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【エッセイ】宝亭お富さん

はじめに


 20代の頃。もう、自分の中でこれ以上ベストな作品は作れないだろうな、と思った朗読劇の脚本がある。
 それが、『野武士とB』。

 とある女子大生と大学教授によるメールのやり取りを描いた当作品は、展開の運び方、伏線、そして物語の性質やカラーなど、20代の頃に私が持っているものを全て出し切ったようなものになった。

 逆に言えば、意図せずそのような朗読劇の脚本を作ってしまったが故に、そこから約7年近く朗読劇、ないし作品作りにおいてスランプに陥ることとなる。本当に出し切ってしまったという感覚が拭えないままだったのだろう。

 自分の中で、「次に作る作品は『野武士とB』を超える作品、超える作品……」と肩に力が入る故に失敗を繰り返し、自分が何をしたかったのか、どうして物語を作り続けるのか、そんな自問自答を繰り返し尽くして、ついには作品作りをしばらく放棄してしまっていたのだった。

 そんな中、それこそ人間としても一作家としても出鱈目で中途半端な私に付き合ってくれた方がいた。
 それが今回紹介する『宝亭お富』さんである。
 彼女は私の人生の恩人であり、私の人生の2割くらいを形成してくれた方だ。
 
 今回のエッセイでは、そんな『お富』さんとバケツズの作家『横林』のお話をさせて貰おうと思う。

かわいい。

出会い(オゾケ・ストロベリー・ドールズ)


 お富さんと出会ったのは、私が大学一回生の頃だ。

 一浪して入学した志望校とは大きく異なる学び舎で、ポケットに両手を突っ込みながら歩いていたあの日、高校からの付き合いになる『トヨシマ』という男が、横林の脚本を吉田寮食堂での公演で演出してくれることとなった。

 トヨシマは京都大学で演劇活動を続けており、高校からのヨシミで吉田寮の『よ』の字も知らない私の脚本のためにスタッフやキャストを京都で探してくれていた。(今に思えば、京都に何の縁もゆかりもない男のオリジナル脚本が吉田寮食堂で上演してもらえるなんてビッグチャンス以外の何者でもない。だが不遜な大学生だった当時の私には、その有り難みは全然理解できていなかったのである。タイムマシンがあったら当時の自分へ回し蹴りをいれたい。)

 私が執筆した脚本『オゾケ・ストロベリー・ドールズ』は『偶然生まれた動くラブドールたちがサンタクロースがいるかいないかの論争をしている間に壊されていき、その屋敷の中に残っていた最後のラブドールと侵入した泥棒が出会い、最終的に泥棒がサンタクロースの振りをして街を練り歩く(壊れたラブドールをソリに乗せて)下ネタ多めのファンタジー』だった。若さ、爆発である。バイキングだからって一皿に和洋中盛ってるような。

 そんなキャストの中の一人として演劇に出演してくれていたのが『宝亭お富』さん。役どころは、ストーリーの中の狂言回し。動くラブドールとして体を売っていたある日、そういった行為をせずに会いに来てくれる客『白馬の王子様』に出会い、彼を信じて待ち焦がれるという設定の女の子。

 これが本当に素敵だった。

 シモの言葉や場面というのは使い方次第では下品に見られがちなのだが、お富さんというフィルターを通すとエグみが消え、何か可愛らしさや愛嬌のようなものに生まれ変わる。何でもありな世界観の中で品が保たれるのだ。

 何より、彼女の役どころは最終的に白馬の王子様と思っていた男に壊されて終わるのだが、その悲哀が前半とのギャップでより引き立てられていた。「ああ、脚本冥利に尽きるなあ。」とBGMで流れるナットキングコールの『The Christmas Song』を耳にしながら思ったのが13年前。

 朗読劇の執筆は、そんな彼女からのお誘いで始まることとなる。


朗読劇のきっかけ(ががらが・むざむざじ・ぼぼんぼ・ぼぼんぼ)


 キャストと脚本家(しかも演出はつけていない)だけの関係性が変化したのは、お富さんが私に「朗読劇の脚本を作ってくれませんか」と依頼をしてくれたころからだ。当時百万遍には今はなき『白箱Zoo』というお店があり、そこで朗読劇をする、とお富さんはご依頼をくれた。

 当時大学三回生だった私が「朗読劇って何をするんだ」「そもそも朗読劇の正解とは」「リア充爆発しろ」と考えながら完成したのが、朗読劇『ががらが・むざむざじ・ぼぼんぼ・ぼぼんぼ』である。絵本の様な温かくて切ない作品となった。

 もちろん当日のお富さんの朗読も非常によく、関西弁の男の子二人のおかしみと悲しさと、結末の物悲しさはさすがという表現力で表され、活字に命が宿るこの朗読劇というジャンルに私は魅了されていった。

 現在も創作活動を続けているのは彼女の声掛けがあったからだ。本当に感謝してもしきれない。

在りし日の白箱ZOOと横林。

朗読劇の量産期(カシマシ君とミッシェルガンちゃん他)


 ここから横林はお富さんへ向けた作品を量産することとなる。

 連絡帳とのやり取りで繰り広げられる『カシマシくんとミッシェルガンちゃん』はお富さんと、北川啓太さんというナイスな俳優さんと作った作品だ。

 お富さんとは、コントも書いたし(先輩に部屋へ誘われて「これはいけるパターンか」と思って後輩が仕掛けるとめちゃくちゃいけなかった話姉がミスIDに応募するのを全力で止める弟の話など)、お富さんのイベントの前説の様なものも書いたし、官能小説も書いた気がする。

 彼女の演じる姿や声、その雰囲気などが全て私の書いた世界と相性が良かった。本当に素敵な彩りを施し続けてくれた。

 公演以外では人間として足りない部分を色々と諭してもらったり助言をもらったこともあった。これに関しては今も続いていることなのでひたすら謝ることとお礼を伝えることが継続している。

 注釈を入れておくと、この十年間のお付き合いは決して綺麗事ではなく、ひとえにお富さんが「たくさん」我慢してくれたところによるところが多いと考えている。本当に何かを作るという面以外では終わっていた(今も結構終わっている)私と根気強く接してくれる、そしてくさしながらも温かく見ている、その視点があるからこその10年であることは補足したい。(というかしないとバチが当たる気がする。)
 
 そのようなご縁からさらに、ご縁がつながりお富さん提供以外でも朗読劇を作るように私はなった。
 例えば、デパートのお客様の声ボックスを朗読する『サンタクロースに関してよく寄せられた意見』や、

 友達のいない子どものために御伽話で最強の住人を決めようとする『それからのマジョルカマジョリカ』など。

 そうして活動を続けているうちに、冒頭でもお話した朗読劇『野武士とB』が完成した。

野武士とBの初演写真。
(素敵な村田さんと不遜な横林)

野武士とB

 本当にこれが生まれた時には「やっと人様に商品ですと見せられるくらいの作品が生まれたな」と思ったことを覚えている。

 少し時流でバッシングをもらいそうな内容もあるのだが(7年前くらいの作品なので許してほしい)、20代の自分が持てる力を全て出し切ったと言っていいと思う。

 かつ、宝亭お富さんが素敵に見てもらえるにはどうすればいいのかを重ねた作品でもあるし、横林の朗読を面白く見てもらうにはどうすればいいかを絞り込んだ作品でもあるし、この作品は宝亭さんと生み出した一番の傑作だという自認があった。

 この作品ができて人生が変わるかもしれないと思った。
 何かが変わるかもしれないとも。
 お富さんと何かを作り続けてれば何かが変わるかもしれない、と。
 私は、ようやく何者かになれるかもしれない、と。

 だが、現実は甘くなかった。

 ここから約5年近く朗読劇の新作は生まれない。
 静かな海の底の方で、ぶくぶくと気泡を放ちながら、けれど思考の渦は納まる様子が見えない。

 そうやって月日が流れていくうちに、お富さんは結婚し、お子さんが生まれ。
 そして横林は朗読劇を書かなくなった。

 日常生活が続いてゆき。
 もう何者かになりたいという気持ちも薄れ。
 社会のために謝ることにも慣れ、少しだけ社会に慣れて。

 令和になって。
 平成のあの頃に戻りたいなんて呟きながら。

 あれでもない。 
 これでもない。
 違う、こんなものじゃない。

 そうやって、

 ようやく、完成した朗読劇を2023年の12月29日金曜日に披露する運びとなった。

 もちろん朗読をしていただくゲストは宝亭お富さん。
 タイトルは『ウケバヤシ』という。

お待たせしました。

新作朗読劇『ウケバヤシ』

 
 7年ぶりの宝亭お富さんとの新作
 けれど、変わってしまったこともたくさんある。

 時代の元号。
 周囲のライフステージ。
 年齢。
 世間の表層。
 家族。
 世界情勢。
 お富さんにはお子さんがいて、横林は肥えてしまった。
 私たちが朗読劇でよくお世話になった喫茶フィガロも店長が変わった。

 それでも作り出したこの朗読劇『ウケバヤシ』には、『何かを生み出すことの苦しみ』と『何かが生まれることへの喜び』、それらが人生の生死と時代が変容しても不変的なものである、と描かれていく。

○朗読劇『ウケバヤシ』

 とある京都の町で生まれ育った二人。
 近くに叡山電鉄が走り、幼少の頃には鴨川へ行った経験も互いにある。
「誕生日おめでとう。メリークリスマス。好きです付き合ってください。」
「僕はそんなに好きじゃないです。」
 二人は年末に手紙を送り合う。

「バケツ君はよく葬式に出てるやん。」
「あんまり言わないで欲しいですね。」
 お笑いコンビを組んだ二人。

「メリークリスマス、ハナ子ちゃん。」
「もうネタは送って頂かなくて結構です。」
 けれど息の合わない漫才みたいなすれ違いを二人は繰り返す。

「葬式の時に流す曲は何にする?」
「受け囃子。」
 約40年に渡る言葉と想いの朗読劇。

「もうええわ。」

 待ち合わせは喫茶フィガロで。

 この『ウケバヤシ』は手紙とネタ帳のやり取りを挟みながら、会いたくても会えない二人の40年近くを実在する喫茶フィガロを舞台に描いていく作品。最終稿は現段階では上がっていないのだが、作品そのものは仕上がっており、ぜひみなさんに見ていただきたい作品となっている。

 以前書いた『野武士とB』が20代での傑作だとすれば、今回の『ウケバヤシ』は30代からの始まりの作品。時間と経験を重ねて、さらに多岐にわたる作品群を作っていこう、という現れでもある。

 三十三歳の現在、人のことを思うのは苦手だが意識することは少しずつできるようになった今、これまでは自分が成功したいという気持ちで強く書いていた作品群を、誰かのために書きたいと考えるようになれた。

 思えば自分が描きたいことやメッセージで伝えたいことは『野武士とB』などの20代で描いた作品で描き切ってしまった。この30代は自分の持っている、僅かながらの積み重ねと才で物語を描いていきたい。
 
 というか、そもそも脚本を書いていたことも、朗読劇の作品を作り続けてきたことも、誰かに求められたから作ってきたものなのだ。いろんな人に喜んでもらいたい。いろんな人に笑ったり、泣いたりしてほしい、その想いの延長線上。朗読劇なんてものは、まさにお富さんの願いから生まれているものであるし。

 それでいえば『ウケバヤシ』は、今の宝亭お富さんがどうすれば輝けるかどうかで描いている。落語の活動もされている彼女がどうすればよりよく映えるだろうか、結婚をされたお富さんの当時と異なる雰囲気はどうなれば伝わるか、など。そのため今回は落語や結婚の様子も含み、その良さも引き立てられたらな、と思っている。

 そして何よりも、こんな新作を生まない男にずっと付き合ってくれた宝亭お富さんへの数年への懺悔とこれからへの表明も含めた作品である。あれから時間が変わった私たちが、何よりお富さんがどのような作品を作っていくのかを是非期待していただきたい。

 そんな新作朗読劇『ウケバヤシ』も含めたイベント『バケツズのふゆぶんのイベント〜朗読劇と物語王とプレゼン〜』は12月29日(金)に開催予定である。ぜひお越しいただけると幸いだ。

 以下詳細となる。

フィガロ冬の文化祭2023参加
『バケツズのふゆぶんのイベント〜朗読劇と物語王とプレゼン〜』

○12月29日(金)
 19時30分から(開演19時)
○喫茶フィガロにて(叡山電車茶山駅より西へ徒歩4分)
○1ドリンク付1000円

【内容】
・朗読劇『ウケバヤシ』
 ゲスト:宝亭お富さん
・物語王オフィシャルカードバトルの実演
『3分×4回』
・プレゼンテーション
『文学フリマ東京の反省会〜隣のブースが成人向け同人サークルだった場合〜』
『"粛聖!! ロリ神レクイエム☆"から見る電波ソングのゾーニングについて』

○予約フォーム(イベントに来られる方は是非予約して貰いたいです)
https://docs.google.com/forms/d/1yHTTKH189_JS4qZoGn2hneQrEpDTRshTER2XggDsoE0/edit

 年末のイベントである。是非きてもらえれば幸いだ。
 素敵な時間をお送りしたい。
 個人的には、宝亭お富さんの朗読を演者側ではあるけれど、非常に楽しみにしている。

 よろしくお願い致します。

喫茶フィガロでお待ちしております。


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