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フレンチトースト

今朝、目が覚めた時、何故かフレンチトーストが食べたいと思った。

着替えながら、カレンダーに目をやると、その理由が判明した。

「そうか。なるほど」
僕はなんだか、ニヤけてしまった。


キッチンに行くと、オヤジがテーブルで新聞を広げていた。

「オヤジおはよう」

「おう」

僕の顔も見ないで、オヤジは云う。
いつものことだし、気にはならない。


それにしても、今の時代、まだ新聞は必要なのだろうか。

少なくともオヤジには必要みたいだ


ボウルに卵と砂糖、牛乳を入れて
掻き混ぜる。
食パンを浸す時間は10分といったところだろう。

それなら、8枚切りにしよう。

パンを卵液に、浸している間に、
フライパンを火にかける。

そして、バターを投入。


弱火で慎重に。

「10分経ったか?時計を見てなかったな。でもまあいっか」

丁寧に、卵液を含んだ食パンを、
フライパンに入れる。


ふっくらさせたいので、蓋をする。

様子を見て、パンをひっくり返し、
また蓋をして数分蒸す。


「もういいころだ」


「いい匂いだな」
いつの間にか、新聞から目を離し、オヤジが僕を見ていた。

「懐かしい匂いだろ」

僕は出来上がったフレンチトーストを皿に乗せると、粉砂糖を振りかけた。


「オヤジの分の出来上がり」

僕はそう云い、家では滅多に使わないナイフとフォークを並べると、完成したフレンチトーストを
オヤジの前に置いた。


オヤジは無言で、ナイフで切り、
フォークで口に運んだ。

「旨いだろう?」


「ふわっとしてるが、表面のカリッが無いな」

「そうする為には、前の晩にはパンを浸しておかなきゃ。10分で作ろうと思ったら、ふわふわだけでも
仕方がないよ」

「うむ」

オヤジは新聞に目を落とした。

「そうか。だから海斗はこれを作ったんだな」

「僕がというより母さんが、作って欲しかったみたいだよ」


「……碧の月命日なんだな、今日は」

「ああ」

「そうか……。早いものだ。碧が事故で逝ってしまってから、10年になるのか」


僕もテーブルに着くと、自分が作ったフレンチトーストを食べた。

「母さんのフレンチトーストが、美味かったのは、前の晩からパンを浸して準備してたからだったんだな。僕が作ったのと全然違う」


「海斗が作ったのも、中々だぞ。碧が甘党のオレに作ってくれたこの……」

「フレンチトーストだよ」

「それの、最初の頃の味だ。その内に段々甘さを抑えた味に変わった」


「母さんが、オヤジの健康を考えたからだよ。そういう人だったから」


オヤジは、黙って口に運ぶ。

「うむ。この甘さ、最初はこれくらい甘かったんだ」
そう云って、オヤジは微笑んだ。

そして、ポツリと云ったのだ。



「海斗、母さんの墓参りに行かないか。大学を休めるようなら」

「珍しいな。オヤジがそんなこと云うの。いつもは勉強してるのかって煩いのに」

何も云わず、オヤジはフレンチトーストを、食べ続けている。


「行こう、墓参り」
僕は答えた。

「僕に、これを作らせたくらいだから、10年経っただけじゃなくて、男同士のオヤジと僕を、たぶん心配してるんだよ、母さん」


「まあ、オレも無口だしな」

「それに、僕が大学生になってからは、帰宅する時間が日によってまちまちで、余計に会話しなくなったしね」


オヤジは、全部食べてくれた。

そして仏壇のところへ行くと、
母さんの写真を見ている。

僕もオヤジの隣に座り、仏壇に手を合わせた。


「母さん、これから行くよ。オヤジと二人でね。オヤジとは上手くやってるから、安心してください」

心の中で、そう話しかけた。


キッチンで洗い物を済ませると、僕とオヤジは、出かける準備をした。

僕は車を持っているが、墓参りの時は、電車で行くことに決めている。

何故なら10年前の、あの日。
母さんは、この家のすぐ近くで
交通事故に遭ったのだから。


オヤジは、自分の車にも乗らなくなった。

だからといって、売ることはしない。


たぶん……母さんとの思い出が
あの車には、たくさんあるのだろう。


「海斗、出かけるぞ」

オヤジは、母さんからプレゼントされた、帽子を被って玄関を出た。

僕もオヤジに続いて外に出る。

空気が冷たい。
いつの間にか、息も白くなっていた。


それもそうだよな。

来月は師走だ。

クリスマスもある。

母さんは、両方好きな人だった。


だから今でもケーキとチキンは食べることにしている。
三人でね。

正月は、お雑煮だけ僕が作る。
御節はない。
ってか、作れない。


でも、それだけでオヤジも僕も十分なんだ。 
たぶん母さんも。


「それじゃあ、行って来ます」

僕は玄関に鍵をかけた。


       了


☆少し加筆しました。












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