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犬の幸せって?

しつけや問題行動で、飼い主さんから「無駄吠えが多いけど、吠えるのは犬にとって普通の行動だから、人間が我慢したほうがいいのでしょうか?」とと相談されることがあります。

確かに「吠え」は、犬にとっての「正常行動」です。ただ、犬が人間と一緒に暮らす社会の一員である以上、近隣の方や家族の迷惑とならず、よりよい暮らしを目指していく必要があります(特に犬嫌いの方もいらっしゃいますので、そういう方にも配慮できるとよいですよね)。一方で、犬らしく生活をさせてあげるということも非常に重要で、そこで注目されているのがウェルフェアという考え方です。

犬にとってのウェルフェアとは

動物にとっての幸せを考えることを「アニマルウェルフェア」と呼びます。学問上、①主観重視 ②機能重視 ③本来の性質に合致しているか の③つのアプローチで考えていきます。

①主観重視とは
「動物の主観的感情」に重点を置き、特に苦痛や楽しさなど、動物が実際に経験することで定義されます。人間もそうですが、動物は満足感や快楽がより大きく、痛み、恐怖、不安などのネガティブな状態が少ない環境を選びます。犬が何を感じているかを観察し、いかに楽しいという環境を作れているか、ということが大事になってきます。

ただし、このアプローチは「感情が観察されづらいものである」という点に注意が必要です。例えば子犬が母犬と離れて鳴いているときは、声の頻度や大きさなどで、どの程度子犬が寂しがっているか、がわかりますよね。一方、犬がどのように感じているか、ということは観察者のスキルによってばらつきが出てしまいます。また観察者の存在自体が、犬の感情に影響を与えることにも注意しないといけません。

Tip
この手法は「飼い主の主観」ではなく、「動物の主観」を大事にしますので、擬人化を行ってはなりません。飼い主が「寒いだろうなぁ」と思って洋服を着せていても、実は洋服なしのほうが動きやすくて犬にとってはうれしいかもしれません。擬人化を避け、犬の行動や反応を見て、犬が何を感じているのか判断するようにしましょう。

②機能重視とは
「生物学的機能が正常か」でウェルフェアを評価する方法です。例えば「病気にかかっていないか」「けがをしていないか」「栄養不良ではないか」ということは、健康診断をすればわかりますよね。あわせて、ウェルフェアの程度が高ければ、成長や繁殖レベルが高く、寿命が長くなります。生理学、行動学、病理学的なアプローチで判断できます。特に体調不良や環境悪化を動物が認知していない場合、①の主観的アプローチでは判断ができないですよね。

なお、ストレス反応に関しては、ストレスを示すグルココルチコイドの分泌の指標で判断することもありますが、人間同様、ストレス反応自体が悪いものではありません。そのストレス反応が持続し、健康や生活を脅かすものである場合にウェルフェアに悪影響があると定義されます。

例えば、寒中水泳は一時的にストレス反応を起こしますが、結果として免疫力が上がるという健康法ですよね。これは動物も同じで、自由にごはんを食べていたネズミより、慢性的な栄養不足状態のネズミのほうが長寿であることも観察されています(McCay,1939)。とはいえ、長期的な飢えを伴っていること(主観的アプローチ)を考えると、長寿であることが幸せであるとも言い難いと考えられています。

③本来の性質に合致しているか、とは
動物は自然な環境の中で、動物たちが自然な方法でふるまえているか、ということを重視します。例えば、ブロイラーで飼われている鶏や、動物園のライオンなど、本来の自然環境で普通に行っている「走る」「狩りをする」などの行動が制限されます。

日本でも旭山動物園などで、動物の行動展示が行われていますが、人間が楽しむだけでなく、動物が持っている遺伝的な行動を表現させるということが、重要になります。このアプローチは、自然における行動と飼育下における行動を比較し、そのギャップが不足を示すと考えられます。

Tip
このギャップには熱帯の動物が寒冷地の動物園に連れてこられたときに震える、集団で身を寄せて保温しているなど、「通常の生育地で見られない行動」も含まれます。

上記の3つのアプローチは違う概念に基づいていますが、この3つのアプローチを総合的に判断し、動物のウェルフェアを考えていくことが重要です。


5つの自由

飼い主に「あなたや家族にとってペットはどんな存在ですか?と聞くと、「家族の一員です」「癒しです」と答えてくださいます。犬がいるだけで、人間の生活は豊かになりますよね。一方、「ペットにとってあなたはどんな存在ですか?」と聞くと、考え込んでしまう飼い主さんが多いように感じます。飼い主として、動物としての犬に何を提供してあげるべきでしょうか?

アニマルウェルフェアを考えるとき、特に重要なのはこの5つの自由です。

1.飢え、渇きからの自由
2.不安感、不快感からの自由
3.痛み、怪我、病気からの自由
4.恐怖、苦痛からの自由
5.正常な行動を表現する自由

最近室内で犬を飼うことが増えてきましたが、以前は外で犬を飼うのが当たり前でしたよね。ドイツでは、「屋外の犬舎は断熱効果のある素材で、負傷する危険がなく、濡れずに休めるものを提供すること」と法律で決められています。また室内であっても、「自然採光が確実に保証され、新鮮な空気が十分に供給されること」と定められています。つまり、窓がないような地下での飼育は犬にとって健康を損ねる可能性があるため、NGなんです。


正常な行動を表現する自由とは?

こうした飼育環境やフード・水などは飼い主の方もかなり配慮されていると思いますが、「5.正常な行動を表現する自由」というのはどうでしょうか?

犬にとって、「吠える」「マーキングする」というのは自然な行動です。しつけで不適切なシーンで吠えないようにする、マーキングしないようにするということはできたとしても、本能的な「吠えたい!」「マーキングしたい!」という欲求が消えるわけではありません。適切な方法や場で発散させてあげる必要があります。そのため、マーキングをしたいのであれば、マーキングしてもよい場所を家の中で作ってあげたり、エネルギーが有り余っているのであれば、知育玩具や散歩などで適度にエネルギーを発散させてあげることが重要です。

また、動物同士のふれあいも重要になってきます。本来群れやつがいで生活する動物は、単独でいることにストレスを感じたり、相手がいないにも関わらず、行動だけが表現されたりします。動物同士、飼い主との必要な交流の時間を持つようにしましょう。


犬のウェルフェアを向上させるには?

まずは、ストレスの原因が何かを把握し、それを排除しましょう。例えば、小さなお子さんのいらっしゃる過程では、犬が緊張してしまうことがあります。子どもが近づかず、犬が安心して過ごせる場所などの家庭でのルールを作ったり、子どもが怖くない、と認識できるようトレーニングを行っていきましょう。

次に社会の一員としてきちんと生活できるように「しつけ」を行います。しつけは飼い主とのふれあいの時間でもあり、また犬にとっての学習による身体的・精神的な刺激が提供できます。私が見てきた中で、トレーニング嫌いの子はいません!みんな喜んでトレーニングをやってくれます。

Tip
ここで気を付けたいのは、あくまで犬に優しく、効果的で、倫理的な手法をとる、ということです。そこで、そのトレーニングをする前にこの質問を自分にしてみてください。

Q1:犬は、そのトレーニング方法で学習が進んでいますか?
Q2:犬が、身体的、精神的に活発にトレーニングを行っていますか?
Q3:そのトレーニング方法は犬にとって、公平ですか?


もしNOが一つでもあるのであれば、違う方法を試してみてください。いろんなしつけの方法がネットにあふれていますが、どの犬にも効く魔法の方法というのはありません。犬種特性や犬の個性に合わせてトレーニング手法は変えていきましょう。


犬にとってのウェルフェアを追求しすぎると、人間社会の中で暮らしづらくなりますし、人間の都合を押し付けすぎると、犬らしく生活することが難しくなります。

飼い主は犬を「管理する」責任がありますので、飼育管理上の責任を果たしつつ、いかに犬のウェルフェアを向上させていけるのか、ということをぜひ考えていただければと思います。





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