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AMCとは何か?

一橋大学経済学部の横尾英史です。
この記事では、Advance Market Commitment (AMC) と呼ばれる、イノベーションとそれへの投資を促進するための政策手段について紹介します。


AMC(事前買取コミットメント)とは?

この記事で解説するAMCとは、繰り返しになりますが、Advance Market Commitmentの略です。
AMCは、大企業・資産家・政府などが「まだ開発されていない新製品」を将来に購入することに「コミット(公約、約束、明言)」することで、新製品開発とその量産を促す「仕組み」です。
事前買取制度」とか「事前買取コミットメント」などと和訳することもあります。

新型コロナのワクチン開発で有名に

まだ市場に出回っていない、開発もされていない製品。
あるいは、試作品レベルで大量生産されていない製品。
でも、「こういうものがあったらいいな」という製品。
例えば、2019年末からの新型コロナウイルス流行時には、世界中でこのウイルスを対象とした予防接種「ワクチン」への需要が急激に高まりました。

もちろん、消費者のニーズがあるなら、放っておいてもいずれ誰かが開発し、量産し、販売してくれるでしょう。
しかし、その開発・量産を「より早く引き出したい時」に使われるのがこのAMCです。

イメージとしては、開発される前の製品を大口の需要家が「いくらでこれだけの量を予約注文する」といった感じです。
ただし、注文先は未定でも構いません。
なぜなら、誰が開発・量産してくれるか、それが技術的・費用的に可能なのか、注文時点では分からない状況だからです。

このAMCの仕組みが新型コロナウイルスや肺炎球菌感染症のワクチン開発で用いられました。
このAMCがあったことでワクチンの開発・普及がどのくらい早まったかは、今後の丁寧な効果検証が必要です。
しかし、無かった場合よりも早くより多くの国にワクチンが普及した可能性があると筆者は考えています。

AMCがイノベーションを引き出す理由

どのようなメカニズムで、AMCが新製品の開発・量産を早めるのでしょうか?

繰り返しですが、AMCは大口の需要家がまだ見ぬ製品を大量に「事前購入の予約」をします。
その際、その買い取り価格と量を「宣言」というか「契約」というか「コミット」するところにポイントがあります。

こうすることで、開発者・製造者側の「これ作っても売れるのかな?」という躊躇を取り除き、開発・量産への投資を促すのです。
また、「いくらで売れるか分からない」「完成してから交渉しても、大口の需要家には足元を見られて買いたたかれるかもしれない」という不安もあるでしょう。
その不安のせいで生産者が開発・量産に「二の足を踏む」ことになれば、生産者側にとっても先行者利得を逃すことになりますし、需要家側にとっても製品が届くのが遅れてしまって残念です。

このような「躊躇」や「不安」(需要の不確実性)を極力取り除くために、「こういう仕様の製品を開発・量産してくれたら、このお値段でこれだけの量を買い取ります」と需要家が先に明文化・明言するわけです。

類似の他の仕組み

似たような「イノベーション促進の仕組み」と見比べることで、AMCの理解を深めましょう。

研究開発補助金との比較

新製品開発を促すには「研究開発への助成金」や「量産・社会実装への補助金」といった政策が定番です。
日本でも様々な研究開発補助金政策が実施されています。

この補助金・助成金政策をAMCと比べてみます。
AMCを単独で用いる政策の場合は、完成時までは大口需要家からの金銭的支援は無く、お金のやり取りが生じません。
逆に、補助金政策の開発者・量産者側にとってのメリットは、開発時に予算をもらえることです。
先に予算を政府等からもらって、それを使って開発・量産できます。
この点、AMCでは別の投資家などから資金を調達する必要が出てきます。

補助金政策の開発者・量産者側にとってのデメリットとしては、開発・量産後にそれが「売れるか」には不確実性が残る点です。
売れるか分からない製品への開発・量産にはリスクが生じ、開発・量産者も思い切って投資することが難しいかもしれません。
また、補助金政策の投資側・政府側にとってのデメリットとしては、「誰が開発・量産してくれるか分からない」という不確実性があります。
そのため、補助金申請書を要求し、審査して選定という作業が生じます。
その時間的なコストもデメリットといえるでしょう。
また、仮に選定できたとして、そのチームが「開発・量産するポテンシャルを持っているか」も不確実です。
さらに、補助金をもらった開発・量産者が…手を抜くようなことは無いかもしれませんが、補助金をもらったことで半ば満足してしまって、わりとゆっくりと開発に取り組んでしまうかもしれません。

この点、AMCは開発・量産のゴールの方に飴やにんじんをぶらさげる政策です。
どうにかして資金を確保して、血まなこになって開発・量産に取り組むチームや企業も出てくるでしょう。
また、事前に審査・選定する必要がありません。
購入量とお値段を公約して待っていれば、成功したチームが完成品を持ってきてくれます。
これこそがAMCのメカニズムの神髄で、こうして開発・量産をスピードアップできるのではと、理論的に考えられています。

研究開発補助金とAMCのメリット・デメリットの比較
考案:横尾英史/作図・LAIMAN

イノベーションを市場の自由な流れにゆだねるのではなく、アクセラレートしたい。
そんな時に、開発・量産者の背中を押すのが補助金政策で、確度の高い需要を創出してひっぱるのがAMCといったイメージです。(図参照)

プライズやFITとも似ている

他にも同じ目的の類似の政策手段があります。
例えば、イノベーションを誘発するための「プライズ」です。
こういう製品を開発したら「賞金」を出す。
そんな発明コンテスト的な手段とAMCも似ています。
ただ、AMCでは「ワクチン100万本を単価いくらで買う」という量×単価=ファンドサイズ総額も明記した公約になる点が、単に「賞金1億円」といったプライズとは異なります。
プライズでは、資産家や政府が比較的アバウトに賞金額を決められ、しばしば目をひく切りのいい数字が使われるでしょう。
これとは異なり、AMCの設計には、仕様の策定や単価設定やファンドサイズの決定などの必要が出てきます。
この細かい制度設計が必要な点はAMCの難しさでもありますが、逆に言うとプライズよりも厳密な分、開発・量産者にとっては目標がクリア(将来の需要が確実)になります。

また、固定価格買取制度(Feedi-in tariff: FIT)とも似ています。
日本でも2012年より再生可能エネルギーによる発電を普及させるために用いられました。
このFITとAMCはとてもよく似た制度です。
理論的にはFITとAMCは兄弟のようなものです。
ただし、FITは「すでに開発されていて」「その費用・お値段が既存製品よりも高い」といった状況で、その価格差をカバーして普及を促進するために用いられる政策手段といえます。
AMCは「既存の代替的な製品も無い」「そもそも開発されてもいない」「でも量産してほしい」といった製品を対象としている点で異なります。

なお、政策手段の定義や理論的な違いは上記のようにありますが、現実には、研究開発補助金や他の似た政策手段とAMCが併用されることが多いです。

気候変動対策にもAMC

近年、気候変動を緩和するための新製品・新技術の開発にもこのAMCが用いられ始めています。
例えば、「大気中の二酸化炭素を回収して貯留したら1トン当たりAドルを支払う」という「売り手のいない契約=AMC」を行うファンドがアメリカに登場しています。
また、すでに生産者側が一社に絞られたいわゆる通常の契約ですが、「核融合で発電したら1kWh当たりBドルでCメガワットを購入」というニュースもAMCを想起させます。

これらの「気候変動AMC」の特徴として、テック企業、資産家、スタートアップらが「将来の」の大口購入者としてコミットしている点も特徴です。
気候変動対策といえば、各国政府や国連のような国際機関が政策手段と国際協定を組み合わせて取り組むイメージでした。
それが、イノベーションを担ってきた投資家・スタートアップによって、さらに、AMCといった新たな「仕組み」も活用して進められている点が新しい潮流を感じさせます。

さながら、気候変動「対策のイノベーション」であるとも言えますね。

今後、他の製品や他のClimate Techも対象としたAMCが世界中で登場する可能性があります。
例えば、「発電・蓄電・送電の周辺機器」、「長期エネルギー貯蔵」、「新燃料」、「非ガソリン自動車とその周辺」、「水素関連技術・製品」、「CCUS(二酸化炭素の回収・利用・貯留)」、「省エネ素材・製品」などの開発・量産を対象としたAMCが登場するかもしれません。
その際の大口需要家は、どこかの国の政府系ファンドかもしれませんし、ベンチャーキャピタルやサプライチェーンの最上流や最下流を担う大企業かもしれません。

日本でも、投資家、資産家、大企業、そして、政府による「気候変動AMC」が出てくると面白いでしょう。
気候変動AMCという、
イノベーションを引き出す「イノベーティブな気候変動対策」に注目です。

2023年9月 横尾

参考文献

[1] Kremer, M., Levin, J., & Snyder, C. M. (2020). Advance market commitments: Insights from theory and experience. AEA Papers and Proceedings, 110, pp. 269-273.
[2] Kremer, M., Levin, J., & Snyder, C. M. (2022). Designing advance market commitments for new vaccines. Management Science, 68(7), pp. 4786-4814.

謝辞

この記事の作成には一橋大学経済学部2年・仁科悟さん(横尾研究室・研究補助員)の多大な作業と貢献がありました。また、グラフィックの作図ではLAIMAN・高柳航さんに貢献いただきました。ここに感謝します。





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