03_魔狼08_ヘッダ

神影鎧装レツオウガ 第十七話

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Chapter03 魔狼 08

 オーディンが、動いた。
 陸上選手もかくやと身体を沈め、一気に解き放つ。クラウチングスタートに似た体勢から繰り出される突貫は、さながらロケットだ。
 リバウンダーに匹敵する撃力の塊となったグングニルが、オウガ目がけて唸りを上げる。
「オオッ!!」
 斬。
 真っ向からの薙ぎ払い。フェイントも何もない、愚直なまでの大振り。だが早い。恐ろしく。
「セット! ジャンプ! ならびにパイル!」
『Roger Rebounder PileBunker Etherealize』
 対するオウガはリバウンダーとパイルバンカーを精製、されどどちらも発動させず、己の脚力のみで跳躍。
 致命的な威力を秘めた槍の穂先が、オウガの爪先の数センチ下を引き裂いた。付随する霊力の嵐が空気を撹拌し、すぐそばにあるオウガの装甲を――持って行かない。
 ちぃ、と舌打つギノア。
 にぃ、とほくそ笑む辰巳《たつみ》。
 読み通りだ。雹嵐《ハガラズ》と違い、グングニルの起こす乱気流は霊力の余剰に過ぎない。斬撃の加速、軌道の最適化、真空刃による射程延長。そんな術式でも仕込んであるのだろう。
 そうしたギミックを、辰巳は見抜いたのだ。
「ならばっ!」
 素早く槍を持ち替え、テコの原理で穂先を跳ね上げるオーディン。姿勢制御用のスラスターはオウガの身体各所にあれど、跳躍の軌道を劇的に変えられる出力を備えたものはない。
 故に、神槍の刃はオウガを両断していただろう。本来ならば。
 だが今。オウガの足首には跳躍術式ユニット、リバウンダーがある。
 己を切り裂かんと迫る魔槍の穂先、それをオウガは逆に蹴る。それを地面代わりとし、リバウンダー発動。オウガの機体は慣性をねじ伏せ、直角急降下。
 真下にはオーディン。右膝には霊力武装パイルバンカー。
「貰ったッ!」
 狙うは起死回生、照準はコクピットと思しき腹部中央。
 ギノアの虚を完全に突き、防護壁《エイワズ》の展開を許さぬ速攻。今まで培った研鑽から導き出された強襲が、オーディンの胴体を――貫かない。
 外れた。
 オーディンが即座にグングニルを手放し、僅かに一歩退いたのだ。
 半身になるオーディン。純白の装甲表面を掠める霊力の円錐。
「「な、に!?」」
 驚愕は、辰巳とギノアの双方から上がった。
 辰巳は、まさか避けられると思わなかったために。
 ギノアも、まさか避けられると思わなかったために。
 両者の驚愕はもっともだ。純粋な白兵戦の技量は辰巳の方が上であり、今の奇襲をギノアに防げる筈がなかった。
 ならば、今の反応速度は何なのか。
「これが……神影鎧装の性能……?」
 動揺し、独りごちるギノア。その隙を見逃す辰巳ではない。
「セット! クナイ!」
『Roger Kunai Etherealize』
 着地の体勢をそのままバネに、立ち上がりざま精製したクナイを突き出すオウガ。
「ハ――」
 ハガラズ。ギノアは反射的に防護壁を張ろうとして、止めた。
 見えたのだ。こちらの喉笛を狙う、刃の軌道が。
 分かったのだ。その刃を、どうすれば逸らせるのかも。
「――ッ!」
 オウガの手首。しっかとクナイを握るその基部へ、ギノアはハガラズを張ろうとした掌を叩きつける。
 逸れる軌道、外れる刃。藍色の霊力装甲ごしに、ギノアは辰巳の驚愕を見た。
「こ、のっ!?」
 袈裟斬り、振り上げ、振り下ろし。
 逆手に持ち替え、左右の手を行き来し、変幻自在に繰り出される刃の嵐。
 その全てを、オーディンの腕が捌いていた。
 明らかにギノアの技量ではない。神影鎧装の力が、戦神オーディンの技量が、パイロットのギノアと同調し始めたのだ。
「ハ――ハハ。ハハハ!アハハハハッハハハハハァ!」
 もはや虫を払うような気軽さでオウガの攻撃を捌きながら、ギノアは呵々大笑する。
 さもあらん。先日あれだけ煮え湯を飲まされた相手を、こうもたやすく圧倒出来たとあれば。
「これは、これは! 新しいデータを送らないといけませんねぇ!」
 笑いながら、ギノアは左膝を跳ね上げた。
 即座に三歩退き、これを回避しながらも訝しむ辰巳。
 立ち膝蹴り、にしては間合いが遠い。実際、ギノアは蹴りを放ったのではない。
 足の甲、跳ね上げたのは長槍の柄。設定していたのだろう、五秒以上経過しても分解しなかった霊力武装の柄を、オーディンは掴み取る。
 神槍、グングニル。
 水平にそれを構え、ギノアは一つ深呼吸をする。
 それだけで、ギノアは理解した。
 どうすれば、眼前の敵を薙ぎ払えるのかを。
「オォッ!」
 踏み込み、刺突。的確な重心移動によってもたらされる一撃は、それでもオウガに届かない。サイドステップで間合いを広げ、標的を見失った穂先が鋭く空を切る。
 すぐさま引き戻され、再度繰り出される刺突。それもオウガはサイドステップで回避。着地しつつそこから反撃に――移れない。
「まぁだまだっ!」
 刺突、刺突、刺突、刺突。
 グングニルの雨が、止まぬのだ。
「ぬぅ、っ」
 歯噛みする辰巳。オーディンが繰り出す一撃の速度自体は、むしろパイルを狙った先程よりも低下している。突撃の勢いがないのだから当たり前なのだが。
 だというのに、オウガは反撃できずにいる。
 理由は二つ。
 一つは単純に間合いが遠い事。
 オウガの近接武器はクナイ、ブレード、パイルバンカー、そして鉄拳である。どれもグングニルより短い得物ばかりだ。
 もう一つは、グングニルの引き戻しが速い事。
 槍に関わらず、得物を振るうには構え直す必要がある。当たり前の事だ。
 ギノアはこの構え直しをする際、穂先から霊力を噴射する事で、引き戻しの速度を短縮しているのだ。
 故に今のグングニルは、純粋に一降りの長槍であると言えた。
 威力自体は減衰している。だが一撃でも貰えば危険な今のオウガにとって、斬撃を拡大されるよりもこうした小技の方がよほど厄介だ。
「ならば――セット! ガトリング!」
『Roger GatlingGun Etherealize』
 刺突の弾幕をかいくぐりながら、こちらも弾幕を張るべくガトリングガンを呼び出す辰巳。
 右手首のEマテリアルにワイヤーフレームが出現、一秒もかからずに編み上がる円筒形の砲身。
 しかる後速射。至近距離、まともな照準なぞ必要無し。全弾命中。
 だが。
「エイワズッ!」
 満を持して登場した防護壁に、全ての銃弾は阻まれた。むしろ跳弾が自身を掠める状況に、オウガはたまらず飛び退いて間合いを取る。
「――ハガラズッ!」
 その着地間際を狙い、オーディンが雹嵐《ハガラズ》のルーンを放つ。絶妙なタイミングだ。
 リバウンダーは間に合わない。かといって直撃を受ける訳にもいかない。
「だったらッ!」
 辰巳は右腕のガトリングガンをもぎ取り、ハガラズの弾幕へ投擲。霊力武装と氷の嵐が激突し、爆発が両者の視界を遮断。
「小細工ですねぇ!」
 が、その程度でハガラズ照射が止むはずもなし。降り注ぐ雹の弾幕が、即座に爆煙を吹き消していく。
 だが射線から逃げるには、その一瞬で十分。辛くもオウガはサイドステップ回避。
 掠める雹の嵐。しかもその飛礫《つぶて》をよく見れば、一個一個が鏃のように尖っているではないか。
 明らかに威力が上がっている。装甲どころか内部フレームすら持って行かれかねないだろう。
「ったく、とんでもないな。ほうれん草でも食ったのか?」
 言いつつ、辰巳は更に大きく跳んで間合いを放す。
「ハ! この状況で減らず口を!」
 ハガラズの照射を止め、グングニルを構え直したオーディンがそれを追う。
「もしくは動くキノコでもとったのか――」
 言いつつ、辰巳は改めて認めた。ギノアとオーディンの同調率が、加速度的に上がり続けている事を。
 もはや接近戦は互角、射撃に至っては向こうが上だ。模造品とはいえ、流石は戦神オーディンと言った所か。
 まさに難敵。だからこそ挑む甲斐がある。
 二年間。空っぽな手の中で、それでも研鑽するしかなかった全てをぶつける相手としては、これ以上なかろう。
「――セット、クナイ! ブレード! ブースト!」
『Roger Kunai Blade Rapidbooster Etherealize』
 これ以上戦闘が長引けば、ギノアの技量は間違いなくこちらを上回る。霊力の残量も少ない現状、恐らくはここが最後の好機。
 迎え撃つは真正面。神槍グングニルを構え、稲妻のように踏み込んでくるオーディンに向かって、辰巳はラピッドブースターを発動。
 一閃。交錯する二機の大鎧装。
 きぃん、と。清涼ですらある鋼の残響が、Rフィールド内に鳴り響いた。
 太刀と長槍。各々の得物を振り抜いた体勢で、背中合わせに動きを止めるオウガとオーディン。
 静寂は、僅かに一秒。
「ぐ、ぁ」
 ずん、と。オウガの右膝が、日乃栄高校のグラウンドに沈む。
 更に、ばきりと。
 右手のブレードが、胸部霊力装甲が、音を立てて砕け散った。グングニルの刃によって、まとめて破壊されたのだ。
 ひび割れたガラス細工のごとく、連鎖的に吹き飛ぶオウガの顔面。コクピットが剥き出しになり、辰巳とコンソールが姿を現す。
 衝撃によりプロテクターはボロボロ、フェイスシールドは爆ぜ割れ、顔の右半分が覗いている。見るも無残な有様だ。
「とったッ!」
 対照的に、オーディンは残心もそこそこにグングニルを構える。
「これでぇぇっ、終わ、り――?」
 後はパイロットを突き殺せば、サトウから受けた依頼は達成出来る――そう意気込みながら踏み込んだ瞬間、ギノアの背が粟立った。
 オーディン側からフィードバックした戦闘技能が、何かの危険を嗅ぎ取ったのだ。
 だが、だとしてもそれは何だ。何が危険なのだ。敵は既に瀕死であり、始末するのは赤子の手を捻るより容易い。
 そもそもオウガに武器はなく――と、そこでギノアの脳裏に電流が走る。
 交錯前、オウガが携えていたもう一つの得物。
 クナイが、無い。
「ッ!」
 切磋にギノアは足を止め、グングニルを構え直す。敵の攻撃に備えるために。
 だがまさにそのタイミングで、落下してきたクナイがオーディンを斬り裂いた。
 ――ラピッドブースターの発動と同時に、上空へ投擲していたクナイが、今まさに落ちてきたのである。
 完全に虚を突き、グングニルの間隙をくぐり抜けたその刃は、しかし胸部装甲を僅かに掠めるに留まった。
 ぴしりと、オーディンの装甲に亀裂が走る。自由落下のみならず、ラピッドブースターの加速力も上乗せされていたためである。もしあと半歩でも踏み込んでいれば、クナイはコクピットを貫いていただろう。実に十数年ぶりに、ギノアは戦慄を覚えた。
 だが、それだけだ。辰巳が放った最後の一手は、薄皮一枚を裂くだけで終わってしまった。
「ちぇ。こんなもん、か」
 霧散していくクナイを見やりながら、辰巳はつぶやく。
「そのようですね」
 眼前のオウガが今度こそ動けぬ事を確認し、ギノアは改めてグングニルを構え直す。
「ですが、大したものだったと思いますよ。掛け値なしでね」
 魔術師ギノアだけではない。同調した戦神オーディンの直感が、素直に辰巳を賞賛したのだ。
「ですが、これで、終わりですねぇ!」
 サトウの依頼を果たすため、己の夢を叶えるため。
 ギノアは、グングニルを振りかぶった。

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【神影鎧装レツオウガ メカニック解説】
オーディン・シャドー(2) 装備について

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