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その配転命令は適法?

 おはようございます。弁護士の檜山洋子です。

 今日は、配転命令について、どのような配転命令であれば適法なのか、経営者が気を付けなければならないことは何か、について軽く説明します。

配転とは

 「配転」というのは、従業員の配置を変更することです。

 ちょっとした変更ではなく、職務内容と勤務場所が相当長期間にわたって変更されるものを配転と呼びます。

 配転には、「配置転換」と「転勤」があります。

 「配置転換」は、同一勤務地内で所属部署を変更すること、「転勤」は、勤務地を変更することです。

配転を命令する権利

 使用者には、人事権のひとつとして、労働者の職務内容や勤務地を決定する権限があります。

 就業規則にも、「業務の都合により、出張、配置転換、転勤を命じることがある」というふうに規定していることが多いでしょう。

 職種・職務内容や勤務地を限定して採用した労働者については、その限定した範囲内での勤務が労働の条件となっていますが、そうでない場合には、本人の能力や組織の労働力の分配方法などに応じて、適切な部署への異動を命じることができます。

権利の濫用は違法

 どんな権利でも濫用すると違法になりますが、配転命令権も濫用すると違法になります。

 なにが「濫用」といえるのか、については、一律に決まったボーダーラインがあるわけではなく、個々の事案に応じて、業務上の必要性があるか、従業員に職業上・生活上の大きな不利益を与えることになっていないか、等の労使相互の利益を衡量して決められます。

不当な動機・目的があるときは別

 業務上の必要性があり、従業員の職業上・生活上の不利益もそれほど大きいとはいえないとしても、配転命令に不当な動機や目的があるときはどうでしょうか。

 配転命令の違法性が争われた東亜ペイント事件(最高裁判所第二小法廷昭和61年7月14日判決)で、最高裁は、不当な動機・目的がある配転命令は違法であるとしつつ、本ケースではそのような不当な動機・目的はなかったので配転命令は有効であると判断しました。

【事案の概要】

 上告会社は、大阪に本店及び事務所を、東京に支店を、大阪外2か所に工場を、全国13か所に営業所を置き、従業員約800名を擁して、塗料及び化成品の製造・販売を行う会社です。労働協約と就業規則には、転勤、配置転換等の異動を命じることがある旨の定めがありました。上告会社では、従業員、特に営業担当者の出向、転勤等が頻繁に行われており、大阪、東京から地方の営業所に転勤し、2、3年後にまた大阪、東京に戻るというような人事異動もしばしば行われていました。

 被上告人は、昭和40年3月に関西学院大学経済学部を卒業し、同年4月上告会社に入社すると同時に大阪事務所の第一営業部に配属されました。被上告人と上告会社との間で労働契約成立時に被上告人の勤務地を大阪に限定する旨の合意はありませんでした。被上告人は、大学卒業の資格で上告会社に入社し、入社当初から営業を担当していたので、業務上の必要に基づき将来転勤のあることが当然に予定されていました。そして、被上告人は、昭和44年4月に株式会社ヤマイチ商店大阪営業所へ出向となり、昭和46年7月に出向を解かれて上告会社の神戸営業所勤務となり、昭和48年4月に主任待遇となりました。その間、塗料の販売活動に従事していました。

 上告会社では、広島営業所のA主任の後任として、広島営業所の塗料販売力を増強することができ、かつ、所長の補佐もできる係長、主任、主任代理クラスの者を広島営業所へ転勤させることが必要となり、昭和48年9月28日、当時神戸営業所に勤務していた主任待遇の被上告人に対し広島営業所への転勤を内示しました。しかし、被上告人は、家庭事情を理由に転居を伴う転勤には応じられないとして、右転勤を拒否しました。

 上告会社は、被上告人があくまで右転勤を拒否する場合には、広島営業所のA主任の後任には名古屋営業所のB主任を充て、B主任の後任として被上告人を名古屋営業所へ転勤させることとし、同年10月1日、被上告人に対し広島営業所へ転勤するよう再度説得しましたが、被上告人がこれに応じなかったため、その場で名古屋営業所への転勤を内示したところ、被上告人は、家庭事情を理由に、これも拒否しました。

 上告会社は、同月8日に50名の定期異動を発令したが、被上告人に対する転勤発令は延ばして名古屋営業所への転勤の説得を重ねました。しかし、被上告人がこれに応じなかったため、上告会社は、被上告人の同意が得られないまま、同月30日、被上告人に対し、名古屋営業所勤務を命ずる旨の本件転勤命令を発令しましたが、被上告人は、これに応じず、名古屋営業所へ赴任しませんでした。

 そこで、上告会社は、やむなく、同年12月18日、被上告人に代えて大阪営業所勤務で昭和45年入社のCを名古屋営業所B主任の後任として転勤させました。そして、上告会社は、被上告人が本件転勤命令を拒否したことは就業規則68条6号所定の懲戒事由たる「職務上の指示命令に不当に反抗し又は職場の秩序を紊したり、若しくは紊そうとしたとき」に該当するとして、昭和49年1月22日、被上告人に対し本件懲戒解雇を行いました。

 なお、上告会社においては、名古屋営業所のB主任の後任者として適当な者を名古屋営業所へ転勤させる必要がありましたが、是非とも被上告人でなければならないという事情はなく、名古屋営業所において被上告人の代わりにCを転勤させたことによる支障は生じませんでした。

 被上告人は、本件転勤命令が発令された当時、母親(71歳)、妻(28歳)及び長女(2歳)と共に堺市内の母親名義の家屋に居住し、母親を扶養していました。母親は、元気で、食事の用意や買物もできましたが、生まれてから大阪を離れたことがなく、長年続けて来た俳句を趣味とし、老人仲間で月2、3回句会を開いていました。妻は、昭和48年8月30日に東洋紡績株式会社を退職した後、無認可の保育所に保母として勤め始めるとともに、右保育所の運営委員となりました。右保育所は、当時、保母3名、パートタイマー2名の陣容で発足したばかりで、全員が正式な保母の資格は有しておらず、妻も保母資格取得のための勉強をしていました。

【大阪高等裁判所判決】

 原審である大阪高等裁判所は、以下の理由を述べて「被上告人が拒否しているにもかかわらず、あえて発せられた本件転勤命令は、権利の濫用に当たり、無効であり、被上告人が本件転勤命令に従わなかつたことを理由になされた本件懲戒解雇も、無効である」としました。

 本件転勤命令が上告会社の業務上の必要性に基づくものであることは肯認されるべきであるが、右の必要性はそれほど強いものではなく、他の従業員を名古屋営業所へ転勤させることも可能であったのに対し、被上告人が名古屋営業所へ転勤した場合には、母親、妻及び長女との別居を余儀なくされ、相当の犠牲を強いられることになること、また、被上告人は、昭和40年4月に上告会社に入社して以来、株式会社ヤマイチ商店に出向したほか、神戸営業所へ転勤し、神戸営業所勤務となってから本件転勤命令が出されるまでに2年4か月しか経過していないこと等に照らすと、被上告人には名古屋営業所への転勤を拒否する正当な理由があったものと認めるのが相当である。

【最高裁判決】

 これに対し、最高裁判所は、以下の理由により、本件配転命令は有効であると判断しました。

 使用者は業務上の必要に応じ、その裁量により労働者の勤務場所を決定することができるものというべきであるが、転勤、特に転居を伴う転勤は、一般に、労働者の生活関係に少なからぬ影響を与えずにはおかないから、使用者の転勤命令権は無制約に行使することができるものではなく、これを濫用することの許されないことはいうまでもないところ、当該転勤命令につき業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても、当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合でない限りは、当該転勤命令は権利の濫用になるものではないというべきである。右の業務上の必要性についても、当該転勤先への異動が余人をもっては容易に替え難いといった高度の必要性に限定することは相当でなく、労働力の適正配置、業務の能率増進、労働者の能力開発、勤務意欲の高揚、業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは、業務上の必要性の存在を肯定すべきである。

不当な目的・動機は限定的といえど注意が必要

 後に数多くの裁判で規範として使われているこの最高裁の判断基準は、不当な目的・動機がある配転命令は違法であるものの、業務上の必要性についてはある程度緩やかに使用者側の事情を考慮するものでした。

 とはいえ、不当な目的・動機が認定されれば、そのような目的・動機をもってした配転命令が違法になることは明確に示されていますので、配転命令を下す際は、純粋に業務上の必要性があることを確認するようにしましょう。

 

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