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夢・あたためて-春になると思い出す旅立ちの唄

毎年今の季節になると卒業前の独特な空気を思い出す。個人的には最高だった中学校生活を終える直前のこの時期のことが一番心に残っている。

小6の終わり際に横浜銀蝿の存在を知ったことで、そのまま中学の3年間は横浜銀蝿・銀蝿一家一色で染まった青春時代。まさに銀蝿一家命状態の日々だった。そんな中学の3年間はいろいろなことがあった。横浜銀蝿に出会ったことで、今までは考えなかったようなことを考えたり、子供ながらも少し大人に憧れて、無理して大人ぶった生活を送るようになっていった。それが原因で親や先生ともぶつかったし、逆に友達との時間は愛おしいほどにきらめいていた。

そんなきらめいた時間の締めくくりとも言える中3の1月にリリースされたのが紅麗威甦の最後のアルバムとなる「ヨ・ロ・シ・ク四」だ。このアルバムが中3の卒業を間近にしたオレのサウンドトラックとなっていたことは間違いない。

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高校の入学試験直前に出たこのアルバム。親や先生からも「高校に合格してからたっぷり聴きなさい」と言われ、普段は大人のそんな言葉に耳を傾けないオレでも、さすがにこのアルバムにうつつを抜かして高校スベったらヤバいな…という気持ちもあって、しっかり聴いたのは高校受験をなんとか乗り切ってからのタイミングだった。

高校に合格し、あとは卒業式を迎えるまでの自由でのんびりした時間は幸せだった。ここまではとにかく勉強・受験・規則でピリピリしていた学校だがこの時期は浮ついた空気で、残り少ない中学生活、友達との楽しい時間を満喫するための場所として存在していた。

学校では普段、カバンの中に銀蝿一家のカセットテープをしのばせているだけで呼び出しを食らったものだが、この卒業前の毎日はとにかく自由で、誰かが持ってきたラジカセに各々好きな歌手の曲のカセットを入れ、教室にその音楽が流れるという、これまでの学校生活では考えられない状況だった。

その時にオレが教室に持っていったのはもちろん紅麗威甦の「ヨ・ロ・シ・ク四」だった。「高校なんて行ってもしょうがない」と強がっていたオレでもやっぱり自分が行く高校が決まったのはすごく嬉しかったし、それまでなるべく聴くのを我慢していた「ヨ・ロ・シ・ク四」をとにかく聴きまくっていたのだった。

教室では、アルバムの1曲目の「DRIVE大作戦」から大盛り上がりだったが、3曲目の「夢・あたためて」で教室の空気は一変した。前置きが長くなったが、今日のコラムはこの「夢・あたためて」について書こう。この曲はなんとも思い出深い大切な曲なのだ。

この「夢・あたためて」は、紅麗威甦の中でも個人的にはかなり上位にくるほど好きな曲だ。なんたってメロディーがいい。作曲はCherry Boysという名義であるが、残念ながらこれが誰だかは今でも分からない。過去に紅麗威甦の「We just Rock'n Roll」、BLACK SATANでは「Rock'n Roll Night」「BAD DREAM」「10月のアニー」を作曲していてどの曲もかなり出来が良い。調べてみると70年代にチェリーボーイズというロックンロールバンドがいたようだが、このバンドと紅麗威甦、BLACK SATANとの関係は分からなかった。

まあとにかくメロディーが良いのは間違いない。イントロでのギターフレーズとライドシンバルを鳴らしながらどっしりとしたリズムがいきなり印象に残る歌だ。


  夕暮れの校庭 青春の日に
  背を向けて 行くのよ 想い出残して…
  まるめこんだ 卒業証書 胸に抱いたら
  立ち止まらず 歩く 明日に向かって…
  心を駆けぬく 小さな夢は
  誰にも語らず あたためながら

  振り向けばそこには 友達の顔
  そばに居た 貴方は 都会に旅立つ…
  修学旅行 二人 撮った写真を
  見つめながら 泣いた 
  淋しさに負けて…
  せつなさ涙に 変えてみても
  貴方に逢えない 別れの季節

  制服を脱いだ 今でも忘れない
  指切りまでした や・く・そ・くを

  都会の香りに 染まらないうち
  優しい笑顔で 迎えに来てね
  いつかはかならず 貴方のそばで
  生きてく私よ…

  心きめて まっているの
  夢・あたためて


学校を卒業し、都会へ旅立つ恋人への想いを歌った女性目線の歌詞だ。この歌詞は桃太郎が書いている。いつの間に桃太郎はこんな歌詞を書けるようになったのだろう。光景が目に浮かぶようでとても上手く表現がされている。

オレは中学を卒業してどこか遠くへ行くわけでもなかったし、離れ離れになる恋人がいたわけでもない。この歌詞のような境遇では全くなかったが、卒業を迎える状況がジャストだったというわけだ。中学で毎日馬鹿なこと言ってワイワイしていた友達と違う学校へ行き、これからはなかなか出会うこともないのかもしれない…そんな淋しさがまさにこの曲にフィットしていたのだ。

教室でこの曲を流した時、クラスメイトも同じ気持ちになっていたのだろう。何人かがオレの耳元で「この曲いいよね!」と言ってきた。この曲が流れた時に、今までワイワイと騒がしかった教室のみんなが別れを実感した瞬間だった。

桃太郎が歌うボーカルもまた優しくて切なくてたまらなかった。優しく丁寧に、そして熱さは心の中に秘めながらという感じに歌う桃太郎の声はみんなの心にも響いたはずだ。

また、この曲は単なる別れ歌ではなく、「優しい笑顔で 迎えに来てね いつかはかならず 貴方のそばで 生きてく私よ…」といつかはまた一緒になるのだという女性の強い意志が込められている。おそらくオトコは夢を叶えるために都会へ行くのだろう。とても前向きな別れであり、そして永遠の別れではない。

この前向きな別れ歌は、卒業を間近に控えた自分の気持ちに見事にリンクした。だから春が近づいてこの頃のことを思い出す時には必ずこの曲が頭の中でも再生される。オレにとってこの曲は春先の季節のサウンドトラックなのだ。

卒業前のこの時期は先生も教えることはもうないようで、特に意味のないお遊びのような小テストが日々行われていた。以前、コラムで中3の時の担任の先生との話を書いたが、この担任は美術の先生だったので美術の小テストが行われた。簡単なお題を出されそのお題から想像する絵を描かされたりした。最高だったのが、「モナ・リザ」の絵についての問題。「この絵を描いた画家を答えなさい」という4択の問題だった。1.レオナルド・ダ・ヴィンチ 2.ミレー 3.ゴッホ 4.杉本哲太 という4択だった。当然オレは4の杉本哲太と答えたわけだが、返ってきた答案には赤いペンで◯がついていた。そんな先生の遊び心がたまらなく好きだった。


そんな担任の先生とは常々「杉本哲太と桃太郎の歌はどちらがいいか」についてよく会話していたのだが、教室で「夢・あたためて」を聴いていた時に先生が「先生は哲太派だけど、この曲の桃太郎はいいね!」と言ってくれたのをよく覚えている。

この曲に出てくるような恋人との別れはなかったが、共に銀蝿一家で盛り上がれた友達や銀蝿一家のことを理解してくれた先生との別れはなんとも言えない寂しさがあった。人生に於いてこれが初めての別れの感覚だったように思う。

そんな楽しくて思い出深い中3の卒業間際の生活。それぞれの人生へ旅立つ別れのタイミングで欠かせない曲がこの「夢・あたためて」であり、それは今でも甘酸っぱいいい思い出としてオレの心の中に今でもあたためられ続けている。


it's only Rock'n Roll

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