03_魔狼09_ヘッダ

神影鎧装レツオウガ 第十八話

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Chapter03 魔狼 09

 時間は少々巻き戻る。
『……たった今、オウガを自爆させる事が決定したよ』
 明日の天気は雨だそうだ。
 それくらい軽い語調で、巌《いわお》はつぶやいた。
「え」
 二度、三度。まばたきする風葉《かざは》。
「そっかーならしゃーないなー。自壊術式の準備せんと」
 今までがウソのような無表情で、利英《りえい》はキーボードを叩き始めた。周囲に浮かんでいた立体映像モニタ群に、何かよくわからない文字列が踊り出す。
「あの、ちょっと」
 周りの男どもを見回す風葉だが、誰も取り合おうとしない。
「なら、僕も準備しなきゃな。労働環境は劣悪の一言だったが、なかなかどうして退屈しなかったぞ」
『それは光栄。それで、Rフィールドの突破方法は――』
 冥《メイ》はタブレットを脇へ置き、巌も受話器越しに誰かと話し込んでいる。
 その様は、酷く退屈な事務手続きにも似ていて。
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
 気付けば、風葉は叫んでいた。
「オウガを自爆させるってどういう事ですか!? オウガって五辻《いつつじ》くんが乗ってるでっかいロボットの事ですよね!?」
 ああ、と頷く三人。
 即座に、ごく当たり前に。
 彼等は辰巳《たつみ》を切り捨てると、言ってのけた。
 くらりと、風葉は目眩を覚えた。
「ど、どうしてですか!? そんな事をしたら五辻くん、は――!」
「死ぬな、確実に。何せ辰巳自身が爆破信管みたいなもんだからな。後はこっちで火種を送ってやるだけさ」
 肩をすくめ、おどけるように冥は言う。平素なら、その仕草とウインクにどぎまぎしてしまった事だろう。
 だが今。怒りの火がついた風葉の目に、そんなものは映らない。
「だから、どうして五辻くんが死ななきゃならないんですか!? どうしてあなた達は、五辻くんをっ、見殺しにできるんですか!?」
『そういう取り決めだからさ。この部隊が出来た時の、ね』
 淡々と、巌が画面越しに言う。
「取り決めって……そんなの!」
『おかしい、と言いたいかい。ヒトの命がかかってるんだろう、と言いたいのかい』
 先んじる巌の声は、奇妙なくらいに穏やかで。
 図らずも、風葉は気勢を削がれてしまった。
『そうさな。キミの怒り、戸惑い、憤り。全てまったくもって正しいだろうさ。だが』
 鳴り響くコールベル。手元にある通信機が、けたたましく巌を呼ぶ。
『……正しい想いが、常に正しく行使されるとは限らないんだよ』
 言って、巌は通信機を取った。そのまま通話相手との話に没頭する。
 もう話す事はない。横顔が、そう言っていた。
「――」
 蒼白一歩手前の顔で、風葉は室内を見回す。
 利英は黙々と自壊術式とやらの準備を進めていて、冥は傍らで立体映像モニタを眺めながらチェックをしている。
 誰も、風葉を見ようとしない。
 本当はやりたくない。誰もがそう思っているのに、誰も手を止めない。
 止めようとさえ、しない。
「――、っ」
 頭に、来た。
 完全に、完璧に、頭に来た。
「Rフィールド、ですか」
 だから、風葉は決めた。
 正しい方法が無理ならば。正しくない方法で、自分の想いを行使する。
「あー? あんだって?」
 キーボードを叩きつつ、生返事するのは利英だ。
「Rフィールドをどうにか出来れば、良いんですよね」
「あーまぁ確かにそうだけど、現状じゃ突破口が無いからねー。エッケザックスから大至急術式を取り寄せて、冥との感応処理を……」
「その取り寄せる術式って、フェンリルですよね」
「あー? まぁそうなるけ、ど、」
 利英はそこで言葉を切った。切らざるを得なくなった。
 風葉が、ポニーテールを結わえている革紐――もとい、グレイプニル・レプリカを解いたために。
「いや、あの、ちょっと。なにやってんだキミ」
 珍しく目を丸める冥に、風葉は聞く耳を持たない。
 一つ息をつく。目を閉じ、静かに思い出す。
 自分から『力が欲しい』と強く願いでもせん限りは変わらん――以前、雷蔵《らいぞう》は確かにそう言った。
 それはつまり、逆に言えば。
 強く願えば、フェンリルの力を得られると言う事ではなかろうか。
 Rフィールドを突破するための力を。
 辰巳の所へ、向かうための力を。
『……! お、おい冥! 利英! すぐ止めさせろ!』
 風葉の目的を察し、画面向こうで巌が机を叩く。
 だが、もう遅い。
(Rフィールドとか、術式がどうとか、難しいことは分からない。けど――)
 正しい制御方法なんて知らない。故に、風葉は願った。ひたすらに、遮二無二願った。
(私に、本当に憑依してるんなら――!)
 握った拳が、小さく震える。眉間のシワが、じわりと深まる。
(お願い! 力を貸して!)
 心の中へ、風葉は力の限り叫ぶ。
 瞬間、風が吹いた。
 生ぬるい、砂と鉄の味がする、奇妙な風が。
「え、っ」
 反射的に、風葉は目を開ける。
 ――視界いっぱいに広がるのは、ただひたすらに、荒涼とした荒野。
 空には月も太陽も無く、赤とも黒とも言い難い色彩が、どこまでも続いている。
 風は吹き続けている。きっと世界の果てから吹いているそれは、風葉の肺腑に嫌というほどにおいを滲ませる。
 鉄と、砂と、死のにおい。
 終焉の、におい。
 そんなにおいを運ぶ風の向こう側に、それはいた。
 狼だ。
 地平線の近く、灰銀色の体毛をなびかせる巨躯の背中に、風葉はそう直感した。
「フェン、リル」
 知らず、名を呼ぶ風葉。
 直後、巨躯の銀狼――フェンリルは、風葉の目の前に出現した。
 息を呑む風葉。自分が引き寄せられたのか、それとも向こうが瞬間移動したのか。
 そんな疑問などどうでも良くなるくらいに、フェンリルは巨大であった。
 いつか見たオウガローダーとやらよりも、優に二回りは大きいだろうか。人間どころか自動車すら一飲みに出来そうな顎《あぎと》を備えた顔が、風葉に影を落とす。
 金色の瞳が、三日月のように歪む。象牙よりも巨大な牙が、惜しげも無く剥き出しになる。
 笑って、いるのだ。
 己を望む分不相応な小娘を、内側から食い尽くすために。
 ――個体によって差はあれど、意志も知識もない一般人が憑依した禍《まがつ》に接触すれば、大抵の場合そのまま禍に引き込まれて精神に変調をきたす。
 最悪、死に至る。
 実際、平素の風葉であればそうなっていただろう。巌が全力で止めようとした理由もそれだ。
 だが。ここに誤算が一つあった。
「わ、ら、う、なぁーっ!」
 風葉は今、たいへん頭に来ているのだ。
「アンタがフェンリルなんでしょ!? 今! 凄く大変なの! こんなとこにいないで手伝ってよ!!」
 目の前の巨大な銀狼に微塵も臆する事なく、風葉はビシッと指を突き付ける。
「てかなんなのココ!? どうせ私の心の中とかそういうのなんでしょ!? 取り憑いたのは事故だったかもしんないけど、だからって勝手にこんなヘンなトコ造んないでよ!!」
 今まで散々振り回されっぱなしなフラストレーションをついでに上乗せし、風葉は全力で文句を叫ぶ。
 完全に目論見が外れたフェンリルは、宿主のなすがまましょんぼりとうなだれた。心なしか、その体躯も一回り小さくなったように見える。
「大体殺風景すぎてセンスが――」
「うんうん。風葉の言い分はよーく分かったから、その辺にしといてあげな」
 背後からかけられた一言に、まだまだ続いたであろう文句を風葉は中断。
 がば、と勢い良く振り返る。
「や」
 にこやかに笑う冥が、そこに立っていた。
「あ、れ。冥、くん? あの、いつからそこに?」
「笑うな、って叫んだ辺りからかな。お察しの通り、ここは風葉の心の中でさ。君がいきなりフェンリルに接触しようとしたから、こうして急いで感応してみた訳なんだが……いやいや、驚かせてもらったよ」
 堪え切れず、冥は口元を抑えてころころ笑う。指の隙間から除く赤い唇を、しかし風葉は直視出来ない。頬を抑え、フェンリルと同様にうなだれている。
 言わんや、我に返った反動だ。
「ま、心配なかったようだね。禍を従えるのに一番必要なのは精神力……心の強さっていうか、要するに胆の太さだ。今みたいな啖呵を切れる風葉なら、問題なくこのフェンリルを従えられるさ」
「え、ホントに!?」
「ああ、僕が保証するよ」
 満面の笑みを浮かべながら、冥は右手を差し出す。
 少し逡巡したが、風葉はその手をまっすぐに握り返す。
 白く、ひんやりと冷たい掌。その感触を握りしめながら、風葉は振り返る。
 心の中に巣食った巨躯の銀狼、フェンリル。じっと、真剣に見つめてくる金色の目を風葉は見つめ返す。
「力を、貸して貰うわよ」
 辰巳を、助けるために。
 半ば睨むような、鋭い視線のぶつかり合い。この膠着をしばらく見ていたい冥だったが、生憎と状況は秒単位の遅れすら許さない。
「さて、戻ろうか」
 惜しみつつも冥は指を鳴らし、足元に直径三メートルほどの魔法陣を展開。紫色に輝く精緻な紋様が、立ち上る光で二人を包む。
 紫色に埋没する視界。エレベーターに揺られるような、奇妙な浮遊感。フェンリルが作り出した心象風景から、利英の研究室へ戻るのだ。
 薄れていく風とにおい。遠ざかる鉄錆びた荒野。
 それを肌で感じながら、風葉は確かに聞いた。
 応、と。
 仕方なさそうに応える、フェンリルの遠吠えを。

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【神影鎧装レツオウガ 用語解説】
禍憑き

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