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社内への立ち入りを禁止できるか

 おはようございます。弁護士の檜山洋子です。

 今、桐野夏生さんの「砂に埋もれる犬」をぼちぼち読んでいます。時間がなくて風呂に浸かっている間だけ読んでいるので、本当にぼちぼちです。

 この話の中で、誰かが勝手に自宅敷地に入り込んでいることに気付いた住人が門扉を新しく設置して安心する、という場面があるのですが、正当な理由もなく自分のテリトリーを犯されるのはとても気持ちの悪いものです。

 令和3年5月17日に東京地方裁判所で出された判決は、大学の非常勤講師に対して大学構内への立ち入りを禁止したことが違法かどうかについて判断しました。
 会社において、従業員の会社構内への立入り禁止を命じることができるかどうかを判断するに際して参考になると思われますので、今日はこの判決を紹介します。

事案の概要

 原告は、平成23年4月1日に被告の運営する大学に非常勤講師として採用され、令和2年3月末に辞職しました。

 被告は、原告が、平成30年4月から5月の間の大学における講義中に以下のハラスメント行為や不適切行為を行ったことを理由に、平成30年10月17日、2020年3月まで講義と大学敷地内への立入りを禁じる命令(本件業務命令)を出しました。

ハラスメント行為1-受講者P1(女性)に対して交際相手の有無を尋ねた。ハラスメント行為2-同人に対して性体験の有無を尋ねた。
ハラスメント行為3-受講者P2(男性)に対して交際相手の有無を尋ねた。ハラスメント行為4-同人に対して交際相手の写真を見せるよう要求した。ハラスメント行為5-同人に対してその写真を周囲の学生にも見せるよう要求した。
不適切行為1-受講者P1に対して講義中に質問を集中させた。
不適切行為2-同人の髪を触った。

 なお、原告は労働組合の書記長を務めていたところ、正当な労働組合活動のために必要な範囲で敷地内に立ち入ることは認められ、また、講義・立入禁止期間の賃金として非常勤講師の本俸表に基づく本俸のみが支給されました。

 原告は、無効かつ違法なこの業務命令により、大学教員として学生に教授する利益等を侵害されて精神的苦痛を受けたとして、不法行為による損害賠償請求権に基づき、被告に対して慰謝料300万円等の請求をしました。

判決の内容

 東京地方裁判所は、以下の理由により、本件業務命令はその必要性に応じた相当な内容の業務命令であるから、本件業務命令が業務命令権を濫用したものとして無効であるとはいえず、また、本件業務命令に不法行為が成立する程の違法性があったと評価することもできないとして、原告の請求を棄却しました。

1 判断の枠組み

 使用者である大学は、雇用する教員に対し、労働契約に基づき大学の管理運営の一環として必要な事項について業務遂行のための指示又は命令を業務命令権として行使する権限を有しており、その行使について裁量権を有することから、被告が教員に対して行う業務命令の内容については被告の合理的な裁量に委ねられる。もっとも、当該業務命令を業務上の必要性を欠き又は社会通念上著しく合理性を欠く場合、殊更に労働者に対して不利益を課するなどの違法、不当な目的でされた場合には、業務命令権を濫用したものとして無効となる。そして、その判断に当たっては、当該業務命令の業務上の必要性の有無及び程度、その動機・目的、当該業務命令が労働者に与える影響の程度などを総合的に考慮して判断すべきである。

2 本件業務命令に業務上の必要性がある

 本件各行為は、男性教員である原告が女子学生を含む学生に対して性的な事実関係を尋ねたり一方的に身体接触したりしたものであり、大学の教員としての優越的な立場を利用し、学生のプライバシーに立ち入り、不快な感情を与えたものであって、教育者として明らかに配慮を欠いた行為であり、これに本件不適切行為を加えた本件各行為は、P1及びP2の意に反する不適切な言動であり、両名の安全な環境における就学を害するものといえる。
・・・良好かつ適切な就学環境を提供する義務及び安全配慮義務を追っていた被告としては、被害者と加害者が再度接触しないための措置を講じ、両名が被告大学に通学できない事態を防止し、両名に就学上の不利益が生じないよう配慮する必要性があったものといえる。
 そうすると、本件各行為がハラスメント等に該当する以上、被告において被害者であるP1およびP2の心情及び在学期間を考慮し、本件業務命令時点において3年生であったP2の卒業予定時期である令和2年3月31日までを終期として、原告の講義及び被告大学への敷地内への立入りを禁止し、これを維持した本件業務命令は、良好な就学環境を実現するために具体的な必要性が存在したというべきである。

3 本件業務命令の動機・目的・手続きは不当ではない

 被告は、原告に対し、本件業務命令で指定された期間中、原告が本件労働契約の内容どおりの講義を実施していないにもかかわらず、同契約に定められた講義の対価として本俸を支給していたことに加え、組合活動を行うため本件組合の事務所へ通う場合には被告大学敷地内への立ち入りを例外的に許しており、原告が被る経済的不利益や原告の組合活動への制約に配慮した本件業務命令を発令したことが認められ、・・・本件業務命令に殊更に原告に対して不利益を課する目的があったということはできない。
・・・被告は、複数の学生からハラスメントの申立てがあったことを契機として、被告ハラスメント規程に基づき、本件審査会による調査を経て、本件各行為をハラスメント行為又は不適切行為と認めた上で、・・・安全配慮義務の一環として本件業務命令を発令したものであって、本件業務命令に係る経緯やその動機、目的、手続きにおいて不当な点も見当たらない。

4 本件業務命令は原告の利益を必要以上に過度に制約するものではない

  被告は、原告に対して、本件業務命令の全期間にわたって本俸全額を支払っていたことや、論文発表や研究会への出席などについて禁止されているわけでもなかったこと、被告大学以外の大学において継続的に講義できていたことから、原告が本件業務命令によって大学教員として被る不利益や制約される研究活動は限定的であったとしました。また、組合活動のための構内への立入りは認められていた点もふまえて、原告の権利や利益をその必要性を超えて過度に制約するものとはいえない、としました。

正当な理由と適正な手続き

 従業員の会社構内への立入りを禁じる場合も同様に、正当な理由なく、また、禁止する理由と考える事実を認定するに当たって適正な手続きを取らなかったにもかかわらず、漫然と「危険だから」という理由で行うと、その業務命令は無効であるとされる危険性があります。

 どうしても必要なんだ、という正当な理由があるのかどうか、制限は必要最小限のものかどうかをよく考えてから、構内立入り禁止の業務命令を出すようにしましょう。

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