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走らされる世界に生きて

久しぶりに田舎に帰った俺は、呑み屋街の余りの廃れた光景に愕然とした。


あちこちの商店街が、軒並みシャッター商店街になっていることは、10年前には既に、ニュース等で知っていた。

だが自分が育った町で、現実を目の当たりにすると、結構ショックだと思った。


世間で云う、アラフィフになった自分には、どことなく身に詰まされる物も感じた。


   ガラ……


「らっしゃいせー!」

大将の元気な声が救いに思える。

20代に、仲間達と来た時から変わっていない椅子とテーブルは、くたびれてはいるが、現役で頑張っていた。


「なんにしまっしょう」

大将の独特な話し方も、変わっていない。


「ハイボール。それから、偽物のシシャモを」


大将が笑っている。

「ハイボールと偽シシャモ。毎度!」

バイトらしき女の子がハイボールを持って来た。

慣れていないのか、性格なのか、

やっと聞き取れるような小声で、

    ごゆっくり


そう云って、足早に行ってしまった。

俺がハイボールを呑んでいると、

偽シシャモのカペリンを、さっきの女の子が、今度は黙って置いていった。


「ずっとシシャモだと思ってたよ。

日本では、見た目が似てるということで、[樺太シシャモ]なんて呼ぶけど、シシャモじゃないんだよね。

旨いから別に構わないけど」



「しゃ〜ないよ。清さんの気持ちは痛いほど判るよ。オレも同じだからさ。でも、もう諦めるしか無いと悟ったんだわ、自分」


斜め前の席から声が訊こえた。

見ると、初老といった風貌の男が二人、呑みながらの会話だった。


「オレだって正一みたいに諦めたいよ。だがな、それじゃ食料の買い物も出来なくなる」

「まぁオレのところは農家だし、嫁の実家もそうだから、最低限の食料には困らない。だが肉や魚は、そうはいかないから清さんと同じだよ」


何のことを話してるんだろう。

俺は興味を持った。


初老の男二人は、焼酎のお湯割を注文。

すると、あの女の子が二人の席に運んで来ては、無言で戻って行く。

そんなことには慣れてるらしく、男たちは、話しを続ける。


「正一ンとこは、どこで買ってる、肉や魚」

「車で10分の所に、人間がレジをしているスーパーがあるから、そこへな」

正一と呼ばれている男は、そう云うと、お湯割のコップに口をつけて、旨そうに呑んでいる。


「車か。そうなるよな。機械からじゃなく、人から買おうとすれば」

清と呼ばれる男は、項垂れながら、傍らに有る煮込みを箸で摘んだ。



そういうことか。


確かに今じゃ人がレジをする店は激減したな。

100均もそうなっていて、俺も慌てたことが最近あったばかりだ。


バーコードを読み取る機械も、機種が違うと、使い方が若干変わる。

判らない人の為に、従業が待機している店もあるが、それもいつまでのことか。


「全く、どこもかしこも」

男は頭を抱えていた。



ーーあなたと一緒に暮らしても、なんにも楽しくないの。

だから別れますーー。


一人目の家内は、そう云っていた。



ーー私は専業主婦になりないって、結婚前に話したはずなのに、

あなただけの収入じゃ生活がカツカツで、わたしも働き続けるのは、

話しが違うし自分が幸せではないのよ。ここに置いてくわ。

あなたが書いたら、届けてねーー。


離婚届をテーブルに置くと、二人目の家内は家を出ていった。


「大将、俺にも筋煮込み。それから

水割りを頼む」

「はいな」

勢いよく大将が返事をする。


今どき、バツ2くらいと思う人も多いだろう。

だが離婚は精神的に、かなり応える。

少なくとも俺は、かなりのダメージを受けたし、今だに立ち上がれずにいる。

しかも2回。



久しぶりに来た呑み屋街の、廃れた感が自分と重なったのだ。

光景を見て、自分を見てるような気分になった。


親父は2年前に施設に入った。

お袋は、妹夫婦と同居した。

だから俺の実家は残ってはいない。

帰って来た目的は、墓参りのためだ。


   熱いから。


目の前にはグツグツ音を立てて、筋煮込みがあった。

あの女の子なりに、熱いから注意して。

そう云ってくれたのだと判った。


気が弱くなったな、俺。

これくらいのことで泣くなんてな。



「宅配にしたらどうだ。そういった面では便利になったぞ」

「だが、高いだろ。それにオレは、その時欲しい物を買いたいんだよ」


そうだよ清さん、抵抗し続けてくれ。

無駄になったとしとも、抵抗してくれ。


何故だか、そう思った。
たぶん俺が、なにも抵抗出来なかったからだ。


店から出る時、俺は女の子に声をかけていた。

「ありがとう」と。


「毎度あっり〜!」

大将の、独特の言い回しと、驚く女の子の視線を浴びながら、俺は店を後にした。


「さて、宿に行くか。電車で戻ることになるけど、ここには宿なんて無いからな」

駅に向かいながら、明日は親父に会いに施設に行こうと思った。

酒臭いから今じゃなく明日。
いくらボケて来たとはいえ、親父のことだ、怒鳴られるに決まってる。
いい歳になったが、怒鳴られるのは、やっぱり嫌だ。


妹夫婦の家にも顔を出して、お袋にも会って行きたい。

妹に、行ってもいいか電話をかけてみよう。


そして墓参りをして、御先祖様に

長いこと来れなかったことを詫びないと。


ついでに、俺の幸せを頼んでもいいんだろうか。


北風が冷たい。

けれど心なしか、気持ちは暖かかった。


      了
























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