ダメージは必至。
「GGGRROOOOッ! GGGRRROOOOOOOOOOッ!!」
 当然、フェンリルはその拘束から脱すべくもがく。だがオウガの両腕は、魔狼の体と足を完全に固定しており。
「GG、GRRRRRROOOOOOOOOOOッ!!!」
 故に。フェンリルは、唯一自由に動かせる顎《あぎと》を開いた。口腔から覗くのは、いっそ冗談かと思うくらいに鮮やかな赤色。加えて、オウガの首は目の前にある。このままかぶりつけば、もぎ取る事は簡単だろう。
 だが、その程度でオウガが動きを止める筈も無い。胸から上を霊力装甲で擬似的に形作っているオウガにとって、そんなものは損傷の内に入らないからだ。
 さて、どうするか――霊泉領域《れいせんりょういき》でローブの男が迷っている間に、魔狼の獣性は判断を下した。
 亀裂のような赤い顎が、喉の辺りまで伸長する。更にはフェンリルの頭そのものが、オウガの上半身くらいにまで拡大する。オウガの胸から上を、コクピットそのものを、噛み潰すために。
 おっと、それは行き過ぎ――慌てて介入しようとしたローブ男だが、もう遅い。拡大した魔狼の牙は、ぞぶりとという音と共に、オウガの上半身を飲み込むように牙を、フェンリルファングを突き立てた。
 この光景に、巌《いわお》はカートリッジを取り落とした。
 そしてこの瞬間を、辰巳は待っていたのだ。
「うぐ……っ! い、ま、ですッ」
 マリアが叫んだ。牙を突き立てられる痛みに耐えながら。
 だが何故、マリアが痛みを感じているのか。単純な話だ。今のマリアは、一時的にオウガの操縦を担当しているからだ。
 本来なら辰巳にしか動かせない筈のオウガ。その操縦システムを一時的に騙す偽装術式を、辰巳は即興で編み上げていたのだ。かつて風葉が、直情でフェンリルを制御した事を見習って。
 マリアが操縦できているのはそのためだ。
 しかして、所詮は一時しのぎ。しかも、オウガの霊力経路はあの利英《りえい》の謹製だ。レックウの離脱から生じた損傷箇所をいくら突こうと、そうそう騙されてくれはしない。今のマリアが出来るのは、せいぜい姿勢制御くらいなものだ。
 もっとも、そのために組み付きという戦法を選んだのだが。
 どうあれ装甲を容易く貫通し、霊力経路へと侵入してくる魔狼の牙。その冷気に背中を炙られながら、マリアはフェンリルを注視した。
「――見えたッ! 今、送ります!」
 叫ぶマリア。それと同時に、辰巳のフェイスシールドへデータが転送される。
 今にも食い破られようとしている霊力装甲の外、赤く濡れるフェンリルの口腔。
 その上へ幾重にも捩れ、重なり、迸っている電流のような光の線の群れが映り出したのだ。
 マリアが、キューザック家の祖先がその血に刻んだ固有魔術、看破の瞳。それによって明らかとなった、フェンリルの霊力経路である。
 ――フェンリルを調伏する為には霊力の中枢を、即ち風葉を切り離す必要がある。一撃で、泉《いずみ》の時と同じように。
 故に用いる手段もあの時と同様、インペイル・バスターが有効となるのだが、ここで一つの問題に突き当たる。
 相手《フェンリル》が大きすぎるのだ。いかに強力なインペイル・バスターだろうと、所詮それは対人戦闘用術式。大鎧装クラスの禍《まがつ》が相手では、いささか荷が重すぎる。
 だから辰巳は、急所を割り出す必要があった。それも正確に、かつ早急に。
 そしてマリアは、急所を割り出せる能力があった。それも正確に、かつ早急に。
「道、を、切り開きますッ!」
 フェンリルの牙に浸蝕され、消滅しかかっているオウガの頭部。その脳天目がけて、マリアは照準を合わせた。
「フォル、テシモッ、アロォーッ!」
 マリアを導いた六挺目のライフルが、霊力弾へと再構成され、速射。
 その渾身の一撃は、弱っていたオウガの霊力装甲ごと、魔狼の口腔を貫いた。
 フェンリルファングによる捕食は生じない。看破の瞳を持ってすれば、脆弱な点を突く事なぞ造作も無いからだ。
 かくて霊力は爆発し、熱風が渦を巻く。嵐のように渦巻いていた電流が、その中へがんじがらめにされていたレックウの前輪が、露わになる。
「ファン、トム、4っ」
「分かっている」
 ゆるりと、辰巳はコンソールから手を放した。
 本来なら、操縦中は強固に固定されている左手。その手首に固定されている腕時計型モジュールを、辰巳は口元に寄せる。
「セット。モード、インペイル」
『Roger Impale Buster Ready』
 乾いた返答を聞き流しながら。左手へ集まる霊力を感じながら。
 辰巳は標的を、レックウの前輪を見やる。
 つい先程まで、オウガと合体していた筈のコネクタ部分。そこへ、禍の霊力経路が蔦のように寄り集まっている。マリアの目が、看破の瞳が、それを教えてくれる。
「は、あ、アッ!」
 だから、辰巳は跳んだ。
「インッペイィルッ――!! バスタァァァァァァァアアアアア!!!」
 まっすぐに、裂帛の気合いと共に。
 持てる限りの全力を、何より胸に渦巻く激情を、その中枢へと叩き込んだ。

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【神影鎧装レツオウガ 裏話】
マリア・キューザックと霧宮風葉

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