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石焼き芋

私はサツマイモが好きではない。
食べられないほどではないけど。

カボチャもそう。

〈あのホクホク感が、いいのよね〉

いや、そのホクホク感が胸に支えて、苦しくなるのよ。



「おじさーん!待ってー!」

石焼き芋の車がゆっくり止まった。

やっとのことで、私は車に追い付いた。


「走って来たのかい。一体どこから」

おじさんはゼーゼーと乱れた呼吸の私を、驚いて見ている。

私は前のめりになりながら、手を後ろに伸ばし、人差し指で後方を指した。

「星?星がどうかしたのかい。まさか!
あ、あんた宇宙人か!」


ようやく話せるようになった私は、

「違います。地球人ですっ!息が苦しくて、前屈みになったから、指先が空を指してしまっただけで。
つまりは、3丁目だと云いたかったわけです」

「あ〜びっくりしたわ。えっ!3丁目から走って来たのか。これを買うために」

おじさんは、【石焼き芋】と書かれた煙突を見上げた。


「そうです。石焼き芋ください」

   たまげたなぁ〜

おじさんは、一人で何か云いながら、熱した石の上から焼き芋を一つ、軍手をした手で掴むと新聞紙で包んだ。


「はいよ、一つで良かったかい」

「大きいですね。はい一つで。
いくらですか」

「いらないよ。おじさんからの
プレゼントってヤツだな」


「そんなわけには」

「3丁目から走って来てくれたと訊けば、お金は受け取れないよ」

私は泣きそうになっていた。

「おいおい、焼き芋を奢ったくらいで泣かれたら、おじさんが困るだろう?」

「ありがとうございます。嬉しいです」

「嬉しいのは、おじさんも同じだ。
気をつけて帰りなよ」


私は、「はい」と返事をすると、石焼き芋の車が去って行くのを見送った


   私はサツマイモが
   好きではない


熱々の、石焼き芋を持ち、私はアパートに帰った。

付けっぱなしのテレビから、売れっ子のアイドル同士が極秘入籍した
らしいと、スタジオのタレントたちが大騒ぎしている。


私は画面を見ながら、立ったままで、石焼き芋を食べ始めた。

「熱い」

そう呟きながら、食べ進めた。

「熱いなぁ」

涙が流れてきた。


むしゃむしゃ ごくん

ウッ!

く、苦しい、水、水をーー

蛇口を捻ると、勢いよく水が出た。
たまたまあった、湯飲み茶碗に水を入れ、喉に流し込む。

拳骨で何回も胸を叩く。

ようやく、つっかえていた、お芋が下へと落ちてくれた。

「ハァ〜〜痛かった」



∞  ∞   ∞  ∞  ∞  ∞  ∞  ∞  ∞  ∞

高校3年の昼休み


「女ってさ、石焼き芋、好きだよなぁ」
男子たちが、そう話してる。

「だって美味しいじゃない」
まだ昼ご飯のパンを食べている、
香川さんが、口をモグモグさせて、そう云った。


「そうかぁ?俺はあんまり得意じゃ無いな」
「オレも」

「あの香ばしい匂いがして来ると、食べたくなるのよね」
香川さんの意見に、数名の女子が、頷いている。

「陸の彼女だって好きでしょ?」

「どうだろう。莉子、ちょっと」

席から立ち上がり、莉子がやって来た。


「莉子は、石焼き芋って好きか」

「なに突然。好きだけど」

男子たちがゲラゲラ笑った。


「なによ。なんで笑うのよ」
莉子はムッとした顔で、笑ってる彼らを見ると、席に戻ろうとした。

「莉子も女の子なんだなって」

「当たり前でしょう?変なの」
彼女は怪訝そうな顔で陸のことを見てる。

「石焼き芋が好きな莉子が俺は可愛いんだけどさ」

  ヒューヒュー
     訊いてらんない

いいなぁ、彼女がいて

      オレも欲しい


私も陸が好きだった。

けれど莉子の存在を知ったから、諦めたんだ。
それに私は、石焼き芋を買おうとしたこともなかったから……。


∞  ∞  ∞  ∞  ∞  ∞  ∞  ∞  ∞  ∞



半月前に、この時の同級生から電話があった。

「もしもし、陽菜?元気にしてる?」

「うん、元気よ。久しぶりだね。何かあったの?」

「ほら、同じクラスだった陸と莉子が、結婚するって」

「……そうなんだ。良かったじゃない」

「うん。それで皆んなで集まって二人のお祝いパーティーをやるんだって。来月の9日に、表参道のお店を貸切にして。陽菜も来れるよね」


「ごめん、その日は予定があって」

「え〜、変更出来ないの?」

「うん、悪いけど仕事のことだから、無理なんだ。二人に、おめでとうって伝えてね」



失恋なんて、とっくにしたはずだ。


それなのに、この話しを訊いた時、
高校の時よりショックで。

防波堤に、一人で立ってる私が、頭から大波を被ってしまったような、そんな気持ちになった。

ずぶ濡れの自分が、惨めで堪らなくてーー。


それからだ。

石焼き芋の車と出会う度に、買うようになったのは。

そして、何かに憑かれたように、私はひたすら食べまくった。


美味しいとか、嫌いだとか、そんなことは全く思い浮かばないまま。

ひたすら食べた。
食べて食べて食べたーー

その結果……体重が増えた。
お財布は軽くなった。

未練が残っていたのだろうか。
それとも、ちゃんと失恋できてなかったとか。


でも、今夜の私は、何となく気持ちが楽になっていた。

「おじさんからの、このプレゼントが、効いたのかな」

私は食べかけのプレゼントを、パクッと一口食べた。



月末が近くなり、いつものように、仕事が山積みである。

この日も残業で、私は帰れず会社で仕事を続けていた。

私の他にも会社に残っている人が何人もいた。


「腹が減ったな。何か頼むか。誰か一緒に頼む人いる?」

加賀さんの声に、何人か手を上げた。

私もその内の一人だ。

「何がいいかな。最近は遅い時間でも宅配してくれるから、助かるよ」

ピザ組と、蕎麦組とに別れたので、それぞれ宅配を頼むことになった。


30分後に、注文した料理が届く。

皆んな仕事を休憩にして、食べ始めた。
私もピザを食べることにした。

天ぷら蕎麦を食べてた男性社員が、「誰か芋天を食べてくれないかな。苦手なんだ」


「私が頂きま〜す」
女子社員が嬉しそうに応えて、芋天を貰いに来た。

私が二切れ目のピザに手を伸ばした時、加賀さんが、

「女性って、好きだよね」と云い、

「女性らしくて、可愛いでしょう?」
笑顔で芋天を貰い、彼女は席に戻って行った。


「サツマイモが好きな女性は、可愛いのか。僕には理解できないけどなぁ。別に嫌いでも、可愛くないわけじゃないんだし」


私はピザを口に加えたまま、加賀さんの顔を見た。

加賀さんは、私を見て笑いながら、
「こういうのが、僕は可愛いと思うけど。サツマイモが好きとかじゃなくて」


私は何故か、固まった。

加賀さんは慌てて、
「申し訳ない。『こういうの』なんて云って」

私はピザを、口から離すと、

「加賀さん、わたし、サツマイモが嫌いなんです」
そう口走っていた。

一瞬、目をパチクリさせた加賀さんだったが、穏やかな笑顔を見せてくれた。


「そんなことは、関係ない。可愛い人は可愛いんですよ。貴女のようにね」

そう云うと、加賀さんの顔が、見る見る赤くなった。

たぶん私も同じだ。
だって顔が熱いもの。


      了





















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